第27話 ムーブ! ムーブ! ムーブ!


「シャバの空気はうまいぜ……」


 玄関から一歩外へ出ると、思わずそんな言葉が僕の口から漏れ出てしまった。

 自宅謹慎処分を受けてから三週間、ようやく僕の謹慎が解除されたのだ。


「どうしたのアレク? 行くわよ?」


「あ、はーい」


 久々にお天道様の下を歩ける感動を味わっていた僕に、母の冷静な声が飛んだ。

 情緒がないなぁ。そりゃあ『お勤めご苦労様です、兄貴』とか言ってタバコとライターを差し出されても困るけど。

 まぁ、そもそもは罰を受けていただけだし、盛大に祝われるのも違うか。外出禁止をしっかり守った僕を、昨日は母も褒めてくれたけどね。


 今思えば、この三週間は悪いものじゃなかった。最初の一週間はともかく、木工をしていた二週間は有意義だったと思う。正直、初めて前世の知識を活かした異世界転生者らしい活動をした気がする。


 だけど、少し不安もある――リバーシのことだ。『大量の発注とか来ないよね?』なんてフラグを立ててしまったけど……早速一件発注があった。


 初めて作ってから二週間で一件か。どうだろう……。大丈夫かな? そこはかとなく嫌な予感がする……。


 まぁいいや、とりあえず出発しよう。注文のリバーシは、帰ってから作ろう。


「それで、その訓練場までどのくらいかかるのかな?」


「そこまで時間はかからないわ、すぐよ」


 マジックバッグを肩に掛けた母と手を繋ぎ、僕は歩きだす。僕は今日、訓練場でスキルの練習をする予定なのだ。


 昨日の『竹とんぼ、父置き去り事件』により、ご機嫌斜めな父をなだめつつ、僕は『火魔法』と『弓』のスキルを試したいとお願いした。父は少し悩んだ後、許可してくれた。

 いわゆる戦闘系スキルなので、てっきり父が教えてくれるのかと思ったけど、弓と魔法なら母の方が適任らしい。


 そんなわけで、僕は母と一緒に訓練場とやらに向かっている。

 正直ワクワクを隠せない。なんといっても初めて魔法ってやつを使えるかもしれないんだ。


 久しぶりの外出で初めての魔法。なんだか盆と正月が一緒に来たような気分だ。この世界にお盆はないけど、そんな気分だ。


「ねぇ母さん。僕はちゃんと魔法を使えるかな?」


「大丈夫よ。しっかりスキルももっているし、それにアレクは魔力操作も上手だから」


「うん……え? わかるの……?」


「見ればわかるわ」


 見てわかるの? というか他人が操っている魔力なんて見えるのか、さすがは『賢者』だ……。


「アレクは今よりも、もっとずっと小さい頃から魔力を動かしていたわね」


「クセになってんだ、魔力操作するの」


「母に乱暴な言葉遣いはやめなさい」


「はい、ごめんなさい」


 格好良い言い回しをしたら注意されてしまった。


 というか、くせになっているのは事実なんだよね。

 そういえば、この癖の影響で、僕の『器用さ』が高いんだったか。たしか今の能力値が――


 筋力値 2

 魔力値 3

 生命力 3

 器用さ 8

 素早さ 2


 こんな感じだったか、うーむ……。


「ねぇ、母さん。この癖やめた方がいいのかな?」


「何故かしら?」


「この癖があるから、僕は『器用さ』が高めなんだと思うんだ。レベルアップで上がる能力値が『器用さ』ばっかりに偏っちゃうのは、どうなのかなって……」


 謹慎中に考えていたことでもある。このままいくと、僕は『器用さ』極振り仕様になってしまう。大丈夫かそれ?


「あまり気にしなくてもいいと思うけど? 結局は自分に必要な能力値が上がっていくものよ」


「そうなのかな?」


「それに、もし『器用さ』が突出したのなら、それを活かした生き方をすればいいだけよ」


 突出した能力――確かにそれは、僕の長所ってことになるわけだ。

 だけど、突出した『器用さ』で何ができるんだろう? 前世でやってたゲームとかだと、弓は『器用さ』依存の武器なことが多かったけど……。


「『器用さ』を活かすことで、何ができるかな?」


「あなたの『木工』スキルにも、プラスに働いていると思うけど?」


 そうか、そっち方面か……。

 まぁ、ありといえばありだよね。剣と魔法の世界だからといって、危険なことをしなければいけないわけじゃない。木製の製品を作って生計を立てるのか……。


 というか『木工』スキルを使えば使うほど、また『器用さ』が上がりそうだな。どんどん『器用さ』極振りに近づいている……。


「それに『器用さ』は、『完璧な母の人形』を彫るためにもきっと必要な能力よ?」


「……そうだね」


 僕は別に『完璧な母の人形』を彫ることを夢見ているわけでも、生涯の目標にしているわけでもないのだけど……。


「どうにもあなたの作る母の人形は凹凸が少ない気がするわ。その辺りも『器用さ』が足りないせいだと、母はにらんでいるの」


「……そうだね」


 その辺は母を忠実に再現しただけなのに……。

 確かにもっと『木工』や『器用さ』が上がれば、多少デフォルメして作ることも可能かもしれないけど……。



 ◇



「着いたわ」


「え?」


 何故か自分のことをグラマラスでセクシーな女性だと勘違いしている母からの、自身の人形に対するクレーム対応をしながら僕は歩いていた。


 すると母が唐突に立ち止まり、到着したことを宣言した。


「ここが訓練場なの?」


「そうよ」


「何もないけど?」


「何もないわね」


 ずいぶん歩いたから、村の外れ辺りだろうか? そこは小学校のグラウンドほどの、ただっ広い何もない空き地だった。


 訓練場と聞いていたので、乗り越えるための丸太が積んであったり、水壕があったり、匍匐ほふく前進しないと進めない網が張ってあったり……みたいのを勝手に想像していた。


「なんで何もないの?」


「逆に何が欲しいの?」


 ……そう言われても困る。

 別に僕は、母から『ムーブ! ムーブ! ムーブ!』と言われながら泥水の中を進みたいわけでも、網の下を匍匐前進したいわけでもないのだ。

 水壕も網も、欲しいわけではない。


「あ、まととかは? 弓の的なんかはあってもよくない?」


「的は……あぁ、あるわね。ほら、あっち」


「え、どこ? あぁ、あれが的?」


 訓練場の一番端っこにあるので気づかなかった。


 母と一緒に近づくと、そこには高さ一メートル程度の台に、的らしき物が乗っていた。

 的は……米俵こめだわらに見える。直径五十センチほどの米俵だ。といっても中に米は入っていないだろう。干したわらだけを束ねて、縄で巻いているのかな? 見ると小さい穴がいくつか空いている。


「これが的なの?」


「そうね。レリーナちゃんかジェレッド君が使っているのかしら?」


「なんでわかるの?」


「大人は使わないもの」


「そうなの?」


「大人が射ったら、一撃で的ごと吹き飛ぶわ」


「…………」


 怖ぇな……。

 この的、中身がみっちりと詰まっているというか、相当キツく巻かれているように見える。かなり重量もありそうだけど、これが一撃か……。


「じゃあ射ってみましょう」


「え、あ、はい」


 いよいよか、ちょっと緊張してきた。

 母はマジックバッグから、弓をスルスルと引っ張り出した。一本の木に弦が張られているだけのシンプルな作りの弓だ。

 前世ではなんだか曲がりくねった弓を見た気がするけど、ああいうのはないのかな? それともこれは子ども用なのだろうか? にしては大きいけど。


「そうね、この辺りから。まずは手本を見せるわ」


「お、お願いします」


 的から三十メートルほど離れた母は、マジックバッグから矢を一本取り出した。

 おぉ……。なんだか弓と矢を持つ母は雰囲気あるな。


「…………」


 母が左手で弓を持ち、右手の矢を弦につがえた。的を見据える母は、滅多に見れない真剣な表情をしている。

 そして弓を的へ向け、弦を引く――


 そんな母の姿を、僕は美しいと思った。弓を構える母の人形を彫りたい――そんなことを思った僕は、もうだいぶ頭が木工師になっていると感じた……。


「やー」


 その美しいフォルムからは、想像もできないくらい気の抜けた掛け声とともに、矢が放たれた。そして矢は、米俵のど真ん中に突き刺さった。


 どうでもいいけど『やー』ってなんだろう……。まさか『矢』とかけているってことはないだろうが……。


「凄いね母さん。ど真ん中だ」


「ありがとう。それより的を消滅させなかったことを褒めてほしいけど」


「あ、そっちの方が大変だったんだ」


「じゃあ次、アレク」


 母は弓を僕に渡してから、刺さった矢を抜きに的へ向かった。


 おぅ……。いきなり本番か。僕も三十メートルの距離から射つのかな? 初心者には厳しそうな距離だけど……。

 まぁ大丈夫か、僕も弓と共に生きるエルフだ。それにスキルもある。問題ないはずだ。


 ……僕が心の中でこんなことを考えると。フラグにしか聞こえないのはなんでだろうね?





 next chapter:『弓』と『火魔法』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る