第39話 竹かごが壊れちゃう


「そういうわけで、僕はこれから剣を練習しようと思うんだ」


 ようやくトリップから戻ってきたレリーナちゃんと、僕は会話を続ける。


「けど、お兄ちゃんは『剣』スキルをもってないよね?」


「うん」


「それでも剣を使えるの?」


「うーん、まぁ今すぐにってわけにはいかないだろうけど、長い時間をかけてね、地道に練習していくつもりだよ」


 母は新しく魔法を覚えるまで、五年から十年と言っていた。

 『剣』スキルを覚えるにもそれくらいかかるかもしれない。確かに長いけど、十年かかったとしても十七歳だ。長い時を生きるエルフからしたら、大した時間じゃないだろう。


「それじゃあ、『初狩り』には間に合わないのかな?」


「そうだね。というか、さすがに初めての狩りで剣を使うのはちょっと怖いよ」


 十歳になったら、エルフは初めて狩りをするらしい。そのままだけど『初狩り』と呼ばれている。

 まぁそこまでお硬い儀式や、過酷な試練みたいなものじゃなく、もっとゆるい――七五三みたいな行事らしい。


「そんなわけで、僕は木剣を作っていたんだ」


「へー、『木工』シリーズの……第十八弾?」


「うん」


「十八かー。もうそんなに作ってたんだね。私が知らないシリーズもあるかな?」


 レリーナちゃんが僕の部屋をキョロキョロと見回す。……なんかドキドキしてきた、変なものは置いていないよね?


「お兄ちゃん、これは何?」


「それは第十五弾、竹かごだね」


「たけかご?」


「まぁ竹で作った普通のかごだよ」


 木材として竹も買えたので、竹製品もいろいろ作ってみた。竹かごはそのうちの一つだ。


 実は竹かごを作るとき、竹を切ったはいいものの、僕は編み方がわからなかった。困っていると父が丁寧に編み方を教えてくれたのだ、この世界にも竹かごは普通にあったらしい。

 そうして出来上がった一品が、『木工』シリーズ第十五弾『竹かご』だ。


 これを『木工』シリーズに加えていいものか、僕は少し悩んだ。

 だけど僕が作った物には変わりないし、そもそも僕が勝手に『シリーズ』とめい打っているだけであって、『木工』シリーズには厳格な選定基準もないし、名誉ある称号でもなんでもない。よって、第十五弾とした。


「竹かー。竹もいろいろあったね?」


「そういえば一緒に竹馬やったね、竹とんぼも」


「あー、懐かしいね。お兄ちゃんと二人でやった竹馬、今では良い思い出だよ……」


「そ、そうだね……」


 レリーナちゃんは竹かごを胸に抱え、またウットリしている。

 思い出っていうか、確かレリーナちゃんと竹馬をやったのは、ほんの二週間くらい前の話だと思ったけど……。


 ちなみに竹馬は第十六弾だ。竹とんぼは第十弾でも作ったけど、竹が手に入ったので木製から竹製の『真・竹とんぼ』にアップグレードした。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「なんだい?」


「アレは何かな?」


 レリーナちゃんは竹かごを抱えたまま、母人形の軍勢を指差した。


「母の人形だね。ずいぶん増えちゃって、正直困っているんだ」


 僕の部屋には現在十一体の母人形がいる。サッカーチームができるね。


「そうじゃなくて、あの中にミリアムさんじゃない人形が一体あるよね? あれは、教会のローデットさんだよね?」


「あー、そう……だね。前に作った……かな?」


「なんでローデットさんの人形を作ったの? あの人とは何でもないって言ったよね? 嘘付いたの? 私に嘘を付いたの? ねぇお兄ちゃん?」


「お、落ち着いてレリーナちゃん。た、竹かごが壊れちゃうよ……」


 ――怖いんですけど!?

 畳み掛けるように問い詰められて、ちょっと泣きそうになってしまった……。


 というか、またレリーナちゃんが能面の顔になっている……。表情は変わらないけど、腕にはだいぶ力が入っているようで、レリーナちゃんは胸に抱き続けている竹かごを潰しかねない勢いだ。


「えぇと……ローデットさんも自分の人形が欲しいと言っていてね、別に僕もノリノリで作ったわけじゃないよ? ただお世話にはなっているし……」


「お世話に……?」


「そ、それにさっきお金がないって言ったでしょ? あの人形がお金の代わりにならないかと思って……。僕はただステータスを確認したいだけなんだ、それだけなんだよ」


「…………」


 うっかりしていたな、ローデット人形を出しっぱなしだった。

 ……いや、うっかりも何も、僕はローデット人形が見られたらまずい物なんて認識がなかった。こんな爆弾だとは思っていなかったんだ……。


「ご、ごめんねレリーナちゃん? とりあえず、竹かごを下ろそうか?」


「お兄ちゃんは、私に謝らなければならない何かをしたの?」


「し、してないよ? けど、僕はレリーナちゃんを傷つけてしまったようだから。……あと、竹かごがミシミシいっているみたいなんだけど?」


「一度ローデットさんと話をしなくちゃかな……? 本当に何もないんだよね?」


「も、もちろん何もないよ? ねぇ、竹かごが――」


「竹かご、竹かご、竹かご!! お兄ちゃんは私より竹かごが大事なの!?」


「あわわわ、そ、そんなことはないよ!?」


 なんとか抑えていたであろうレリーナちゃんの感情が、竹かごで爆発してしまった……。

 そうはいっても、その竹かごも父と一緒に作った思い出の品なんだけど……。あ、待って、本当に壊れちゃう。


「ぼ、僕はレリーナちゃんも竹かごも、両方大事だよ!!」


「竹かごも……」


 僕は真剣に訴えたのだけど、なんだかレリーナちゃんは微妙な顔をしている……。

 毒気を抜かれた? そんな顔だ。大丈夫かな……? 説得に成功した……ようにもあまり見えないけど……。



 ――それから、僕はレリーナちゃんを宥め続け、なんとか再び機嫌を直してもらった。結局直るまで一時間くらいかかった。


「私の人形も作ってね?」


 ということで、なんとか許してもらえたようだ。

 なんだか今日は、レリーナちゃんの闇を見てしまったような気がする。とりあえずレリーナ人形は丹精込めて彫ろう。


 そういえば、ローデット人形のモデルがローデットさんだと、ちゃんと気付いてもらえたな……。母以外の人形を彫るのは初めてで、ずいぶん時間がかかったけど、なかなかのクオリティで作れたってことだろう、少しうれしい。


 ……まぁ、今回ばかりは気づいてくれなかった方が救われたかもしれないけど。





 next chapter:ツンデレ幼馴染

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