第65話 タイムリミット


「やっ! はっ!」


「うん、いい感じだよ」


 僕は愛剣『グラム』を父に叩きつけた。上段、中段と狙ったが、当然父にはあっさりと受け止められる。


「いくよ、アレク」


 今度は父の反撃だ、僕でも対処できる程度に手加減された木剣の振り下ろし――僕はグラムでしっかりと防いだ。


「ぐぬぬ!」


 そのまま父の木剣を押し返し、僕は再びグラムを上段から――


「てーい!」


「うん」


「てーい! てーい! てーい!!」


「う、うん……」


「てーい!! て――」


「うん、ちょっと待って? 一旦落ち着こう」


 僕がグラムによる上段攻撃を、何度も何度も繰り返していると、唐突に父が中断を申し出た。


 僕は剣を止め、呼吸を整えてから父に尋ねる。


「どうしたの?」


「どうもアレクは『てーい』のときに、周りが見えなくなっている気がする」


「『てーい』のときに……」


 そうかもしれない……。なんだか楽しくなってしまう傾向が、確かにあるような……。

 トリガーハッピーってこんな感じなのかな?


「あぁけど、最近アレクは『てーい』のとき以外も、剣に余裕がない気がするね」


「そうなんだ」


 いや、わかんないけどね、『剣に余裕がない』って言われても。

 逆に、今までは剣に余裕があったんだろうか? まだ僕には剣聖言語は難しいな……。


 ――ただ、僕が余裕を失っているというのは、確かにその通りかもしれない。


「今日はこのくらいにしておこうか、もうすぐ朝食だしね」


「はい。ありがとうございました」


「お疲れ様。なんだかアレクは、開始と終了の挨拶がいつも丁寧だよね」


 礼に始まり礼に終わると言いますし。……この世界ではそうでもないのかな?



 ◇



 名前:アレクシス

 種族:エルフ 年齢:9(↑1) 性別:男

 職業:木工師見習い

 レベル:9(↑1)


 筋力値 5

 魔力値 3

 生命力 6(↑1)

 器用さ 14(↑2)

 素早さ 2


 スキル

 弓Lv1 火魔法Lv1 木工Lv1


 スキルアーツ

 パラライズアロー(弓Lv1)(New) ニス塗布(木工Lv1)


 称号

 剣聖と賢者の息子



 朝食を終え、自室に戻ってきた僕は、紙に書き写した最新のステータスを確認する。


 ……別に、わざわざ書き写した紙を確認する必要はないんだ。現在のステータスは記憶しているし、記憶と同じものが紙に書かれているだけだ。


 何度確認したところで、ただのメモ書きが変化するようなことはない。

 だというのに、ここ最近僕は、このメモを眺める時間が増えている。


「レベル9……」


 『僕の記憶違いで、本当はレベル10だった』――なんてこともなく、やっぱりレベル9だ。

 レベル9。それが僕に余裕がない理由で、この無意味な確認作業を繰り返してしまう理由でもある。


 僕は九歳の誕生日を、レベル9で迎えた。

 十歳の誕生日を迎えるまであと一年――『初狩り』を迎えるまで、あと一年になった。


 この一年間で、僕はレベルを10に上げ、チートルーレットでチートを獲得しなければならない。修行をして、来たるべき戦いに備えるための一年間だ。

 まだ余裕のあった僕は、『サ◯ヤ人襲来に備える戦士みたいだね』なんてことを考えていた。


 しかしひと月、ふた月とこよみが進み、残り二ヶ月を切った頃から僕に焦りが生まれた。

 その頃から僕はステータス確認のための教会通いが、隔週ではなく週一になる。


 残り一ヶ月を切ると、僕の焦りはさらに大きくなる。教会通いも三日に一度のペースに……。


 そして現在。十歳の誕生日まで――残り一週間。

 一週間後には初狩りが待っている。二日に一度教会へ通っている僕だが、依然としてレベルは9のままだ。


「まぁ、実際には教会へ通う必要もないんだけど……」


 レベル5のルーレットと同じ流れならば、レベルが10に上がった日の夜、自動的に例の会議室に転送されるはずだ。

 つまり、実のところ僕が自分のレベルを認識しておく必要はない。


 ……だがしかし、襲いくる焦燥感から逃れるため、僕は頻繁に教会へ通ってしまう。今のところ毎日通うのはなんとか我慢しているが、本当は毎日でも――下手したら数時間おきに鑑定してもらいたいくらいだ。


 さすがにそこまでのお金もないし、二日に一度ペースの今でさえ、ローデットさんはかなり困惑気味だ。

 仕方ないので、鑑定ではなく鑑定結果をメモした紙を眺めている僕だが――


「よく考えると、このメモを眺める行為も意味がちょっとわからないな……。だいぶ追い詰められているなぁ僕は……」


 とりあえず、メモを眺めて悶々としているくらいなら、なにか経験値を獲得するための訓練でもしていた方がいいだろう。

 剣は朝やったから、木工か弓でもやりにいこうかな?


「――よし。弓の練習に行こう」


「訓練場に行くの?」


「ヒッ!?」


 気がつくと、部屋の隅にレリーナちゃんがちょこんと座っていた……。


 またか、またなのか……。

 何故レリーナちゃんは、毎回無断で僕の部屋へ入るのか。そして何故僕は、毎回それに気づけないのか。……もしかして隠密系のスキルでももっているのかね?


「こ、こんにちはレリーナちゃん」


「こんにちはお兄ちゃん」


「気がつかなかったよ、ごめんね?」


「ううん、いいんだよお兄ちゃん」


 許可なく入室したことにちょっと抗議したいところだけど、ここは我慢だ。

 ここしばらく、僕があまりにも頻繁に教会へ訪問しているためか、最近レリーナちゃんはピリピリしていることが多い。正直ちょっと怖いので、あまり強く出られない。


「ところで、その……いつからいたのかな?」


 一応これは聞いておかねばなるまい。


「えーと、お兄ちゃんがその紙を見る、ちょっと前かな?」


「……そうなんだ」


 おかしい……それはおかしいよ。僕は朝食から戻ってきて、そのまますぐにステータスの紙を手に取ったはずだ。レリーナちゃんは、そのちょっと前から部屋にいたらしい。


 ――え、僕が入るより前からこの部屋にいたの?


「…………」


「お兄ちゃん?」


「い、いや、なんでもないよ?」


 なんだか怖くて詳しく聞く気にはなれなかった……。


「それで、お兄ちゃんは訓練場に行くの?」


「あぁ、うん。そのつもりだよ? レリーナちゃんも一緒に来るかな? 別に違うことをして遊んでもいいけど」


 例えば……おままごととか。獲得経験値が高いらしい、おままごととか――


「私も訓練場に行く」


「そっか……。何か準備はいるかな?」


「ううん、このまますぐに行けるよ?」


「じゃあ、行こうか?」


「うん」


 やっぱりおままごとはやらないらしい。まぁそうだよね、もう何年もやっていないし……。むしろ、ここにきて突然レリーナちゃんがおままごとを提案してきたら、なんかちょっと怖い。


 もし本当におままごとをするのなら、やはり僕の方から切り出さなければいけないか……。

 しかし、もうすぐ十歳になろうというのに、おままごとをやりたがる僕を、レリーナちゃんはどう思うのだろう。それでも僕のことを、『お兄ちゃん』と呼び続けてくれるだろうか? 


 もしかして『えー、マジおままごと!? キモーイ。おままごとが許されるのは小学生までだよねー』なんて、言われやしないだろうか……? 


 ……まぁ小学生まで許されるのなら、まだ僕も許されるはずなんだけどね。





 next chapter:おままごと

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