第7話 スライムと父と女神に感謝を


 夜明け前、尿意を覚えた僕はトイレへ向かった。


 辺りはまだ真っ暗だけど、怖くはない。もう五歳だからね……いや、こっちの年齢は関係ないか。

 そもそも真っ暗だと感じない。なんだか妙に夜目が利くんだよね僕。視力もすごく良いみたいだし。


 そんなわけで暗闇をサクサク進み、トイレに到着。トイレ自体は地面に穴を掘っただけのシンプルなボットン便所なんだけど……実はとても異世界らしいトイレだったりする。

 なんとこのトイレ――穴の中にスライムがいるのだ。このスライムが人の排泄物を全部食べてくれるらしい。


 母から聞いたときは驚いた。思わずトイレに駆け込もうとして、その勢いを心配した母に、後ろから羽交い締めにされた。穴の中に飛び込むかと思ったそうだ。


 といっても、スライムは危険なモンスターではないらしい。動きもすごく遅いし、基本的に外敵からは逃げようとするらしい。それに、母も言っていた――


『アレクが全部溶かされるとしても、二週間かかるから大丈夫』


 正直そう聞いて怖くなった。

『わぁい。一週間溶かされても、半分残っているね!』とでも言えばよかったのだろうか? 半分溶けたら死んどるがな……。


「いつもありがとう、スラきち」


 さておき、見えないところで人知れず頑張っている我が家のスライムに感謝を捧げながら、僕は用を足す。

 まぁ感謝されて嬉しいかは知らない。僕なら突然とっ捕まって、排泄物だけ食べて生きるのはイヤだ……。そう考えると、ここで『ありがとう』と言うのは人間のエゴなのかもしれない。


 しかしこのスライムも、待っていればエサが来るとわかっているためか、逃げ出すことはないらしい。

 ならば互いにウィンウィンの関係で、うまく共生が成り立っているのだろうか?


 そんなことを考えていると放尿が終わったので、僕は自分の部屋に戻った。もう僕は五歳なので、一人部屋で一人で寝ている。

 眠り直そうとベッドへ近づいたところで――僕はおかしな物に気付いた。


「なんだこれ?」


 枕元に、手のひらサイズの茶色い物体が置かれていた。

 なにこれ? 動物の毛? 植物? ……いや、なんか昔見たことがある気がする。確かこれは――


「思い……出した!」


 これは――タワシだ。


 僕の脳内に二人の女神様の顔がフラッシュバックした。あぁミコトさん、ディースさん……。

 そうだ、僕は二人の女神様の力でこの世界に転生したんだった。女神様のことも、女神様に託された使命のことも忘れてしまっていた……! なんてことだ、僕は今までいったい何をやっていたんだ!!


 僕はショックを受けつつも、とりあえずまだ夜中で眠かったので、布団へ潜り、眠った――



 ◇



「使命とか別になかったわ」


 なんだろう、寝ぼけていたのかな? そういやディースさんにハーレムハーレム言われたが、あれって女神様に託された使命なのかな? ……いや目指さないけどね?


 それにしても……いろいろ忘れていたのは事実だ。転生直前は『死ぬ気でレベル5になって、チートルーレットを回すんだ!』みたいな決意があったし、それこそタワシを引き当てたときなんか『ドラゴンに食べられちゃう!』なんて絶望していた気がする。


「実際に転生してみたら、思ったより平和な世界だったよね……」


 村の外がどうかはわからないけど、少なくとも村の中は安全で、僕はしっかり両親に守られている。その結果、僕はただの幼児としてしか生きていなかった。

 一応魔力操作だけは毎日体の中をグルグルグルグルやっていたけど、ぶっちゃけペン回しみたいな感覚だった、暇つぶし的な……。異世界転生者として、果たして僕はこれでいいんだろうか……?


「まぁ今はそれより……これか」


 僕は枕元に置いてあったタワシを手に取る。『寝て起きると枕元に』なんて、サンタさんからのクリスマスプレゼントみたいだ。

 まぁ実際にクリスマスプレゼントがタワシだったら、普通の子はブチ切れるだろうな……。間違いなくクリスマスが嫌いになるね……。


「どうしたもんかな、このタワシ……」


 もう両親に渡しちゃおうかな? なんか洗うときに使うだろ。

 ……だけどこのタワシだって、結構なオーバーテクノロジーじゃないのかな? 大丈夫だろうか?


「いっそのこと、神様に貰ったって正直に言っちゃおうか……?」


 うん、そうだな。これからまたチートルーレットでいろいろ貰うかもしれないし、最初に言ってしまおう。

 よし、朝ごはんを食べ終わったら渡そう。



 ◇



 そんなわけで、家族三人で朝ごはん。今日のメニューは、ライ麦パンと、お肉とお野菜のスープと、デザートにリンゴ。

 結構ちゃんとしたメニューだよね、美味しいし。野菜はキャベツと玉ねぎで、肉は魔物の肉らしい。


 今さらだけど、名前は前世のと一緒なんだよね。前世でも今世でも、『リンゴ』は『リンゴ』って呼ばれている不思議。

 ……それとも、ディースさんが僕の脳をいじくって、『リンゴ』って聞こえるようにしたのかな……?


 そういえば……本当に今さらだけど、異世界なのに日本語に聞こえるし、僕も日本語喋っているよね? どうなっているんだろう? やっぱりディースさんが……?


「アレクはなんでもちゃんと食べてえらいね」


「うん」


 ちょっと怖いことを考えていたら。父が僕の食に対する姿勢を褒めてくれた。


 父は狩人で、こんなに細いイケメンなのに森で剣をぶん回して魔物とか狩っているらしい。

 このスープに入っている謎肉も父が狩った獲物の肉で、今日も朝食が終わったら父は狩りへと向かう。


 僕は父と、自分の血肉になってくれる食材と、ついでに久々に思い出した女神様にも感謝を捧げながら食事を続ける。

 育ち盛りだからね、いっぱい食べないと。


「たくさん食べて、立派なエルフになりなさい」


「うん――ブッ!」


「ちょっとアレク! ……アレク? どうしたの?」


 サラリと衝撃的な発言をされて、僕は感謝を捧げたばかりのスープを口から吹き出してしまった。

 あまりの失態に母から叱責が飛ぶが、ただならぬ様子の僕を、母が心配する。


 …………え、僕エルフなの?





 next chapter:エルフなの?

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