第67話 カエルぴょこぴょこ
いっそのこと、男らしくストレートに『僕はおままごとがしたい』とレリーナちゃんに伝えようかとも考えた。
しかし、何故かこの台詞からは男らしさをあまり感じることができなかったため、それも保留することにした。
正直保留しているような余裕はもうないのだけど、なにせレリーナちゃんが、おままごとはもうやらないと意思表示してしまったからなぁ。
仕方ない。保留だ保留。おままごとのことは、いったん忘れよう。
「ともかくさ、レリーナちゃんはずいぶん『土魔法』が上手になったんだね」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「『アースウォール』も凄かったし、食器の他にも、小さな山や、小さな谷なんかも。凄いねレリーナちゃん」
「えへへ」
うん。実際凄いと思う。いきなり地面から生える山もそうだけど、谷も凄い。
というか、おかしいよね。土はいったいどこへ消えたんだろうか……。
「お兄ちゃんの方は、なんだかいつもと様子が違ったけど……?」
「……そうだねぇ」
どうやら
「もしかして、私が邪魔しちゃった?」
「そんなことないよ? いろいろと考えながら練習していたんだけど、むしろいい練習になった……と思う。レリーナちゃんのおかげだね」
「そうなの? ならいいんだけど……」
実際はどうなんだろう。周囲を警戒することは、きっと必要な気もするんだけど……。あとで両親に聞いてみようかな。
「それにしても、お兄ちゃんは凄いね」
「ん?」
「私は呪文を唱えながら矢を射つのは、まだ慣れないから」
「あぁ、『パラライズアロー』のことか」
『パラライズアロー』――半年ほど前に僕が取得した、『弓』スキルのスキルアーツだ。
名前の通り、このスキルアーツを発動させてから放った矢が命中すると、対象は痺れたように麻痺状態に陷る……らしい。
実際には当てたことがないからわからない。それこそ初狩りもまだなので、モンスター相手に使ったことがない。
かといって、人体で実験するのも
「いつも『やー』って言いながら矢を射っているのが不思議だったんだけど、お兄ちゃんはスキルアーツのことを考えてたんだね」
「え? あー……。そうだね」
……別にそんなことは考えていなかった。
特に理由はなかったんだけど、母がそう言いながら矢を放っていたから……。
よほどインパクトがあったせいか、気がつくと僕も『やー』と言いながら矢を放つようになっていた……。
「あと、私は呪文を叫びながら矢を射つのが、少し恥ずかしくて……」
あれ? もしかしてレリーナちゃんは、僕のことを恥ずかしいヤツだと思いながら見ていたのかな?
そりゃあ僕だって、少しは恥ずかしい気持ちはあるんだ。
ただまぁ……少し格好良いと思ってしまう自分がいることも否定できない。
前世では、そういうのに憧れていた時期もあった僕だ。
前世では忌まわしき黒歴史だが、今世では大手を振ってカッコいい技名を叫ぶことができる。そう思うと、やっぱりちょっと嬉しかったり楽しかったりって気持ちが、ないわけではなかったり……。
「まぁあれだね。呪文を唱えながら射つことも、それに照れちゃうことも、どっちも慣れるしかないよね」
「慣れかー」
「大事なところで呪文をつっかえて失敗なんて、怖いからね」
「うん」
前世のアニメや漫画だと、そんな大事な場面で呪文を噛んで失敗しているシーンなんて見たことなかったけど、現実ならば、大事なときこそ噛みそうなものだ。
「もしかしたら、
「カツゼツ?」
「あ、えーと『話すときの口と舌の動き』かな? 口と舌が上手に動けば、上手に話せるよね? それを『滑舌が良い』って言うんだ」
「へー」
「滑舌が良くなれば、呪文をつっかえることもないと思うんだけど……」
「その滑舌って、どうしたら良くなるの?」
「え? んー……早口言葉とか?」
「なにそれ?」
なにそれと申されましても。この世界には早口言葉ってないのかな?
「言いにくい言葉を三回繰り返す練習。というか、ゲームかな?」
「言いにくい言葉?」
「えーと、例えばね――――例えば……えぇと、例えば……」
困ったな。この世界には東京特許許可局がない……。
まぁ東京にもないらしいけどね、特許許可局。そもそも特許許可局なんて役所自体、存在しないそうだし。
あとはなんだろう? 生麦生米生卵もなぁ、米がない。米がないんだよ……。
バスもない。バスがガス爆発を起こすこともない。良いことだね……。
「とりあえず、カエルか」
「カエル?」
この世界にもカエルはいる。『カエルぴょこぴょこ、三ぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ、六ぴょこぴょこ』なら成立する。
まぁ成立もなにも、そもそもこの早口言葉の意味が僕にはちょっとわからないけど。
「うん。例えばね――カエルぴょこきょこ、三きょここきょ。合わせてぴょきょきょきょ…………うん」
……途中で諦めた。どうやら僕は、『ぴょこぴょこ』が言えないらしい。
というかすごい難しいんだけど? え? これ三回も繰り返すの? 無理じゃない?
「カエルぴょこきょこ、三きょここきょ。合わせてぴょきょきょきょ? 確かに言いにくいね」
「え……?」
「これを三回繰り返すの?」
え、凄いなレリーナちゃん。なんだか凄い。意外な才能を発見してしまった。一度聞いただけで正確に復唱してくるとは……。
僕の早口言葉がズタボロだったせいで、本来のカエルより難易度は下がっているかもしれないけど、それでも彼女の滑舌はかなりのものなんじゃないか?
「あ、ちょっと待って、違うんだ」
「え?」
「ええと、カエルぴょぽこぴょ……」
「カエルぴょぽこぴょ?」
「いや、カエルきょこぽきょ……」
「カエルきょこぽきょ?」
ダメだ、言えない。というかレリーナちゃん凄いな。正確に僕の間違ったカエルを復唱してくる。
なんだか、ちょっと馬鹿にされている気分になってきた。
「えぇと。カエルぽきょ……パエル……あぁ……」
もうダメだ。カエルすら言えなくなってしまった……。
「お兄ちゃん?」
「ごめん……。早口言葉はまたあとで、家に帰ってからやろう。それまでちょっとカエルのことは忘れてくれるかな?」
「うん、別にいいけど……」
紙に書こう……。紙に書いて読んでもらおう。
といっても今のレリーナちゃんを見る限り、彼女に滑舌の練習は必要なさそうだけど。
とりあえず僕の方は、ちょっと真面目に練習した方がいいかもしれない……。
next chapter:お兄ちゃんが『パラライズアロー』を試したいなら…………私で試しても、いいよ?
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