第38話 ヤンデレの気配
レリーナパパとの契約から一ヶ月経った。
工房ではリバーシの生産と販売が始まったらしい。
我が家にも、もうすぐ契約料が支払われるだろう。リバーシの販売数に応じて、売上の一部がライセンス料として支払われるらしい。
しかしまずいことに、その契約料が払われるまで僕は無収入だ。それはまずい。なにがまずいって、このままでは教会へ通えなくなってしまう。
今は収入がないので、貯金を切り崩してローデットさんの元へ通う日々だ、なんとかしたい。
というか、むしろローデットさんに貢ぎ続けているこの現状をなんとかしたい気もする……。
とはいえ、現状僕にはどうしようもない。お金を稼ぐ方法もわからないし、教会通いも何故かやめられない。すでに自分の意思ではやめることができないところまできているのだろうか?
そんなふうに、なんとなく焦燥感を抱きながら日々を過ごす。
この焦燥感は、たぶんリバーシを作らなくなったことも要因の一つだろう。今まで追い立てられるようにリバーシを作っていたのに、急に作らなくなったせいだ。ずいぶん暇になった、暇すぎて逆に不安なんだ。環境が大きく変わったせいで、なんとも落ち着かない。
そんな心の隙間を埋めるように、僕はやっぱり木工に没頭した――
「できたー」
完成したぞ。『木工』シリーズ第十――
「おめでとうお兄ちゃん」
「ヒッ」
振り向くと、いつの間にか幼馴染のレリーナちゃんが僕の部屋でちょこんと座っていた。祝意を表しているのか、小さくパチパチと手を叩いている。
全く気がつかなかった……。びっくりした、口から心臓が出ちゃうかと思った……。
「い、いたんだね、気がつかなかったよレリーナちゃん」
「あ、ごめんねお兄ちゃん。入る前に声は掛けたんだけど」
「あれ? そうなの? ごめんね」
「ううん。いいんだよお兄ちゃん」
にっこり笑うレリーナちゃん。
……あれ? 結局僕は入室を許可していないから、勝手に入ってきたことには変わりないよね?
そんなふうに許可を得ず男子の部屋に入ったりしたら、いつか悲惨な事故が起きそうでちょっと怖い。
……いや、起きないか。僕は常に女神に見張られている身だ、いかがわしいことは何もできない。だからレリーナちゃんが見て、ショックを起こすようなことも起きない。
僕自身は、その事実をとても喜べそうもないけど……。
「そんなに集中していたのかな? いつから見ていたの?」
「うーん。『お金がなくて困ったなー』ってところからだよ?」
「……え? ……僕、声に出していた?」
「うん」
そうか、独り言を言っていたのか。それも気がつかなかった……変なこと言っていないよね?
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだい?」
「そんなに教会へ行ってるの?」
「…………そうだね、ステータスを確認するためにね?」
「教会のローデットさんにお金をあげてるの?」
「はは、それはちょっと茶化した言い方をしただけだよ。ステータスを確認するために、教会へお金を払っているだけだよ」
「そうなの?」
「うん、そうだよ? それ以外何もないよ?」
「そうなんだ……」
すげぇ怖いんですけど!?
怖い。凄く怖い……。レリーナちゃんは口調も穏やかだし、表情も普段と変わらわないのに――あれ? というか、全く表情が変わっていない?
そうか……。これが
「うん……うん。本当に何もないんだね?」
「ないない」
「そっか。ごめんね、お兄ちゃん。変なこと聞いちゃって」
「ううん。全然構わないよ」
あ、いつものレリーナちゃんに戻ったみたいだ。
怖かったな、七歳の幼女が放つプレッシャーじゃなかった……。
……実は、前からレリーナちゃんにはヤンデレの気配を感じていたんだ。
昔、レリーナちゃんが言っていた――
『お兄ちゃんと二人だけでいい』
『お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ぶのは私だけでいい』
って台詞に、僕はなんだか不吉なものを感じていた。今までは、必死で気が付かないふりをしていたけど……。
「それで何を作ったの?」
「……え? あぁ、うん。木工シリーズ第十八弾『木剣』だよ」
「ぼっけん?」
「うん。まぁ木の剣だね」
僕は作ったばかりの木剣を、両手でギュッと握って構えてみる。
うーむ……。僕には『剣』スキルなんてないからね、しっくりこない。握り方も力の入れ加減もさっぱりだ。木材とヤスリを握ったときのような、あの万能感が湧いてこない。
……うん。つい『木材とヤスリ』って言っちゃったけど、あんまり格好良くないから『弓と矢を持ったときのような万能感が湧いてこない』の方に訂正していいかな?
さておき、『木工』スキルのおかげで、木剣の出来栄え自体は中々な気がする。
よし、この剣は『
「剣? お兄ちゃんは剣を使うの?」
「そうだね、練習しようと思うんだ」
「なんで急に?」
「うーん……。前から考えてはいたんだけど、剣を始めようとした理由はふたつあって――ひとつは父みたいな剣士になりたいから」
……なんて格好良いこと言ってみたけど、実は父が剣を振るっているところを見たことはない。けどたぶん凄いんだろう、なんと言っても『剣聖』だし。
そして僕は『剣聖』である父の血を引いている。
というか、ぶっちゃけ『剣聖と賢者の息子』って称号に期待しているだけだったりする。なんか剣に対して補正付くでしょ、きっと。
「ふたつ目は何?」
「んー……。レリーナちゃんと僕は幼なじみで、歳も一緒でしょ?」
「うん」
「だから一緒に戦うことも多いと思うんだ」
「そうだね」
エルフは、基本的に全員戦うための術を身に付けるらしい……まるで戦闘民族だ。まぁモンスターとか出るし、戦えるに越したことはないだろう。
聞くところによると、レリーナちゃんもしっかり弓や魔法の練習をしているらしい。
「だけど、弓使い二人じゃバランスが悪いよね? もしモンスターに近づかれたら、ひとたまりもない」
「うん」
「だから、僕が剣を使えるようになれたらいいと思ったんだ。いざとなったら僕がモンスターを止められるように」
「そうなんだ……」
「どんなに恐ろしいモンスターが来ても、安心してほしい。レリーナちゃんは絶対に僕が守る――指一本触れさせはしないっ!」
「お兄ちゃん……!」
僕はキメ顔でそう言った。
……うん? なんか思った以上にレリーナちゃんの心に刺さったようだ。レリーナちゃんが頬に手を当ててウットリしている。
正直、舞台俳優みたいに大げさなアクションで、格好良い台詞が言ってみたかっただけなところがあったんだけど……。今さら『なーんちゃって』とか言ったら、刺されそうだな……。
……まぁいいか。レリーナちゃんの機嫌もV字回復したし、守りたいっていうのも嘘じゃない。
というか本当にバランス悪いよね、弓兵二人って。
実はジェレッド君も面子に加えて三人パーティを編成しようかって考えているんだけど……結局は弓兵二人が弓兵三人になるだけだ。後衛三人だけのパーティはないだろう……。
僕だって本当は剣士なんかしたくない、怖いし。だからといってレリーナちゃんを前衛にするのはさすがにない。ジェレッド君の方も、なんだか弓に並々ならぬこだわりがあるらしくて、『前衛で肉壁やってよ』とは頼みづらい。
そんなわけで、僕が前衛をやる以外に選択肢がなかった。称号が上手い具合に働いてくれることを切に願う。
「このふたつの理由から僕は剣を……レリーナちゃん? ちょっと、ねぇ? レリーナちゃん?」
レリーナちゃんは未だにトリップしていた。大丈夫かな?
「……え? あ、うん。ごめんねお兄ちゃん」
「えぇと、大丈夫? そういうわけで、僕は剣を――」
「大丈夫! 私、ちゃんとお兄ちゃんの気持ちを受け取ったよ!」
「……そうなんだ」
あんまり大丈夫そうには見えないんだけど……。僕が伝えたかったこと以上の何かが、レリーナちゃんには伝わってしまったように思える……。
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