第12話 母性


「え?」


 気が付くと、あの会議室に僕はいた。女神様と出会い、ダーツを投げ、転生に向け出発したあの会議室だ。


 辺りを見回すと、ホワイトボードの前にはチートルーレットが鎮座ちんざしていて、その前で二人の女神様が微笑んでいた。前と変わらない巫女っぽい衣装のミコトさんと、キトン姿のディースさんだ。


「え? あれ? あの、なんで僕はここにいるんでしょうか?」


 レベル5になったら、またここでルーレットを引くために戻ってくる。そういう話だったはずだ。

 転生してから六年。六歳になった僕だが、まだ一度たりともモンスターを倒したことはない。それどころか戦ったことすらないというのに……。


「うん? 約束しただろう? レベル5になったら――」


「やーん。アレクちゃん、かわいー!!」


「え? ――ワヴ!」


 僕が説明を求めて、ミコトさんが説明しようとして――ディースさんがその全てを無視して僕に抱きついてきた。


 身長差的に、僕はすっぽりとディースさんの巨大な双丘に挟まれることになった。……いや、この大きさはもはや丘ではないな、山だな。二つの巨大な山だ。しかも柔らかくて、いい匂いがします。すごく幸せな気持ちになる、一生ここにいたい。

 ――ただ、とても苦しい。


「お、おい、ディースやめろ。お前まで彼を殺す気か」


「――あ、ちょっと、ひどいわー。せっかく会えたのに……」


 ミコトさんが、ディースさんを無理やり引き剥がしてくれた。

 『ありがとう』と『余計なことを』――相反する二つの感情が僕に生まれた。


「あ、ありがとうございますミコトさん……。あぁ、それとお久しぶりです」


 とりあえず建前の方をミコトさんに伝え、再会の挨拶をする。

 ずいぶん久しぶりだけど、二人とも全然変わっていない。やっぱり神様からしたら、六年なんて一瞬なのかな? 少なくとも二人の見た目は全く変わっていない。

 ……まぁディースさんの方は、なにやら内面に大きな変化があったようだが。


「あぁ。久しぶり……えーと『アレク』でいいのかな? それとも『佐々木』の方がいいかな? なんだったら『アレク佐々木』って呼ぶが」


「ボクサーだかプロレスラーみたいですね……。いえ、もう転生しましたし、アレクでお願いします」


 佐々木か……。転生して六年。今の世界と地球で時間の流れがどうなっているのかわからないけど、六年経ったと考えれば、もう地球で佐々木という前世の僕を覚えているのは両親くらいなものかもな――なんて、少し寂しいような気持ちになる。

 地球以外で佐々木を覚えているのは、この二人だけだ――


「佐々木なんて男はもう消えたわ! ここにいるのはアレクちゃんよ!」


 前言撤回だ。地球以外で佐々木を覚えているのは、ミコトさんだけらしい。


「あの、何かあったんですか? 突然のハグもそうですけど……」


「……そう、そうね。一から説明しないといけないわね。……六年前、あなたがタワシを引き当てたときに私は思ったわ――さすがに可哀相だと、私に何かできないかと……。元々は女神の不始末のお詫びだもの。それに、私の世界でつらい思いもしてほしくなかったの」


 普通に『おめでとう』って言われた記憶があるけど、一応可哀相だと思っていたのか。ならば、最初からタワシをルーレットに入れないでほしかったけど……。


「ただ、あなたに特別な能力を与えることはできなかったわ。そうしたらチートルーレットの意味がなくなってしまうもの。だから私は考えて……思いついたの、チートスキルやチートギフトなしでも人生が楽になる方法を。そして――その『才能』をあなたに与えたわ」


「チートじゃないけど、人生が楽になる『才能』ですか?」


 ちょっと抽象的すぎてわからない。そんな才能が僕にあったかな?


「顔よ」


「顔?」


「イケメンに生まれたら、人生なんだってうまくいくわ」


「身も蓋もないですね……」


「別に顔で全てが決まるようなことはないと私は思うが……」


 ……超絶美人のミコトさんが言ってもあんまり説得力がない気がする。


 まぁディースさんの言うことも間違ってはいないだろう、人生そんなもんだ。イケメンは何をやってもうまくいくし褒められる。ブサメンは何をやってもブサメンだ。だから僕はイケメンが嫌いだ。

 ……いや、別に僕は前世でそんなブサメンではなかったし、今世では結構なイケメンだけど。


「だから私は、佐々木を来世ではイケメンに生まれ変わらせようとしたわ」


「その言い方だと、佐々木がすごくブサイクだったみたいに感じるので、やめてほしいのですが」


「うん。佐々木さんは普通の顔だったぞ? 確かにイケメンではなかったが」


 ミコトさん、それはひょっとしてフォローのつもりですか?


「それで私は、最高の美男子と最高の美女をかけ合わせて、最高のイケメンを作ることを決めたの。やるからには徹底的にね」


「あぁ、確かに父と母はとんでもない美男美女ですが……」


「そうでしょう? 世界で最も美男美女のカップルを探したわ。その結果、エルフの夫婦になったの。あなたのお父さんのセルジャン君と、お母さんのミリアムちゃんね」


「そうだったんですか……。いえ、僕も自分がエルフだと知った時はびっくりしま――あっ! そういえば、耳! 耳が短いのは何故なんですか!?」


 僕は自分の耳をディースさんに見えるようにつきだしてアピールする。

 正直これだけは聞いておかねば。エルフといえばエルフ耳、基本じゃないのか?


「特に理由はないけど?」


「ないんですか!?」


「ええ。元々の伝承なんかでも、エルフは耳が長いとか別にないし。とりわけ日本人はそういうイメージが強いみたいだけどね」


 そうなのか……日本人の勝手な思い込みなのかな? 中国人は語尾に『アル』がつくとか、インド人は手足が伸びる――みたいな?


「えぇと、それで私はセルジャン君とミリアムちゃんの中でも、とりわけ優秀な精子と卵子が結び付くことのできるタイミングを待ったわ」


「ぶッ!?」


 えぇ……。突然何を言い出すの……?


「仲の良い夫婦だったし、二人とも子どもを欲しがっていたこともあって、私が精子と卵子を見極める機会が多かったのは幸いだったわね。やっぱりエルフは出生率が低いから、子どもを作ろうとすると結構な――」


「おいやめろ」


 思わず乱暴な口調になってしまった。いやけど両親のそういう話、本気で聞きたくないよ……。

 あぁ、ミコトさんは顔を真っ赤にしてうつむいている。なんだかうぶな反応にほっこりする。


「勘弁してくださいよ……。ちょっと息子の僕には聞きづらい話です」


「そう? そうね、わかったわ。……それで、私は『これだ!』って精子と卵子を見つけて、誘導したわ『こっち、こっちよー』ってね。それでうまく受精させて、今度は着床――」


「おいやめろ」


 全然わかってないじゃないか……。あぁ、ミコトさんはもう目をつむって耳を手で塞いで、聞かないようにしている。ほっこりする。


「えぇ? ここ大事なところなんだけど……まぁいいわ。とにかくそれで妊娠して――このときにあなたの魂を胎児に吹き込んだわ」


 そういえば、母に抱かれたとき『この人は僕のお母さんだ』なんて、魂で理解した気がする。もしかして、その頃から魂とやらが母を記憶していたのかな? 


「その後もお腹の中であなたが成長している間、完璧な顔になるよう各パーツの配置をちょっとずつ調整したりしてね」


「そんなことをしていたんですか……」


 喜ぶべき、なんだよね? 一応僕の人生が楽になるよう頑張っていたんだし……。


「いよいよ出産ってときには、私も隣で応援していたわ。そして無事にあなたが生まれた瞬間、私にもある感情が――いいえ、本能が生まれたの」


「本能?」


「それは――――母性よ!!」


「え? ――ワヴ!」


 またしても僕は二つの巨大な山に挟まれてしまった。やっぱり柔らかくていい匂いがします。

 しかしおかしなことを言ったな、母性? いや、正直僕の方からは、ディースさんに母性は感じないんだけど? 僕が母性を感じる人は、こんなに柔らかくて大きな胸をもってはいないから。


 というか、母性があるならもう少し優しく抱きしめてほしい、息ができない。ぎゅうぎゅう押し付けられるのは、まぁいいんだけど……というか、とても良いんだけど、呼吸ができないのはとても苦しい。


 ――って、今度は長いな。

 あれ? ミコトさん助けてくれないのかな? 体格も力もディースさんの方が上だし、おまけにこの柔らかさと温かさは、僕から離れる意志を奪ってしまう。なんて恐ろしい死の抱擁ほうようだ。


「……ん? あ、おいまたか。やめろ、離せディース」


「――あぁん。もう、母と子の感動的な対面なのよ?」


「お前は何を言っているんだ……。すまないアレクさん。ちょっと気付くのが遅れた」


 どうやらミコトさんはずっと耳と目をふさいでいたため、僕の救出が遅れたらしい。

 ……結構ギリギリのタイミングだったぞ。ディースさんは母性で人を二度も殺そうとしないでほしい。


「い、いえ、ありがとうございます……。あぁそれと、そんなにかしこまった呼び方じゃなくても……この見た目で『アレクさん』ってのもなんか変でしょう?」


「ん? そうか。じゃあこれからはアレク君と呼ぼう」


 そう言って笑みをこぼすミコトさん。ちょっと距離が近くなった感じがして、なんだかドキドキするね?


「もう、アレクちゃんはミコトとばっかり仲良くする。私とももっと仲良くして?」


「そりゃあ僕も仲良くしたいのはやまやまですけど……。えぇと、母性ってなんです?」


「だってね、よく考えて? 私が精子を誘導してミリアムちゃんに受精させたの。簡潔に言うと――私がミリアムちゃんを妊娠させたの。つまりアレクちゃんは、私とミリアムちゃんの息子なの」


 何言ってんだ、この女。


「何言ってんだ、この女」


 思わず心の声をそのまま漏らしてしまった。いやだって、どう考えてもその理屈はおかしいだろう……。


「まぁ! お母さんにそんな言葉はダメよ? ……けど、そうね。元々はセルジャン君の精子だから――三人ね。三人の息子ね?」


「…………」


「それで、お腹の中でもミリアムちゃんと一緒にあなたを育てたし、妊娠も出産も居合わせたのよ? もう、私もお母さんでしょ!!」


「…………」


 ……やべえ、ドン引きだ。





 next chapter:二十四時間ライブ配信

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る