第28話 『弓』と『火魔法』


「やー」


 僕は米俵型の標的目掛けて、矢を放つ。……あ、ちゃんと刺さった。


「なんなの、その掛け声?」


「えぇ……」


 母を参考にしたはずなのに……。


「ちょっと中心からは逸れちゃったけど、ちゃんと刺さったね」


「初めてにしては、まぁまぁね」


 弓矢のことはよくわからないけれど、たぶん初めてでこの距離を命中させるのは、相当難しいんじゃないかな?

 というより、真っ直ぐ飛ばすだけでも結構な難易度だと思う。やっぱりスキルの力はすごいな。


「弓を持つ方の手も、かなり力がいるんだね。あと、弦を引いた指がちょっと痛い」


「そのうち慣れるわ」


 慣れるのか。……そういえば弓用の装備とかないんだね。前世で弓を射つ人は、なんか篭手こてみたいの付けていた気がするけど……。


「じゃあ続けて射ってみなさい」


「うん」


 母の指示に従い、そのまま十本ほど矢を放った。

 ど真ん中に命中したといってもよさそうなのは、そのうち三本くらいかな? 思った以上に集中力が必要だ。何十本も射っていたら、そのうちダレそう。


「アドバイスとかある?」


「ないわ」


「ないんだ……」


「自分で試行錯誤しなさい」


 ずいぶんとまた投げっぱなしな……。自身の人形には非常に細かく注文をつけるというのに、この差である……。



 そんなわけで、試行錯誤しながら僕は弓の訓練を続ける。

 途中で僕が「参考にしたいから、もう一度母の弓を見たい」と、お願いしたところ、なんだかゴネられた。母いわく「私とアレクで、最適な射ち方は違う」だそうで……。


 まぁ「母さんが弓を引いているところを人形にしたい」と言ったら、もう一度射ってくれたが……。



 ◇



「次は『火魔法』ね」


 続けて何本射っただろう? 四十か五十は射ったかもしれない。

 さすがに疲れて命中精度も落ちてきた。なので軽く休憩をとっていたところ、母からそんな言葉を投げ掛けられた。


「『火魔法』! そっか、いよいよ僕が魔法を……」


 感慨深い。とても感慨深いものがある……。

 ところで、『火魔法』の標的はどうするんだろう? 米俵は燃やしちゃまずいよね?


 そう思って僕が母を見ていると、母は唐突にマジックバッグからシャベルを取り出し、穴を掘り始めた。


「え……?」


 とりあえず、黙って見ていようか。……結構深く掘るな。


 母は三十センチくらいの穴を掘り終えると、今度はマジックバッグから細い木の枝を何本か引っ張り出して、穴の中に放り込んだ。さらにその上には、追加で枯れ葉も投入する。


「これで『火魔法』の練習をするわ」


「…………」


 なんか思っていたのと違う……。僕が想像していたのは、魔法で作り出した炎の弾丸だか炎の矢だかを、標的に向かって放つものだった。しかし、これではただのキャンプ映像だ……。

 まぁ最初はこんなものなのだろうか……?


「ところでアレク、あなたは火を見たことある?」


「え? そりゃあ火くらい……」


 ……うん? あれ? もしかして今世では見たことないのか?

 料理を作るときもIHじみた魔道具だし、そこそこ寒い冬の時期も、暖房用の魔道具で室内はぽかぽかだ、暖炉もない。


「見たことない……みたいだ」


「そう。まぁいいわ、それじゃあ私が魔法で火をつけるから、魔法を使うところと、燃える火をしっかり観察しなさい」


「はい」


 母が穴に近づき腰をかがめ、枯れ葉に手をかざす。僕には他人の魔力操作を見ることはできないけれど、たぶん手に魔力を集めているんだろう。

 母が手をかざした枯れ葉を注視していると、突然その枯れ葉にポッと火がついた。


「すごい!」


 思わず声を上げる僕。正直やっていることはチャッ○マンと同じだけど、道具もなく、種も仕掛けもないのに魔法で火をつけたんだ。すごい。

 というか、呪文とかいらないんだね。今まで僕が魔法を使えなかったのは、呪文を知らないからだと思っていたんだけど……?


「これが魔法で、これが火よ」


 いや、別に火は知っているからいいんだけど。とはいえ、これが今世で初めて見た火か……。これまた感慨深いような気もする。


 枯れ葉から木の枝に、さらに枝から枝に火が回り、だんだんと大きな炎になっていく様を、僕はぼんやりと眺めた。焚き火って、なんか落ち着くよね……。


「『火魔法』は危険な魔法よ? いわゆる四大属性『土』『風』『火』『水』――この中で、一番危険な魔法かもしれないわ」


「そうなの?」


「ええ。魔法自体より、その結果起こる現象がね。こんな風に、何もかも焼き尽くしてしまうかもしれないわ」


「あぁ、なるほど」


 火事に気をつけなさいってことか。まぁ、たしかに。


「一旦、消すわ」


 どうやって消すのだろう? 『水魔法』も使えるのかな? なんて見ていたら。母は焚き火をシャベルでベシベシ叩き始めた。

 ……うん、まぁね。水で消したら僕がこの後やりづらいしね。


「小さい火なら、こんな風に簡単に消すこともできるけど、もっと大きくなったら手に負えなくなるわ。そのことをよく覚えておきなさい」


「はい」


「じゃあ次はアレク、やってみなさい」





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