第30話 無限リバーシ地獄


 この世界に来て七年。僕は七歳になった。


 思うと六歳の一年間はいろいろあったな。前半は比較的穏やかに日々が過ぎていったけど、レベル5でチートルーレットを回してからは激動の年だった。

 やはり『木工』スキルをゲットした影響が大きかった。――というか、大きすぎた。


 実は……僕が懸念していた『リバーシの大量発注とか来ないよね?』が、的中してしまったのだ。


 だんだんと注文の件数が増えていき、僕は納期に追われる日々となった。毎日毎日コマとばんを作り続ける日々だ。作っても作っても終わらない、無限リバーシ地獄だ。


 正直マス目の数を八×八じゃなくて、六×六にでもしてやればよかったと後悔した。そして、こんなにもボードゲームが流行るのなら、やっぱり最初に作るのはリバーシじゃなくて将棋にすればよかったと後悔もした。


 せっかく弓や魔法を教えてもらったけど、ろくに練習する暇もない。なんだか着実に木工師への道を歩んでいる気がする。

 死んだ目でリバーシを量産し続ける僕を両親は心配してくれたけど、『リバーシは異世界転生者の義務』という気持ちがあったので作り続けた。


 ……だがしかし、もう無理だ、もう限界だ。

 なので今日、僕はこの現状を打破するために、とある場所へ向かっていた――


「着いた着いた。ごめんくださーい」


 僕は挨拶をしながら建物の扉を開けた。建物自体はこの村では一般的な木造家屋だ。ただ扉が両開きなのは、ちょっと珍しいかな?


 建物の内部は一般的な住宅とは明確に異なる。部屋のいたるところに棚が配置されており、そこには武器や防具が並べられている。壁にも無数の武器がかけられていた。


 ――そうなのだ。ここは村で唯一の、いわゆる『武器屋』というものだ。


「この村で、こんなの使う人いるのかな……」


 重そうなアーマーや大ぶりなハンマーを見て、僕は毎回思う。

 エルフしかいないのだから、基本的に使われるのは弓だ。少なくともこんなのでガッチガチに装備を固めて肉弾戦する人はいない気がする。矢の束だけ並べておけばいいんじゃないかな――そんなことをつい考えてしまう。

 それでもいろいろ並べているのは、店主のポリシーというか、鍛冶屋としてのプライドみたいなものなんだろう。


「だけど、むしろ必要とされているのは調理道具や農具の方だよね……」


 店内の隅っこ、まるで隠すかのように家具や農具も置かれている。

 店主におもんぱかって、僕も『武器屋』と呼んだけど、ここは装備品の他に家具や農具、調理具、雑貨も売っている。そして、たぶんそっちの方が村での需要が高い。

 ――ぶっちゃけここは、村で唯一の『ホームセンター』だ。


「うるせぇぞ、坊主」


「あ、おはようございます」


「おう。いいんだよ、ここは武器屋なんだから。他はまぁ、ついでだ」


 奥の部屋から出てきてカウンターについた男性。この荒っぽい口調の男性が、この店の店主だ。武器や防具、その他諸々もろもろを、たったひとりで製作していて、その修理も請け負っている。……そう考えるとなかなかすごい人だな。


 ちなみに、当然のように細身のイケメンだ。エルフだからしょうがないんだけどさ、鍛冶屋なら筋骨隆々でいてほしいと思うのは、僕のワガママなんだろうか……?


「ずいぶん久しぶりじゃねぇか。なんだかガキのくせに忙しいらしいな」


「えぇ、まぁ」


「そういやリバーシと、ヨーヨーだったか? ありがとよ」


「え? あぁ、そういえばジェレッド君へプレゼントしましたね。いえ、いいんですよ、ジェレッド君にはいつもお世話になっていますから」


「相変わらず、ガキらしくねぇなお前は」


 実はこのホームセンターの店主さんは、ジェレッド君のお父さんだったりする。

 こう見ると、ジェレッド君のぶっきらぼうな言葉遣いは父親譲りだね。あとジェレッド君はエルフにしては珍しく髪が短めなんだけど、これもきっとお父さんの影響だろう。ジェレッドパパも髪が短い。


「しかしリバーシもヨーヨーもよくできてるわ。どっからああいう発想が出てくんだ?」


「え? あー……『木工』スキルを取得したからですかね。なんというか、インスピレーションが湧いてきまして……」


「『木工』でインスピレーションか……。まぁ、わかんなくもねぇけど」


 わかんなくもないのか……。

 確かにスキルの効果は絶大だし、実際そういうことがあるかもしれない。技量が上がってできることが増えるから、新発見とか新発想みたいのも浮かんだりすることも?

 とはいえ、『木工』スキルでリバーシを発想するのは、ちょっと無理があると思うけど……。


「まぁいいや。それで今日はどうした? ジェレッドなら今いねぇぞ?」


「いえ、今日はちょっとジェレッドパパさんにお願いがありまして?」


「お願い……? つうかパパさんってのやめろ」


 カウンターに肘をつき、何故か胡散臭そうに僕を見るジェレッドパパ。何故だろう? 揉み手をしていたのがまずかったか?


「そのリバーシのことなんですが……」


「おう」


「ジェレッドパパさんも作りません?」


「はぁ? なんでだよ?」


 僕が限界だからです。異世界転生者の義務だと思ってやっていたけど、正直七歳の子どもにやらせる仕事量じゃないと思うのです。お願い、助けてジェレッドパパ。





 next chapter:生産職の語らい

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