第8話 エルフなの?


「……僕、エルフなの?」


「……そうよ? それよりも、汚した物は自分で綺麗にしなさい」


 そう言って母は僕に布巾ふきんを手渡した。……え? なにその『はぁ、そんなこと? 心配して損しちゃった』感は? だってエルフだよ?


「は、母と父は? 母と父もエルフなの?」


 そう聞いたところ、母は眉間にシワを寄せた。――いかん、焦って失敗した。


「ママと呼びなさい」


「ごめんなさい、母さん」


「ママと呼びなさい」


「……はい、ママ」


 母は、自分のことを『ママ』と呼ばせたがる。

 とはいえ実質三十二歳の僕としては、『ママ』呼びはさすがにキツイ。『母さん』はなんとか許してくれるので、普段はそう呼んでいる。


 だがしかし、ついつい『母』なんて呼んでしまった日には、『ママ』に訂正させられてしまうのだ。

 心の中で母って呼んでいるから、ときどき『母』呼びが出ちゃうんだよね……。


「ま、ママと父はエルフなの?」


 父は『父』呼びを許してくれるのだ。

 とりあえず僕は布巾でテーブルを拭きながら尋ねた。


「そうだよ? 僕もミリアムもエルフだし、この村の人間は全員エルフだよ?」


 そうなんだ……。あれ? 『村の人間はエルフ』だって? エルフも人間でくくられている?

 じゃあ、いわゆる普通の人間はどうなるんだろう? 人族とか呼ぶのかな?


 ――いや、それより耳! 耳が長くないの!!


「だ、だって二人とも耳が……」


「「耳?」」


 父と母が両手で耳を抑えた。……なんだろう、二人揃って耳を抑えるポーズはちょっと面白いな。


 さておき、両親は僕が耳に疑問をもったことに疑問をもっている。つまり、耳が長くないことは普通なのか?


「み、耳は長くないの?」


「なんで?」


「え? 知らない」


 エルフの耳が長い理由? いや、僕も知らない。

 ……わかっている、そういうことを聞いたんじゃないんだろう、僕もちょっとパニックだ。ひどいやり取りだなこれ……会話が噛み合っていない。


「アレク、いったいどうしたの? 少し落ち着いて」


 母がどこからどう見ても挙動不審な僕を心配して、近くに寄り添い、僕の肩に手を置いた。なんだか実際にちょっと落ち着いた気がする。


 エルフ、エルフなぁ……。エルフ耳じゃない理由はわからないけど、冷静に考えればヒントはたくさんあった。


 この村は、あまりにも美男美女であふれている――というより美男美女しかいない。これはきっと、みんながエルフだからなのだろう。

 そして、エルフといえば弓だ。僕の目が良いのも、僕が弓を得意とするエルフだからだろう。母の胸が平たいのも、弓の弦が胸を弾かないため――いたたたたたたた。


「今、母はひどい侮辱を受けた気がします」


 やさしく僕の肩を撫でていたはずの母の手が、いつの間にか万力まんりきに変わっていた。

 いつぞやのように、僕の心が伝わってしまったらしい……また母と子の絆を感じてしまった。


 というか、チッパイはエルフの特性みたいなもんじゃないの? 最近はどうか知らんけど。それでも自身の胸にコンプレックスを抱くのか、女性心理はよくわからん――いたたたたたたた。ごめんなさい、もう余計なことは考えません。


「み、耳はもういいや。じゃあ年齢は――いたたたたたたた」


 え、これも駄目なの? まぁ確かに女性に年齢を尋ねるのは駄目っていうけど、エルフなら長寿なんじゃないの? それでも答えたくないものなの? それとも、寿命は普通の人間と変わらない?


「ぼ、僕は340歳だよ?」


 荒ぶる母に若干おびえながらも、父が答えてくれた。

 やっぱ長寿じゃないか。それでも女性に年齢の話題は禁句なのか、女性心理はわからんな……。


 というか父、340歳なんだ。すごいな。340なんて、数えるだけで大変じゃない?

 340ということは、僕が生まれるちょっと前に333歳だったのか。88歳で米寿、99歳で白寿みたいに、何かお祝いとかあったのだろうか?

 次のゾロ目は444歳――なんだかえらく不吉に感じる。666歳も結構ゾクゾクする。777歳は、なんとなく縁起がいい気がする。


「アレク? 大丈夫かい?」


「え? うん……。大丈夫……」


 元日本人らしく『大丈夫?』に『大丈夫』を返す僕。

 とりあえず大丈夫だ。だいぶ落ち着いてきた。それにしてもエルフか、エルフだったのか……。


 どこかで知るタイミングがなかったものかね……。

 まぁそのタイミングが今だったんだろうけど、それにしても時間かかりすぎだろう……。耳が長ければ、一発で気付いたのにな……。



 ◇



「じゃあいってくるよ」


「いってらっしゃい」


 衝撃の新事実を知った僕は、すっかり冷めてしまった食事をお腹に詰め込んでから、狩りへ行く父の見送りをした。


 ただの狩人だと思っていた父は、『エルフの森で狩りをするエルフ』だったわけだ。父のファンタジー度が、数段アップした気がする。

 まぁ今さらか。線の細いイケメンが大きな剣でモンスター討伐している時点で、ファンタジー度は莫大だ。


 というか、エルフ的に剣を使う父は結構珍しいのでは? それからエルフの森、これも気になる。やっぱり普通の森とは違うのかな? もしかしたら、どこかに世界樹とかも生えているのだろうか?


 うーむ。気になることばかり、謎ばかりだ。……まぁ聞けばいいや。気になることをまとめてから、後で両親に聞いてしまおう。

 神秘のベールに包まれている、エルフの真実に迫るぞ。


 そんなふうに意気込んでから、僕は自分の部屋に戻る。自室の扉を開けると――


「あ」


 そこにはタワシが転がっていた。

 朝食後、父が出かける前に渡そうとしていたのに、エルフショックのせいですっかり失念していた……。


「まぁいいや、帰ってから渡そう――って、待てよ?」


 そもそも渡していいのか……?

 『神様に貰った』と言って両親に渡そうとしていたけど……そもそもエルフが信仰する神ってなんだ?

 もしかして、さっき考えた森とか世界樹なんてものを信仰しているんじゃないだろうか?


 僕は、いったい誰からタワシを貰ったと言えばいいんだ……?


「両親に『あなたは神を信じますか?』とは聞きづらいな……」


 なかなかにデリケートな問題だ。愛する両親に異端審問にかけられるのは遠慮したい。


「うーん……。けどまぁどうでもいいか、タワシくらい」


 タワシの件はそれなりに悩んでいたはずだけど、あまりにもエルフの衝撃が大きすぎた……。それに比べると、タワシの存在はあまりにもちっぽけに感じる。


 とりあえずタワシは放置することに決めて、僕は幾分ぞんざいに自室の棚にタワシを放り込んだ。

 仮にも女神様から貰ったアイテムを、雑に扱いすぎだろうか? ちょっと不満そうなディースさんの姿が想像できそうだ。





 next chapter:兄らしく

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