第43話 残念なローデット人形


 教会へやってきた。


 たった一ヶ月来なかっただけなのに、ずいぶんと久しぶりに感じる。回数としては、一回スキップしただけなんだけどね。


 僕は教会の扉を開けて、礼拝堂の中を進む。


「こんにちはー。ローデットさーん、いますかー? アレクでーす、います……ね」


 ローデットさんは礼拝堂の長椅子の上で、口を半開きにしながら寝ていた。


 ……まぁ、よく見る光景だ。もうここへは何度も通っているけど、彼女は大体こんな感じだ。

 ローデットさんがちゃんと修道女らしい仕事をしているところを見たのは一度しかない。逆に言えば、一度だけある。一度だけ、掃除をしていたのを見たことがあるんだ。

 正確に言えば、僕が見たのは『おそらく掃除の途中で、居眠りをしてしまったのであろうローデットさん』だったけど……。


「ローデットさん、起きてもらえますか? アレクです」


 僕は軽く肩を揺すってローデットさんを起こす。


「ふぁー、ふぁい、大丈夫ですー」


「そうですか、おはようございます、アレクです」


「はー、はい。……あ! アレクさんじゃないですかー。お久しぶりですー」


 ローデットさんはよく寝ているけど、寝覚めがいいので助かる。寝ていなければもっと助かる。


「お久しぶりです、今日も鑑定お願いします。……あと、少しおうかがいしたいことがありまして」


「はぁ。まぁ、とりあえず応接室へどうぞー」


 応接室へ向かうローデットさん。僕もその後に続こうとして――


「あ、聖書忘れていますよ?」


 僕はローデットさんが枕代わりにしていた聖書を長椅子から拾い上げて、彼女へ手渡す。


「あぁ、すみません。なくしたら大変なことになるところでしたー」


 そんな大切な物を枕にしないでほしい。というか、そもそも修道女が聖書を枕にしたらダメだろう。


「私、枕がないと眠れないんですけどー、さすがに礼拝堂へ枕は持って来れないですからねー」


「そう……ですか」


 ツッコミどころがありすぎて、どうしていいかわからない。

 ――まず礼拝堂で寝ようとするな。――次に聖書を枕にするな。――加えて礼拝堂で聖書を枕にしちゃうような人なのに、本物の枕を持ち込むのは躊躇ちゅうちょするのが謎だ。

 ――最後に、ローデットさんはわりと枕なしで寝ている。


「どうしたんですかー? 行きますよー?」


「あ、はい」


 まぁいいや……。ローデットさんはこういう人だ。むしろ、こういうゆるい人だから、僕は隔週で通っているのかもしれない。


「お邪魔しまーす」


 僕はローデットさんの後に続き、応接室に入る。

 相変わらずローデットさんの私室感がすごい。やっぱりちょっとドキドキする、脱ぎ散らかした服とかあるし……。


「あー、じゃあちょっと待っててくださいねー」


 言われたとおり、ソファーに座って少し待っていると、ローデットさんは二人分のお茶を用意してくれた。


「ありがとうございます」


「いいえー、お話があると聞きましたからー」


 僕は出されたお茶を一口飲む。まぁ、村でよくあるハーブティーだ。


「じゃあ、こちらをどうぞ」


「ありがとうございますー」


 僕はいつものように硬貨を数枚ローデットさんへ手渡す。


「あぁそれから、ようやくローデットさんの人形が完成したので持ってきまし――」


 ……そういえば、『ローデット人形を鑑定代にするつもり』なんてレリーナちゃんには言ったっけ。

 僕も鑑定一回分くらいはこれで払えないかなって思ったんだけど……もうお金渡しちゃったよ……。


「人形できたんですか!?」


「……えぇ、はい」


 うん、まぁいいか……。今さら人形の代わりにさっきの金を返せ、なんて言えない。


 ――あ、そういえばローデットさんには、リバーシも無償で渡した気がする。

 うん、まぁいいか……。今さらリバーシの代金を払え、なんて言えない。


 僕、ローデットさんに何も言えないな……。


「どうしたんですかー?」


「いえ、なんでもないです。では、こちらがローデットさんをモデルにした人形となります」


 僕はマジックバッグからローデット人形を取り出した。

 ちなみに教会に来る前に『ニス塗布』もかけてみた。『ニス塗布』はしっかり発動して、ローデット人形はツヤツヤしている。


「どうぞ」


「わー。ありがとうございまー……す? って、なんですかこれ!?」


「…………」


 やっぱり怒るか……。実はそんな予想はしていた。

 僕は『木工』スキルの力でモデルを忠実に再現することしかできない。

 だから僕が作ることのできたローデットさんの人形は――『椅子の上で口を半開きにして眠るローデット人形』だ。


「ひどいですー。私をなんだと思っているんですか、私こんなんじゃないですー……」


 いや、ついさっきも人形と全く同じ本人を見たけど……? 実際に、レリーナちゃんもひと目でローデットさんだと認識したくらいだ。


 というか、さすがのローデットさんも怒ると思ったので自室に放置していたところを、レリーナちゃんに発見されたんだよね……。

 レリーナちゃんが怖いから、引き取ってもらおうと持ってきた部分があったりする。


「すみません。今の僕ではこれが精一杯で……」


 再現するだけだからな……。僕の知っているローデットさんを再現するとなると、こうなってしまう。

 そりゃあローデットさんだって、もっと違う一面はあるんだろう。だけど僕は知らない。知らないローデットさんを再現することはできない……。


「やり直しを要求します!」


「えぇ……」


「人形としては凄いと思いますけどー、これは私じゃないです。ちゃんと私を再現してほしいですー」


 母と同じことを言う……。こっちはちゃんと再現しているというのに……。

 いや、まぁローデットさんの方は怒るのも無理はないか……。


「……わかりました。もう少し努力してみます」


「お願いしますー」


 こちらとしては、『残念じゃないローデット人形』を作るために、『残念じゃないローデットさん本人』を僕に見せる努力をしてほしいんだけど……。

 とりあえず頑張ってみよう。なんとか頑張れば、『口を閉じて眠っているローデット人形』くらいは作れるかもしれない。



 しかし、結局僕はまたローデット人形を作らなければならないのか。下手したら残念じゃないローデット人形ができるまで何体も……。

 そんな僕をレリーナちゃんが見たら、彼女はどうなってしまうのだろう? 僕はもう、能面のような彼女を見たくはないのだけど……。


 あぁ、そういえばレリーナちゃんの人形も早く完成させなければいけないな……。


 …………。


 というか、何故僕はこんなに人形を作っているんだ……?





 next chapter:レリーナちゃんとローデットさん

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