第42話 母人形オルタナティブ


「これは、どうなんだろう……」


 たった今出来上がったばかりの母人形を見ながら、僕は独りごちた。

 十三体目の母人形『母人形オルタ』は、これまでの母人形シリーズと比べると、異彩を放っていた。


 具体的に言うと――胸が大きいのだ。


「何故だろう? 違うのは胸の大きさだけなのに、母とは似ても似つかない人形になった気がする」


 普段から自分のことをグラマラスな女性だと思い込んでいる母の夢を叶えたつもりだったんだけど……何故ここまで似ていないんだろう? 本物の母は華奢なイメージが強いからかな?


「まぁ、似てる似てないはさておき、想像以上に上手くいったな」


 僕は母人形オルタを様々な角度で見ながら最終チェックを行ったが、問題点は見当たらない。出来栄え自体は素晴らしいものだと思う。


 僕が所持する『木工』スキルは、モデルを忠実に再現することはできるが、モデルとかけ離れた人形を作ることは難しい。

 では、何故僕がグラマラスな母の人形を作ることができたのか。


 僕はイメージしたんだ――胸パッドをてんこ盛りした母を。

 その結果、胸が大きくなったように見える母人形オルタの製作に成功した。


「これって……母に見せていいものなのかな?」


 確かに以前から僕の作った母人形を、貧相だとなげいていた母ではあったけど……本当に見せてもいいのだろうか?

 よくよく考えると、胸の小ささにコンプレックスのある女性をモデルにして、胸が大きい人形を作ることは、かなりひどい嫌がらせな気がするんだけど……。


「あと、これを見て父がどう反応するかが全く読めない――え? は? なん……だ。これ――」


 ――突如、脳内に不思議なイメージとワードが出現した。


 僕はまるで、紙の写真を脳内に直接差し込まれたかのような錯覚を起こした。

 同時に、自分自身が変異したことを認識する。自分の存在が、なにか別のものに書き換えられてしまったような……。


 突然のことに恐怖を覚えながらも、その恐怖におぼれないよう必死に勇気を絞り出す。

 そして脳に刻まれたイメージをなぞりながら、ワードを唱えた――


「『ニス塗布とふ』」


 母の人形に、ニスが塗布された。


 なんだか、無駄にシリアスな雰囲気を出してしまったが、『にすとふ』という、なんとも気が抜ける呪文の響きと、その効果だ。


「……いや、いやいやいや。っていうか、なにこれ? えぇ?」


 僕はニスが塗られた母人形オルタを、再び様々な角度で確認する。塗り残しもムラもないようだ……いや、そこが問題でもないんだけど。


 明らかにスキルだ……。え、まさか僕はニススキルを取得したのか? というか、そんなニッチなスキルが存在していたのか?


「ど、どうなんだろう? とりあえずローデットさんのところか……? いや、今は父と母がいる、聞きに行こう」


 僕はツヤの出た母人形オルタをたずさえて、部屋を出た。



 ◇



「父、母!」


 両親はリビングでまったりとリバーシをプレイしている最中だった。

 焦りのためか、僕は久々に母を『母』呼びしてしまう。


 振り返った母の眉間には、シワが寄っていた。


「ママと呼びなさい」


「ごめんママ、これ見て!」


 時間が惜しいのでサクッと『ママ』呼びに訂正し、僕はツヤあり母人形オルタを見せた。


「まぁ!」


「ぐGばz!」


 最初のは母の声だろう。……後半のはなんだ?


「まぁまぁまぁ、ついにやったのね、アレク」


「え? あ、うん」


 母は、グラマラスな母人形オルタの出来にご満悦のようだ。……ならまぁ、見せて良かったんだな。


「ぐzぶぶぐb」


 あぁ……さっきのは父の声だったのか。到底人体からは発生しそうにない異音は、父から発されているものだった。


 そうか。母人形オルタを見た父の反応が読めなかったけど、正解は『笑いをこらえる』だったのか。

 まぁ、確かに笑ったら相当怒られそうだけど……。


「ひとつ壁を超えたわね、アレク」


「あ、あぁ、うん。ありがとう」


 位置的には僕、母、父の並びだ。母が再び振り向かなければ、母は父の状況に気付くことはないだろう。


 父は今、両手で口を押さえ、涙を流している。……いや、そこまで笑わなくても。


「素晴らしいわ、母を忠実に再現しているわね?」


「グ」


「そうだね」


 僕と母のやりとりの間に、父のうめき声が軽くカットインしたが、母人形オルタに興奮している母は気が付かなかったようだ。


 父は己の限界を悟ったのか、この場を離脱するつもりらしい。ゆっくりと椅子から立ち上がり、そろりそろりと距離をとっていく――


「パパはどう思う? あら?」


 ちょうど父が部屋から姿を消したその瞬間、母が振り返り、先ほどまで父がいた空間に話しかけた。……ギリギリのタイミングだったな。


「父ならトイレに行くって言って、出て行ったよ?」


「そう? 気が付かなかったわ」


 僕は父に助け舟を出した――


「帰ってきたら見せましょう」


 助け舟は撃沈した。


 まぁ、そもそも時間稼ぎにしかならない助け舟だったか……。


「いいわねこれ、貰っていいかしら?」


「いいよ?」


「そう、私達の寝室に飾るわ」


 父の試練は続きそうだ。


「なんだか、艶めいているようにすら見えるわ」


「あ、そうなんだよママ! なんだか僕に新たな能力が宿ったみたいなんだ!」


「母を忠実に再現できる能力ね?」


 それは元々あった能力だ。母人形オルタも、胸パッド付き母を忠実に再現したにすぎない。


「そうじゃなくて、ニススキルを手に入れたみたいなんだ。それでニスを塗布したんだよ」


「ニススキル……聞いたことがないけど」


 そうなのか、もしかしてレアスキルなのかな?


「ニスを塗布……それはスキルじゃなくて、『木工』スキルのスキルアーツじゃないかしら?」


「スキルアーツ?」


「『木工』スキルレベル1のスキルアーツだと思うわ」


「いや、スキルアーツって何?」


「スキルのアーツよ」


 わかんないよ母……。ダメだ、母は母人形オルタに夢中だ。今も僕ではなく人形に釘付けだ。

 母とはまともに会話できないし、父も今は話にならないだろう。


 ――仕方ない、ローデットさんの元へ行くしかないか。

 実はここ一ヶ月ほど、レリーナちゃんの監視が厳しくて教会へは行けなかった。だけど、今回は仕方ない。仕方ないのだ。行かざるを得ないのだ。


「ねぇママ、ちょっと教会へ行ってくるよ」


「お尻のボリュームももっと欲しいわね」


 父が笑い死にしちゃうよ?





 next chapter:残念なローデット人形

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る