第5話 オープン ザ ステータス


 転生してからどのくらい経ったのだろう。もう三、四ヶ月は経ったのかな? その間、僕は異世界転生者的な活動を全て放棄して過ごした。


 ……だってもうね、すぐ寝ちゃうんだもの。そして、何かあるたびに泣き出して両親の手を煩わせてしまう。

 オムツが汚れたら泣くし、お腹が空いたら泣くし、なんと寂しくても泣いてしまう。……で、一通り事が済むと寝る。その繰り返しだ。


 もうどうしようもない。諦めて僕はこの数ヶ月を、ただの赤ん坊として過ごした。

 その方が赤ん坊の成長的にはきっと良いはずだしね。普通によく食べよく寝る。寝る子は育つ、だ。


 そんなわけで、今日も今日とてただの赤ん坊として、僕は母から授乳されている。

 まぁ例の『実母の母乳をすする二十七歳の青年』問題は、未だに僕の心にダメージを与え続けているわけだが……無心だ。赤ん坊の身に、なんとも厳しい試練だが、どうにか心を無にして、母の平たい胸に顔を寄せる。


 ――その瞬間。部屋の温度が数度下がった気がした。


 え!? 何!? 突如室内に押し寄せた寒波に驚く僕。


「今、母はひどい侮辱ぶじょくを受けた気がします」


 母の声もまた、冷たく尖っていた。寒波の発生源は母だった。


 な、なんだろう? 怒られた? 母に怒られたのは初めてだ。僕は何か粗相そそうをしてしまったのだろうか?


 ……はっ!? まさか『平たい胸』か? 僕が心の中で母を『平たい胸』呼ばわりしたことに怒りを覚えたのか?

 だとしたらすごいな。言葉にも出していないし、サラッと心の中で思っただけで伝わるとは……。母と子の絆というものだろうか? まぁ、こんなことで絆を感じるのも微妙だが……。


「い、いきなりどうしたんだいミリアム? 侮辱? アレクがかい?」


「私もなんだかわからないわ、わからないけど、確かにこの子が……」


 父が母に声をかけるが、母はいぶかしげな目を僕に向けている。


 ここ数ヶ月でだいぶ視力も発達し、明暗くらいしかわからなかった僕も、ぼんやりだが周りを認識できるようになった。

 だけど今は、何もわからない赤ん坊のフリをしてその母の視線から逃げていた。怖かったのだ……。


「えアレクはただおっぱいを飲んでいただけじゃないか、侮辱って……あぁ」


 父はどこかを見て、何かに納得し、少し笑った。


 ――その瞬間、部屋の温度がさらに数度下がった。


「パパ、ちょっとこっちへ」


「え……。違うよ!? 誤解だよミリアム!?」


 幼い息子の前で夫婦喧嘩を始めるのよしとしなかったのか、母は部屋から父を連れ出していった。


 怖かった……。ごめん父。だけど、自業自得な気もする……。



 ◇



 大層おかんむりな母と、必死に謝罪する父の声を遠くに聞きながら、僕は実験を始めた。


 成長したことで、最近ようやく長めに起きていることが可能になった。まとまった時間が取れるようになった僕は今日、ついに異世界転生者としての第一歩を踏み出す。


 さて、異世界転生者がまず初めにすること、それは何か? それはずばり――ステータスの確認だ。

 いやぁなんともワクワクする。自分の能力値を知ることなんて、現代じゃできないからね。


 ……あぁ、うん。一応現代でも数値を計るか。身長体重やら、血糖値やらガンマGTPやら。まぁ血糖値を自分の能力値って表現するのは違う気がするけど……。

 現代も異世界も、自分の数値に一喜一憂するのは同じかもな。なんて僕は心の中でニヒルに笑う。


 話がそれた。とにかく、僕はこれから『ステータスオープン!!』と高らかに唱え、自分のステータスを確認するつもりだ。


 それでは早速――


「あぁーうぅー、あーあー」


 …………………………。


 ……出ないな? 


 あれ? おかしいな。いや、確かに全然喋れてはいないけど、そこら辺は融通利かせてよ? てか利かせるものじゃないの? むしろ心の中で考えただけで出てくるもんじゃないの?


 ……もしかして、『ステータスオープン』じゃないのか?

 まぁ、確かに英語の文法的にはおかしいし、もしや『オープンザステータス』なのでは?


 それもむしろ違和感があるけどね……。異世界転生っていったら『ステータスオープン』なんだけどなぁ。あぁ、他にも『メニュー』とか、『プロパティ』なんてのもあるか?


 よしよし、そうだな。いろいろ試してみようか。



 ――それから五日間、僕はうーうー言いながらステータスが飛び出てくるのを期待したが、その全てが徒労に終わり、現状でステータスを確認することは不可能だと結論付けざるを得なかった。なんでだ。



 ◇



 ステータスは、言葉がちゃんと喋れるようになったら、また確かめてみよう……。

 気を取り直して次だ次。今度のはちょっと自信がある。『魔力量増加』だ。


 魔力は使えば使うほど強くなるって、異世界では決まっているんだ。理由は知らないけど大体そう決まっている。

 したがって、幼いうちから鍛え続ければ、成長したときにはとんでもないことになるって寸法だ。


 というわけで、早速魔力を使おうと思う。実は体内を走る魔力の流れ? みたいのは感知できていた。

 前世では無かった感覚だから『なんだろー?』って思っていたんだけど、これがたぶん魔力だ。


 一応操作できそうっちゃできそうなんだけど……一回操作したら、その慣れない感覚に驚いて泣き出してしまったため、今まではやめていた。

 今回はちょっと我慢してやってみる。ステータスオープンに失敗した以上、僕にはもうこれしか残されていないんだ。


 では、早速――


「うー、あー……だぁー……」


 む、むぅ……。なんとか動かせてはいる。……が、難しい。

 それに、この感覚に慣れるのは時間かかりそうだ……。体内をミミズがのたくるような、とまでは言わないけど、何かが動いているこの感覚。


 とにかく、この魔力を消費しなきゃいけないわけだ。とりあえず右手に集めて…………集めて?

 あれ? 撃っていいの? 撃ったらまずくない? 家とか壊しちゃうんじゃないの?


 ………………。


 まぁ赤ん坊の魔力なら大したことにはならんだろ……。


 上――は天井崩落しちゃうかもしれないから、横――は家を貫通して流れ弾が人に当たったらまずい。


 よし、斜め上だな。いざ――


「だ、だあぁああぁ!」


 …………………………。

 

 ――なんも出ねぇじゃねぇかっ!


 何が天井崩落だ! 何が流れ弾だ! 内心、すごい魔力の放出で家とか軽く壊しちゃったりして、両親に――


『いったい何が? まさかこの子が……?』


『すごい魔力を感じた、この子はとんでもない力を秘めている!!』


 みたいのを、ちょっと期待していたのに! 恥ずかしい、あー恥ずかしい!


 はぁ……。

 とりあえずこの魔力操作だけはやっておこうか……。なんか魔法の制御だか操作だかが、上手くなるだろきっと……。


 軽くなげやりになりつつも、右手に集まっていた魔力の移動を始め、僕は地味なトレーニングに励むのであった。





 next chapter:幼馴染

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