第41話 腐女子の目


「着いたね」


「ああ」


 僕とジェレッド君は、訓練場に到着した。

 相変わらず、米俵型のまと以外は何もない訓練場だ。早速、米俵の状態をチェックしてから、僕らは弓を射つ準備に取り掛かった。


 この準備している時間、いつも僕は前世のボウリング場を思い出す。

 シューズを履いたり、ボールを選んでいるときの空気感と、なんか似ているんだよね。いや、どうでもいいんだけどさ。


「そういえば」


「ん?」


「ジェレッド君、魔法の練習はどうなの?」


「あー、あんまりやってないなぁ」


 ふと、ここで初めて『火魔法』を使ったときのことを思い出したので聞いてみた。


 ちなみに、ジェレッド君は『風魔法』を使える。

 一度見せてもらったが……そよ風が吹いただけだった。正直、どんなにくたびれたうちわでも、もうちょっといい風を起こすと思った……。


「別に練習してもいいんだよね?」


「まぁな、人に向けなければ、やってもいいってさ」


「ふーん」


「けど俺は魔法より弓の方が好きだし、弓に集中したいからな」


 そう言いながら、ジェレッド君は軽く弓を持ち上げて笑った。


 僕は弓より魔法の方が憧れるけどなぁ。この辺り、僕が元地球人だから価値観が違うのかな? 地球人ならきっと、弓より魔法を使ってみたいだろう。


 まぁ、そういう僕も魔法の練習はしていない。両親がいないと『火魔法』は禁止だし、たとえ練習したところで、結局森に住むエルフである僕は『火魔法』を使う機会がない。

 そう考えると、わざわざ両親を呼び出してまで練習することの意味を感じない。


 それに、隔週でローデットさんに貢ぎながらステータスを鑑定し続けた結果では、レベルアップ以外でのステータスアップは、ほとんど期待できないようだ。

 週に数回『火魔法』の練習をした程度では、『魔力値』が上昇することもないだろう。そうなると、ますます必要性が見えない。


 だから魔法より優先度が高そうな剣の訓練をしているのだけど……あの父の様子だと、僕の剣術が物になるのはいったいいつになることやら……。


「おーい、準備いいか?」


「あ、うん、大丈夫だよ」


 僕とジェレッド君は弓の準備を終え、的から五十メートルほど離れた場所に立つ。二人の距離は五メートルほどだ。

 的が一つしかないので、二人交互に同じ的を目掛けて矢を放つことになる。


「じゃあ、僕からいくね」


「おう」


 ジェレッド君に声を掛けてから、僕は左手で弓を持つ。右手の矢をげんに引っ掛け、そのまま人差し指、中指、薬指の三本で、あごの下まで弦を引く。

 姿勢や、押し手と引き手の力加減に気をつけながら……右手を離す――


「やー」


 僕の放った矢は、しっかりと米俵に突き刺さった。――が、米俵の中心からは少しだけ右にズレてしまった。


 今のがズレた原因は、リリース時に押し手がブレたからかな?

 難しい武器だよね、手元ではほんの数ミリのズレだけど、目標に届くころには何倍ものズレになっているんだから。


 続いてジェレッド君の番だ。彼も左手で弓を持ち、右手で弦と矢を引いて――


「――――!」


 ジェレッド君が放った矢は、見事米俵の中心に突き刺さった。

 ジェレッド君は矢の行方を確認してから…………僕を見た。


 ……なんだろう、軽くイラっとした。いや、ジェレッド君に他意はないんだろう。次は僕の番だ、だから僕を見ている、それだけだ。

 決して勝ち誇るようにドヤ顔を僕に見せつけたわけじゃないはずだ。落ち着け、集中……集中だ。弓は集中が一番大事。


 僕はまた弓を構え、弦を引き――


「やー」


 今度は、少し上にズレてしまった……。少しだけ、ほんの少しだけど……。


 次はジェレッド君だ。構え、引き――


「――――!」


 ジェレッド君の矢は、またしても米俵のど真ん中に突き刺さった。最初に彼が放った矢と、綺麗に隣接している。


 彼は刺さった矢を確認してから――――僕を見た。


「……チッ」


「お前、舌打ちって……」


「あっ、ごめんジェレッド君。なんだか、どうしてもイケメンに上から見下みくだされているような気がして……」


 やっぱりイケメンは敵だっていう固定概念を、僕は捨てきれないのだろうか……?

 ジェレッド君は普通に見てきただけなんだろうけど、『敵が僕を笑っている!』――そんな被害妄想に陥ってしまった……。


「またそれかよ……。お前たまにそれ言うよな。顔が良い奴のことだっけ? それならお前の方がイケメンだろうが」


「え? あぁ、そうだっけ……いやいやいや、ジェレッド君の方がイケてると思うよ?」


 またうっかりしていた……。そうだった僕はイケメンだった。

 しかし、『お前の方がイケメン』の指摘を素直に受け入れられるほど僕は傲慢ごうまんじゃない。流石に謙遜けんそんしないとダメな気がして、僕は逆にジェレッド君を褒め称えた。


「はぁ? なんでだよ、お前の方が顔がいいだろ」


「いやいや、ジェレッド君の弓を射つ姿を見て思ったけどね、君の凛々りりしい横顔はなかなかのものだよ?」


「そ、そうか?」


 ジェレッド君が情熱を注ぐ弓を絡めて彼を褒めると、なんだか頬を赤らめて照れていた。


 ……うん、冷静に考えると、僕はいったい何を言っているんだろう?

 というか、これまずくないか? このやりとりは、腐女子の格好の餌食になるんじゃないか?


「おい、どうしたんだ?」


「え? あ、うん。いや、別に……」


 居もしない腐女子の目に怯えだした僕を、ジェレッド君が心配する。……しかし僕はやっぱり腐女子の目を意識してしまい、ジェレッド君の問いかけにうまく答えられなかった。


「なんか変だぞ?」


「そ、そんなことは、ないけど……」


 なんか結果的に『周りの反応を気にしてお互いの関係がギクシャクする』みたいな青春っぽいやつになっているんですけど……?

 そんなのジェレッド君とはしたくはない。どうせなら、ローデットさんあたりとそんな青春がしたい――


 そんなことを考えていたら、能面のうめんのような顔をしたレリーナちゃんが、僕の脳裏に一瞬浮かんだ。


「とりあえず……続けようか?」


「おう……。お前は相変わらず変な奴だよな……」


 なんだか頭がごちゃごちゃしてきたので、弓に逃げる。弓を射とう。それだけに集中するんだ。



 ――その後、合計五十本ほどの矢を交互に射った。


 やっぱり僕が外してジェレッド君が的中したときは、軽くイラッとすることがある。

 この対戦形式っぽいのがどうにもよくないんだと思う。この際、的中したらお互いにハイタッチでもしようか? 本当にボウリングみたいになるけど……。

 いやダメか、真剣にやっているジェレッド君に悪いし、何より腐女子の目が怖い。


 そういえばボウリングか……。木工で作れないかな? 無理かな? どうかな? 結構厳しいかな? かなり大掛かりな木工作品になりそうだけど――


「あ」


「どうした?」


「ずいぶん前から、完全に集中が切れていたことに、今気付いた」


「そうか……」


 弓は難しいなぁ……。





 next chapter:母人形オルタナティブ

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