第29話 異世界転生者のアドバンテージ


「じゃあ次はアレク、やってみなさい」


「はい……え?」


 母は燃え尽きた枯れ葉の代わりをさらに追加で投入してから、事も無げに言い放った。


 無茶おっしゃる……。確かに魔法は見せてもらったけど、できる気がしない。

 自慢じゃないけど、僕は生後数ヶ月の時点から魔法を使おうと挑戦し続けて、失敗し続けた実績があるんだ。


「母さん、やり方がわからないよ……」


「あぁ、そうね。いいアレク? 魔法はイメージが大事なの」


「イメージ……?」


 なるほど、イメージか……。

 異世界転生者の僕には、前世でつちかわれた知識や想像力がある。それらは、魔法を行使する上で大きなアドバンテージになるはずだ。


 ――って、設定をよく見たけど、本当にそうなのかな……?

 映画や漫画を見ていたことで想像力が豊かだったとしても、現実の世界でそれを上手く活かせるものなのだろうか?

 『恋愛シミュレーションゲームをやり込んだから、現実でもモテモテなはず』くらい無茶な理屈じゃないか?


 知識の方もなぁ……。まぁ化学の分野か。燃えているんだから……燃焼だ。えっと、酸化しているんだ、酸化反応だ。――だからなんだよ? って、感じなんだけど……?


 なんだろう、酸素をイメージすればいいの? わからない、もうわからないよ……。


「ねぇ母さん。何をどうイメージすればいいのかな……?」


「さっき私が枯れ葉に火をつけたのを見たでしょう? 同じものをイメージして? 枯れ葉が燃える画を思い浮かべて、そこに魔力を送るの」


「画を……」


「やってみましょう。まずは手のひらを枯れ葉に向けて?」


 僕は母に言われた通り、穴に近付いて枯れ葉に手を伸ばす。


「手のひらに魔力を集めて? いつもあなたがやっていることよ? 簡単でしょう?」


「うん」


「出来たわね。そうしたら、枯れ葉に火がつくことだけをイメージするの」


 火だけをイメージ……それだけをイメージ。それ以外を考えてはいけない……って、難しいな。なんだか余計なことを考えてしまいそうだ……。


 ………………。


「アレク?」


「あ、ごめんなさい。い、今イメージしているから」


 ……いつの間にか前世のことを考えていた。

 僕は今、魔法という特別な能力を使おうとしている。そのシチュエーションが、前世の忌まわしき記憶を思い出させたのだろうか?


 ――当時中学生だった僕も、特別な存在や特別な能力に憧れていた。

 その結果、病気でもないのに眼帯をしたり、時折『静まれ、静まれ……』とか言って――あばばばば。


 今そんなことを思い出さなくていい、というか二度と思い出すな。

 いかんな……。前世で培われた知識や想像力が、アドバンテージどころかハンディキャップになっているじゃないか。


 集中、集中だ。さっき母が火をつけたのを思い出せ。枯れ葉が燃えだすイメージを……。炎を……。


「うん」


「出来たのね? じゃあ今度はそのイメージに魔力を流すのよ」


「流す……」


「コップに水を注ぐように、あなたが描いたイメージに魔力を注ぐの」


 僕はいつものように魔力操作をする。いつもと違うのは体の中だけじゃなく、自分の手からほんの少し先、イメージした炎にまで届くよう魔力を操作することだ。


「あ……」


 自分の身体から魔力が離れたことがわかった。そのまま集中して、魔力を注ぐ。イメージした炎に魔力を添わせるように……。


「やったわね。おめでとう」


「え? あ……」


 いつの間にか、イメージの炎が現実の炎になっていた。燃え出した枯れ葉は、隣の枯れ葉に燃え移り、細い木の枝をあぶる――


 やがて僕の小さな魔法の炎は、焚き火と呼べるまでに成長した。僕はその赤い揺らめきをぼんやりと眺める。


 なんだろう……涙が出そうだ。幼い頃からの夢が叶った気分だ。……いや、実際そうなのか、幼い頃からの夢が叶ったんだ。


「や、やった……。やったよ母さん。ありがとう!」


「ええ、良かったわね」


 僕は魔法のレクチャーをしてくれた母に感謝した。

 なんだか感極まってしまった僕をの頭を、母は優しく撫でてくれた。


 そうか……。ずっと魔法が使えなかったのは、母の言う通りイメージが足りなかったんだ。


 たぶん僕は、生まれつき『火魔法』スキルをもっていたんだと思う。

 僕は今まで『火魔法』を学んだことも、練習したこともない。だからきっと、生まれてからの六年で取得したスキルではなく、最初からもっていたスキルなんだ。


 スキルをもっていて、魔力もあって、その操作もできた――では何故使えなかったのか? それは、イメージしていなかったからだ。きちんと想像して魔力を流せば、たとえ赤ん坊の頃でも魔法が発動したはずだった。


 具体的にいえば、壁だか天井だかが燃えている画を鮮明にイメージして、魔力を流せばきっと――って、いや無理でしょ。

 できるかそんなこと……。生まれてすぐに自宅を焼こうとするほど僕はとち狂っていない……。


 あ、しかも当初の予定では、『魔力量増加計画』なんて立てていたな。『魔力は使えば使うほど強くなるはずだ』なんて考えていた。

 じゃあ毎日か、その計画のためには、毎日家を焼くのか……。さすがに追い出されるわ……。



 ◇



「なんだか気持ち悪くなってきた……」 


「魔力不足ね」


「あぁ……なるほど」


 弓と同様に、魔法の練習も繰り返し行った。


 僕が枯れ葉に火をつける、母がシャベルで叩いて消す。僕がつける、母が消す。つける、消す――この繰り返しだ。ちょっと賽の河原を思い浮かべた。


 その途中で僕は、車酔いのような倦怠けんたい感やだるさを覚えた。母がいうには、魔力が無くなってしまったらしい。

 たぶん火をつけた回数は、二十回に届いてないくらいかな? 『魔力値』3ではこんなものか、現状で僕は百円ライターに勝てないらしい。


「すぐに回復するわ。それじゃあ訓練はこのくらいにしておきましょうか」


「うん」


「今日使った弓はあなたにあげるわ。練習するならここですること、弓の手入れは……パパに聞きなさい」


「いいの!? ありがとう」


 おぉ……。弓まで貰うことができた。


 なんだか僕は今日、エルフとしての第一歩を踏み出せた気がする。

 今日の訓練はとても実りあるものだったな。これからも頑張っていこう。この訓練場はちょっと遠いのが不便だけど、まぁしょうがない。


「『火魔法』は禁止します。それじゃあ帰りましょうか」


「うん。……え?」


「帰らないの?」


「いや、帰るけど。……え? 『火魔法』禁止?」


「使いたいの?」


 そりゃあせっかく魔法を覚えたんだから使いたい。確かに現状使いみちは皆無で、百円ライターにも敗北したけど、だからこそ練習するんじゃないの?


「使いたい……というか練習はしたい」


「なら私かパパが見ているときだけは、練習してもいいけれど……それよりは違う属性の魔法を覚えた方がいいと思うわ」


「え……。『火魔法』ってそんなにダメなの?」


「使うことがないもの」


 ないの? 他の属性魔法のことを僕は知らないけれど、『賢者』の母が言うならそうなのだろうか……?


「なんで使えないの?」


「ここはエルフの村で、周りは森なの。森で『火魔法』なんか使えるわけないでしょう?」


「あー……」


 母が訓練中、口を酸っぱくして火は危険だと言っていたのは、そういうことか……。


「いつかアレクが森の外へ行ったときは使ってもいいけれど、そのときまで練習以外での『火魔法』の使用は許可できないわ」


「そっかー……」


 まぁ道理だ。理解できる。……理解はできるが、無念だ。


 そういえば初めてステータスを見たとき、父は苦い顔をしていた。もしかしたら、これも理由の一つかもしれない。『うわ、火か。使えないじゃん、どうしよう……』みたいな?

 たぶん今の僕も、父と同じように苦い顔をしているんだろうな……。


「ちなみに、違う属性の魔法を覚えるのにはどれくらいかかるの?」


「早ければ五年から十年くらい」


「おぅ……」


 遠いな……。なんだか訓練の疲れがどっと出てきた……。帰ろう、もう帰って眠りたい……。いや、だめだ。帰ったらリバーシ作らなきゃだ。


「なんだかなぁ……とりあえず帰ろう?」


「そうね……」


 なんだかなぁ……。





 next chapter:無限リバーシ地獄

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