第9話 兄らしく


「おかえりなさい、お父さん」


「ただいま、母さん」


「お仕事はどうだったの?」


「あまり戦況はよくないな……南のケリドアデスの砦は落とされた。西のトラウィスティアは持ちこたえているが、それもいつまで持つか……」


「そうなの、大変ね」


「マルスアトの部隊とも連絡がつかない。かなりまずい状況だ……」


「はい、お父さんご飯よ」


「ありがとう。……あぁ、この料理はヘズラトが好きだったな。あいつが逝ってしまってから四年か、案外早く再会できるかもしれないな……」


 僕はニヒルに笑った。


 …………何をやっているかというと、現在僕は幼馴染のレリーナちゃんと、お外でおままごとの真っ最中だ。


 実質三十二歳の僕としては、無邪気におままごとをすることに若干抵抗があったため、少し重い設定を組み込んだところ、思いの外レリーナちゃんが喜んだ。

 今日も僕は適当に設定をでっち上げたお父さん役を演じているが、レリーナちゃんはキャッキャッと笑っている。


 正直かなりレリーナちゃんの情操教育に良くないのでは? と思わなくもないのだが……レリーナちゃんは普通におままごとをするより喜ぶので、ちょっと悩みつつも、こんなふうに重いテーマを扱ったおままごとは頻繁ひんぱんに行われている。


「あぁ、ヘズラト……ヘズラト……何故俺なんかをかばって……」


「はいお父さん、おかわりよ」


 僕がレリーナちゃんの将来を案じていると、いつの間にかおままごとも佳境へ入っていた。

 ……ヘズラトって誰だよ。なんとなく流れでやっていたんだけど、僕を庇って死んだやつがいたらしい。


 というか、僕が親友ヘズラトの早すぎる死をなげいているのに、平然とおかわりを差し出してくるレリーナちゃんは、本当に大丈夫なんだろうか?


「――お前、いっつも女と遊んでるな!」


 そんな、ほのぼのしているんだか悲壮なんだかわからないおままごと現場に、突然少年の声が割って入った。


「ふぇ?」


 レリーナちゃんもきょとんとしている。

 ……えぇと、彼は誰だったかな? 村で見たことがある子だ。確か、ジェ……ジェイド君だったかな?

 僕やレリーナちゃんと年齢も同じくらいだった気がする。子どもらしい活発そうな顔つきの――イケメンだ。さすがエルフ、さすエル。


「こんにちは、ジェイド君」


「俺はジェレッドだ!」


 普通に間違えてしまった、普通に申し訳ない。

 ……おや? レリーナちゃんが怖がって僕の背中に隠れている。これは男として守らねばなるまい。


 ちなみにレリーナちゃんは僕より背が高いので、ちゃんと後ろに隠せてはいない。無念だ。


「ごめんジェレッド君。あ、僕はアレクね。それで、どうしたのかな?」


「ふん。お前、いつも女なんかと遊んでダッセーな!」


 あー、あるある。子どもってなんかそういう時期あるよね。女の子と遊ぶ男の子をからかっちゃう時期。


 ……ただ、わかってないなジェレッド君。女の子と遊ぶことはダサくなんかない。子どもの君にはわからないかもしれないけど、大人になればわかるさ。むしろ女の子と遊べない男の方が、ダサい側になってしまうんだよ。


「……な、なんだよ」


 いつの間にか、菩薩ぼさつの顔でジェレッド君を見つめながら微笑んでしまった。そんな僕に恐れおののくジェレッド君。

 ……あ、けどこいつイケメンだな。女の子と遊べないダサい男側に回ることなんかないじゃん。


「ひっ……な、なんなんだよお前。お、俺もう行く」


 いつの間にか、鬼の形相でジェレッド君を見つめながら威嚇いかくしてしまった。そんな僕に恐れおののくジェレッド君。

 彼は逃げるようにどこかへ行ってしまった。……ファーストコンタクトは大失敗といったところか。


 てっきり彼は、僕の親友キャラになってくれるかと思ったんだけど……。親友ヘズラトを失った僕には、彼が必要だったというのに……。


「お兄ちゃん」


 気が付くと、レリーナちゃんが僕の服をつかんで、不安そうな目で僕を見ていた。


 ……なんかレリーナちゃんは、僕のことを『お兄ちゃん』って呼ぶんだよね。

 実際僕も兄っぽいことをしているし、実質三十二歳の僕は、五歳の幼女から見たらだいぶお兄ちゃんだろう。


 だけど三十二歳が家族でもない五歳の幼女に『お兄ちゃん』などと呼ばせていたら――それは事案だ。

 なんだか心配になってレリーナママに指示を仰いだんだけど、『好きにさせてやりな』と笑いながら答えた、むしろ兄らしく振る舞ってくれとも。


 ならば兄らしく、何やら不安げなレリーナちゃんを気遣ってあげよう。

 さて、レリーナちゃんはどうしたのだろう? レリーナちゃんは何かを心配している様子だ。兄らしくバシッと解決して、その不安を取り除いてあげたい。


 その不安の芽がなんなのか……兄ならばわかるはずだ。当然僕にはわかっている――


「トイレかな?」


「ちがう」


 違うらしい。まいったな。じゃあもうわからない、手詰まりだ。やはり兄としての経験が足りないのだろうか?


「じゃあどうしたのかな?」


「レリーナは、お兄ちゃんと遊ばないほうがいいの?」


 あぁ、なるほど。ジェレッド君が『ダサい』って言ったのを気にしたのか。……ってレリーナちゃん、もう泣きそうじゃないか。なんてことだ、いくら親友といえど、妹を泣かせることは許さんぞジェレッド君。


「そんなことないよ。僕はレリーナちゃんと遊ぶのが楽しいし、遊べなくなったら寂しいよ。レリーナちゃんは違う?」


「ちがわない」


「そそそ、そう。よかった」


 ……よかった。ここ数年仲良く遊んでいたはずの、純真無垢な妹的存在のレリーナちゃんに、『遊べなくても、別に……』なんて言われたら、僕はもう立ち直れない。質問した瞬間、自分でちょっと後悔してしまった。

 ……実質三十二歳が、五歳の幼女に袖にされることを怯える図である。情けないことこの上ない。


「僕が思うに……たぶんジェレッド君は、僕らと遊びたかったんじゃないかな?」


「そうなの?」


「うん。だけどうまく誘えなくて、つい意地悪なことを言っちゃったんだと思う」


 この村、子どもが少ないからね。同じ年頃の子が楽しそうにしていたら、一緒に遊びたいと思うだろう。

 ……そういえば『いつも女と遊んでる』って言っていたな。いつも見ていたのか……可哀想なことしちゃったな。早く気付いてあげたらよかった。


 子どもが少ないのはたぶんエルフの特性で、出生率が低いんだ。そりゃそうだよね、桁外れに長命なのに出生率も高かったら村――というか世界がパンクするわ。

 そんなエルフの超少子高齢化社会で、むしろ同じ年頃の子どもが三人もいるの方が珍しいんだろう。


「今度会ったらジェレッド君も遊びに誘おうと思うんだけど……どう思う?」


「……お兄ちゃんと二人だけでいい」


「……だけどジェレッド君も寂しいんだと思うよ? いつもじゃなくていいし、ときどきでも……ダメかな?」


「わかった……じゃあ、いいよ。女の子だったらダメだけど、男の子だし」


「ありがとうレリーナちゃん」


 女の子はダメなのか、なんでだろう? レリーナちゃんは女の子より男の子の友だちが欲しいのかな?


 ――なんてことを、鈍感系主人公なら思うんだろうがな、僕はわかるぞ? おませなレリーナちゃんの独占欲だ。『私のお兄ちゃんを、他の女の子に渡したくない!』なんて思っているのだろう。

 ……違うのかな? 違ったら相当恥ずかしい妄想だぞこれ。どうなんだろう……。


 ……やべえ。五歳の幼女に手玉に取られている。





 next chapter:さっさと俺に落ちな!

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