第4話 魂で理解した


「おぎゃあぁ! おぎゃあぁ!」


 ??


「ふぎゃああぁ! ほんぎゃあああぁ!」


 赤ちゃんの泣き声かな? すぐ近くにいる?


 僕は目を開け、体を起こそうとして――驚愕する。体が全くといっていいほど動かない。そして、目が殆ど見えない。


 え、なにこれ? どうなっているの? 体に全然力が入らない。というか目が、目がー。


「ぴぎゃあああああぁ!! ぎやああああああぁぁ!!」


 僕がパニックに陥ると、ひときわ大きな泣き声が響く。


 ――そこでようやく気づいた。泣いている赤ん坊は僕だ、僕が泣いているんだ。


 どうやら転生は成功し、僕は元気な赤ちゃんに生まれ変わったらしい。体が動かないことも、目が見えないことも、理由がわかって一安心だ。


「おぎゃあぁ! おぎゃあぁ!」


 安心したら、泣き声のボリュームも少し下がった。

 体と目が不自由なのはわかったけど、そうなると思考はきちんとできていることが疑問だな。脳だけ発達しているのだろうか? ……まぁ、思考まで赤ちゃんになっていても困るけれど。


 それにしても……目を開けているのにぼんやりとしか見えない。明るいか暗いか、その程度しかわからない。

 これ結構怖いな……ちゃんと見えるようになるんだよね? どのくらいかかるんだろう?


「ぎゃああああああぁぁ!! ぐぎやああああああぁぁ!!」


 ちょっと不安になったら、再び大音量で泣き始める僕。

 えぇ……なにこれ? 制御できないの? 思考は冷静なのに感情を抑えることができない。


「あら、どうしたの?」


 僕が泣いている僕に悪戦苦闘していると、女性の声が聞こえてきた。

 ……母? もしかして、この世界の僕の母なの?


「お腹が空いたのかしら? おしめは大丈夫。熱も……ない」


 そう言って僕を抱きかかえる母。――うん、すぐにわかった。この人は僕のお母さんだ。

 何故理解できたのか? まぁ、すぐに駆けつけてきて抱きかかえた女性を、母親だと予想するのは容易いだろう。……でも、そういうことじゃないんだ。

 優しく抱かれた瞬間、僕の体は安心感を覚えた。その暖かさに心が安らぎを得た。どうしようもないくらいに深い愛情を感じた。


 体で、心で、魂で『この人は僕を生んでくれたお母さんだ』そう理解できた。


 穏やかな安心感に包まれて、僕はすぐに眠りに落ちた――



 ◇



 とても安心していられない問題が発生した。


 僕は母が母であると理解できた。それはとても良いことだ。

 なまじ前世の記憶があり、知識も経験もあって前世の両親を覚えている分、今世の両親とギクシャクしたりしないだろうか? ――そんな心配は解消されたのだ。


 問題は、『僕が前世の記憶をもつ、実質二十七歳の青年である』ことと、『今世の母を、実の母だと認識している』ことだ。

 つまりまとめると、今現在の僕は――


『実母の母乳をすする二十七歳の青年』


 ということになる。……なんてパワーワードだ。文字列だけで想像すると、狂気のイメージ映像が出来上がること間違いなしである。


 まぁ実際はそんな狂気の映像じゃないんだろうけど、残念ながら目が見えないからね……。僕の脳内イメージ映像は、二十七歳の僕が前世の六十近い母の乳にむしゃぶりついている映像だ。狂気だ狂気。


 とはいえ、飲まなければ死んでしまう。命の危機がなければハンガーストライキでも起こしていたかもしれない。兎にも角にも、離乳食への変遷が待ち遠しい。

 ため息をつきたくなる。世界広しといえども、自ら乳離れを考え始める乳幼児は僕くらいなものじゃないか?


 そんな、なんとも言えない授乳が終わり、僕はベッドに寝かしつけられた。

 とりあえず、ちょっと状況確認をしたい。それに確かめたいこともある。知っているぞ? 異世界転生は、産まれた瞬間から勝負なんだろう? 僕は詳しいんだ。


 まずは…………なんて意気込んでいるうちに、僕は眠りに落ちた――



 ◇



 ……なにこれ? 寝落ちした。

 というか寝落ちを繰り返している。いや、赤ちゃんはそういうものなのか? 一日のうち、ほとんどを眠って過ごすというか、眠るのが仕事というか……。なんか今もちょっと眠いし。

 いやしかし、今のうちに確かめたいことが――


「おぎゃあぁ! おぎゃあぁ!」


 そんな睡魔に抗っていると、僕はまた泣き出してしまった。

 えぇ……。今度はどうした? もしかして眠いからなの? 眠いのに寝ていないから泣き出しちゃったの? いやはや、赤さん繊細だわ……。

 

「おや、どうしたのかなー?」


 僕が泣いている僕に悪戦苦闘していると、今度は男性の声が聞こえてきた。

 ……父? もしかして、この世界の僕の父なの?


「お腹が空いたのかな? おしめは大丈夫。熱も……ない」


 そう言って僕を抱きかかえる父。――うん、すぐにわかった。この人は僕のお父さんだ。

 何故理解できたのか? 体で、心で、魂で…………いや、それはもういいや。それはさっきやったから。


 というわけで、父は僕を抱きかかえて――うん? ちょっと待って父。なんだか抱き方がよろしくない、若干首に負担がかかっている気がする。


「ふぎゃああぁ! ほんぎゃあああぁ!」


「あ、あれ? どうしたのかな? ごめん、ごめんね?」


 ちょっとした抱き方の違和感すら許せない赤ん坊の僕は、せきを切ったように泣き出してしまった。

 すまぬ、堪え性のない息子ですまぬ……。


「駄目よパパ。抱き方がなってないわ」


「あぁ、ごめんよミリアム。アレクもごめんね?」


 仲良さげに「こうかな? こうかな?」なんて話しながら、僕の抱き方講座を母から受ける父。どうやら夫婦仲は良好のようだ。


 ――そして今、母と僕の名前を知ることができた。母が『ミリアム』で、僕の名前が『アレク』なのだろう。これから僕はアレクとしてこの世界を生き、この世界を旅するんだ。


 いよいよ始まった僕ことアレクの異世界冒険譚。今日、ここからが全てのスタートだ。僕の冒険がこれから始まる――僕たちの戦いは、これからだ!


 そんな打ち切り漫画のようなモノローグを語りながら、僕はすぐに眠りに落ちた――





 next chapter:オープン ザ ステータス

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