第11話 桃園の誓い


「先日は、『女なんかと遊ぶのはダサい』という大変不適切な発言、誠に申し訳ございませんでした。また長時間お待たせしてしまったことも、重ねてお詫び申し上げます」


 ジェレッド君が、レリーナちゃんに頭を下げて謝罪した。


 とりあえずタフな交渉で取り付けた約束である『レリーナちゃんに謝ってね』を、ジェレッド君に履行してもらった形だ。兄として、レリーナちゃんを悲しませた事実を許すことはできないのだ。


 ちなみにジェレッド君は難しい言葉を使うことはできないので、僕が後ろから小声で指導した。……というか復唱させているだけだった。


 ずいぶん待たせて、ちょっぴりご機嫌斜めだったレリーナちゃんの機嫌も直った。

 二人とも言葉の内容はよくわかってなさそうだったけど、『俺、謝ってるんだろうな』『私、謝られているんだろうね』と、なんとなく理解したようだ。


 それからレリーナちゃんは、ちょっと驚いた顔で僕を見ている。

 初対面ではあんなに横柄だったジェレッド君の、この変わりよう。少し話しただけでここまで性格を矯正きょうせいした兄に対する尊敬か畏怖いふか……畏怖はちょっとイヤなんだけど。


「どうか俺も、おままごとにまぜてもらえませんか?」


 続けてジェレッド君を操り、おままごと参加を要望させる。こっちはちゃんと言葉が伝わらないとまずいので、わかりやすい言葉だ。


「うん、いいよ」


 笑顔で快諾するレリーナちゃん。

 よかったよかった。やっぱりレリーナちゃんも、僕以外に同年代の友だちは必要だろうし――


「おかえりなさい、お兄ちゃん」


 ……もうおままごとに突入したらしい。

 なんてスピード感を持った対応だろうか……。ジェレッド君の説得に時間を取られたので、それを取り戻すよう急ピッチで作業を進行する判断を下したのかもしれない……。


 ちなみに、おままごとで僕とレリーナちゃんの役柄はころころ変わる。

 夫婦役が一番多いけど、兄妹役も二番目に多い。変わり種では、母と息子なんてものもあった。……アレはもうやりたくない。


 今回は『お兄ちゃん』と呼ばれたので、兄妹役のようだ。――このように、僕はレリーナちゃんの第一声で役柄を判断しなければいけない。

 ちなみに『お父さん』でも夫婦の場合と父娘の場合があるため、『お父さん』と呼ばれた時、僕はレリーナちゃんの表情や仕草から一瞬で見極めなければいけない。非常に神経を使う場面だ。


「ただいま、レリーナ」


「お仕事は、どうだったの?」


「ダメだな。どの畑の麦も育ちが悪い。今年の夏は寒かったし、太陽が出る日も少なかったせいだろう……去年以上の不作になることは間違いなさそうだ」


「そうなの、大変ね」


「今から怖いよ。冬を越せない村人が何人出るのか……」


「な、なぁ……なぁ、おいアレク」


「うん? あぁ、ジェレッドか。お前の畑はどうだ?」


「え? い、いやそうじゃなくて、そういうんじゃなくて。ちょっと待ってくれ、一旦やめてくれ」


「――カット。すみませんレリーナさん、少々お待ちいただいても?」


「いいよー」


 コロコロ笑って答えるレリーナちゃん。今日はレリーナちゃんを待たせっぱなしだ、役者は待ち時間が長いとはよく聞くが……。


 さて、いったいジェレッド君はどうしたのか。せっかくいいところだったのに……。ジェレッド君もなかなかいい入り方だと思ったが?


「い、いきなりすぎて、わけがわからない。俺はいったいどうしたらいいんだ? というか、お前の話は聞いててなんかイヤなんだけど」


「うーん、その辺りは自分で考えてほしいんだけど……。じゃあジェレッド君は森に出るツノウサギ役ね、美味しい鍋になる予定で――」


「イヤだよ! なんかもっといいのやらせろよ! カッコいいやつ!」


 文句多いなジェレッド君……。

 案外いい役だと思うんだけどねツノウサギ。これのおかげで、口減らしの子どもが一人助かるんだ……。

 たしかそんなお話があった気がする、食べてもらうために火の中に自ら飛び込むウサギの話……。


「じゃあ帝国騎士団、最強の副団長『疾風のオンハルトセン』な。やれ」


「なんか急に厳しいなお前……。お、オンハルトセン? 帝国って人族だろ? 俺、人族なんて見たことないぞ?」


「別に人族もエルフも変わらないよ。……耳の長さも同じだしね」


 ジェレッド君には、よくある『人族を見下す高慢なエルフ』みたいなのにはなってほしくないからね。無用な選民意識を持たせないための第一歩だ。


 しかし、適当に言ったけど帝国って存在するのか。見たいような見たくないような……。


「でもお前らはエルフなんだろ? どうやって会うんだよ?」


「じゃあ無実の罪――やってもいないのに悪者扱いされて、帝国から逃げ出した結果、エルフの集落に迷い込んだ元・帝国騎士団、最強の副団長『疾風のオンハルトセン』な。お前ほんといい加減にしとけよ?」


「本当に厳しいなお前……」


「たぶんおままごとが途中で止まっているのがイヤなの。お兄ちゃんは、おままごとになるといつも真剣だから」


 くすくす笑うレリーナちゃん。

 ……そんなふうに思っていたんだ。いや、確かにちょっと楽しんでいる自分がいることは否定できないけど。

 レリーナちゃんも大きくなったら、おままごともしなくなるだろう。それが少し寂しいような気も……。


「じゃあ再開ねー。――はい、お兄ちゃんご飯よ」


「ありがとうレリーナ。これからは食事も切り詰めていかないとだな……」


「あ、あー。ここはどこだろう。迷ってしまったー」


「うん? おい、お前は人族か? 何故人族がここにいる?」


「お、俺は疾風のオンハルトセン。帝国から逃げ出してきたんだ」


「あなたも、ご飯食べる?」


「ありがとう」


「食うのか……。そのせいで、冬を越せない村人が一人増えるかもしれんな……」


「どうしろってんだ!?」


「あんたは強いのか? 魔物は狩れるか?」


「え? お、おう。俺は帝国で最強だったぜ!」


「なら食え。その代わり、村のために魔物を狩ってきて、食料にしてほしい」


「ま、任せとけ!」


「じゃあうたげにしよう。食ったらお前は俺の兄弟だ、血は繋がっていないがな。レリーナも血は繋がっていないが兄妹だ。俺達三人、義兄弟ってやつだ」


 おー。なんか綺麗にまとまったぞ?

 宴で三人が義兄弟の誓いを結ぶ――異世界版『桃園の誓い』だ。『我ら生まれた日は違えど、死す時は同じ日、同じ時を願わん』ってやつだ。


 まぁ三人ともエルフだから、死ぬ時は何百年も先だろうけど、せっかくできた友だちだ、できる限り長いこと仲良くやっていきたいものだね――


「俺、お前をお兄ちゃんって呼ぶのはイヤだぜ?」


「お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ぶのは、私だけでいい」


 ……君達には情緒ってものがないね。





 next chapter:母性

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