第3話 チートルーレット Lv0


「ジャジャーン! これがあなたの運命を決める――『チートルーレット』よ!!」


 会議室の壁にかけられたホワイトボード、その前にチートルーレットなるものを設置して、ドヤ顔で胸を張るディースさん。その豊かな双丘に目を奪われそうになるが、それどころではない。


 チートルーレット――木製の台座に円盤が取り付けられた、高さ二メートルほどの装置だ。回転式抽選ボードってやつだと思う。

 宝くじの抽選番号とか決めるときにも使われているのを見たことがある。中心から放射状に区分けされていて、ボウガンの矢を放ち、当たった場所の数字が当選番号ってやつだ。


 だけどディースさんが持ってきたチートルーレットとやらは真っ黒で、区分けもされていないし何も書かれていない。


「ごめんねー。やっぱり世界のあり方を変えるようなチートを、おいそれと簡単に与えるわけにはいかないって、神である私は判断したわ、神判断ね? それで熟考に熟考を重ねた結果、このチートルーレットで見事射抜くことができたチートスキルだけはもっていっていい、そう決めたわ」


 会議室を出てから戻ってくるまで十分もなかったと思うが、その十分間で熟考に熟考を重ねたのだろうか?


「えぇ……。チートスキルだけが頼りだったんですけど、ルーレットで決められちゃうんですか? というか、真っ黒で何も書かれていないみたいですけど?」


「ううん、ちゃんと書かれているわ。ありとあらゆるチートスキル、チートアイテムがね。だいたい六億を超えるくらいかしら? 全部書かれているけど、文字や線が圧縮されちゃって……普通の人にはちょっと見えないでしょうね」


「え!?」


 僕は思わず近寄ってルーレットボードを凝視する。……しかし僕には何も見えない、ただの真っ黒いボードだ。


「はいこれ」


 まじまじとボードを見ていた僕に、ダーツを渡してくるディースさん。これまた何の変哲もないただのダーツに見える。

 ……あ、羽の部分にデフォルメされた笑顔のディースさんが描かれている。芸が細かいな。


「で、これがスロウラインね。踏んでもいいけど、超えちゃ駄目よ?」


 今度はまじまじとダーツを見ていたところ、ディースさんにスロウラインまで誘導された。


 ルーレットから三メートルほど離れた床、そこには『チートルーレット!!』と書かれたステッカーが、いつの間にか貼られていた。

 こちらは別に、ディースさんが描かれているといったこともない、ちょっとチープなステッカーだった。もしかしたら自分の顔が踏まれるのが嫌だったのかもしれない。


「それじゃあ行くわよー……チートルーレット、スタート!!」


「えっ、もうですか?」


 戸惑う僕をよそに、ディースさんはボードに手をかけて、勢いよくルーレットを回した。

 ……勢いよく回っているのだと思う。正直真っ黒なので、遠目では回っているかどうかすらわからない。むしろ見えないのだから、回す意味があるのか疑問だ。


「が、頑張れ佐々木さん」


 怒涛の展開で、僕と一緒に呆然としていたミコトさんが、思い出したかのように応援してくれている。正直何をどう頑張ればいいのかわからないけど……。


 というより、頼みの綱であるチートスキルが抽選ってところに、僕は未だに納得がいっていなかったりする……。とはいえ、ここでゴネたとしても、きっとまた八時間の説得をくらうだけなのだろう……。


「パー◯ェーロ! パー◯ェーロ!」


 東◯フレンドパークかよ……。


 気が抜けそうになるディースさんのコールを無視して、僕は真っ黒いボードを睨みつけ、ゆっくりと構え、狙いを定める。

 ……この一投で僕の来世が決まってしまうかもしれない。そう考えると足が震えそうになる。だからといって、もう僕にはどうすることもできそうにない。ダーツを投擲することだけに集中しよう。いざ――


「ていっ」


 ――慎重に放った僕のダーツは、放物線を描いてボードに突き刺さった。


 ダーツがきちんと刺さったのを確認してから、ディースさんはルーレットに手をかけ、回転を止める。

 僕は急いでルーレットまで駆け寄りダーツが刺さった部分を見つめる――が、駄目だ。やっぱり真っ黒なだけで何もわからない。


 仕方ないのでディースさんを見つめる、果たして結果は――


「おめでとうございます。タワシ、獲得です!!」


「東◯フレンドパークじゃねぇか!!」


 思わず叫んでしまった。突然の大声に驚いたのか、ミコトさんはビクッっとしていた、申し訳ない。

 だけどしょうがないじゃないか。危険な異世界での冒険、その最後の拠り所なのだ、それがタワシとは……。


「えっと……ディース、タワシとは、あのタワシか?」


「そうね。んーと……これね」


 スッとルーレットの裏側に隠れたかと思うと、すぐにタワシを持ってディースさんは現れた。

 商品は裏から排出されるのか……。もしかしたら四次元なポケット的なものが張り付いているのかもしれない――いや、それはいい、それよりもタワシだ。


「じゃあこれ、おめでとう」


「…………」


 何がおめでたいことがあるのか。ここまでおめでたくないおめでとうを、僕は初めて聞いた。

 とりあえず渡されたタワシをじっと見る……タワシだ。俗に言う亀の子タワシってやつだ。植物の繊維をまとめた物だったか、とにかく何の変哲もないタワシだ。


 両手で感触を確かめてみても、裏返して隅々まで確認してみても、どうやってもただのタワシで、これで異世界を旅しろってのはちょっと無理がある。


「……え、あの、冗談ですよね? 東◯フレンドパークをオマージュした、小粋なジョークを披露したかっただけですよね?」


 すがるように尋ねる僕に対して、ディースさんはふるふると顔を横に振り、否定を表現した。


 ……マジかよ。剣と魔法の世界なのに、剣もなく、魔法もなく、あるのはタワシひとつって……。

 どうしろって言うんだ、ドラゴンとか出てくるんだろう? タワシでどう戦えと?


 ――いや待てよ? きっと異世界のドラゴンなら、喋ったりできるはずだ。どうにか交渉して、『ここにタワシという掃除道具がございます、これをもってあなた様をピカピカにしてご覧入れましょう』なんつったりして? ……なんかどこかの国に、そんな童話ありそう。

 とりあえずそんな感じで仲良くなって、たぶん異世界のドラゴンなら幼女か美女に変化できるはずだから、それでなんとかほのぼの異世界ストーリーを――――いや、やっぱ無理だろう!


「あ、あの、もしかして見間違えってことはないですか? 本当にダーツが刺さった場所がタワシなのかどうか……ミコトさん、確認してもらうことは可能ですか?」


「え? あ、あぁ。ちょっと待っていてくれ」


 一縷いちるの望みをかけて、僕はミコトさんにお願いした。ミコトさんはすぐに了承してくれてルーレットを凝視する。

 隣でディースさんが「私を疑うなんて酷いわー」と言って頬を膨らませているが、無視だ無視。なんとも可愛らしい仕草だけど、それどころじゃない。


「……うん。残念ながらダーツの中心はタワシのマスで間違いないようだ」


「あぁ、そんな……」


「ちなみに、タワシの右隣はフルプレートメイルだな。物理無効と魔法無効の追加効果? というのがあるらしい」


 なにそれ、無敵じゃん。紛れもなくチートアイテムだわ。……なんだろう、むしろ聞きたくなかった。


「ちなみに左隣は、『状態異常魔法』だ」


「あらあら、もしかしてそれを狙っていたのかしら? その魔法でハーレムを作るつもりだったんじゃない?」


「……そういうのはよくないと思う」


 酷い冤罪だ。狙っていないし、狙えるわけもない。なにしろ見えていなかったのだから。

 というか『状態異常魔法』でハーレムって何さ? 魅了とか洗脳とかかけるの? 嫌だよそんなダークなハーレム……。


「まぁまぁ、今回は残念だったけれども、また次に頑張ればいいわ。次は頑張って良いものを当ててね?」


「次? 次って――もう一回引いてもいいんですか!?」


「ええ。レベルが5の倍数に達したごとにチャンスをあげるわ。次回はレベル5ね」


 なんと!? 太っ腹だ、それならどうにかタワシでレベル5まで頑張ろう。

 というか、異世界はレベル制なのか……。


「それと、転生したらあなたは赤ちゃんから始めることになるわ。残念ながらタワシはしばらくお預けね、タワシを持って生まれてくる赤ちゃんなんていないもの。いいところを見計らって、私がタワシだけ転送するわ」


 む、せっかく決意を固めたのに、タワシまで取り上げられてしまった。文字通り裸一貫からのスタートか。


「さて、それじゃあそろそろ転生を始めましょうか」


「そうですか……。はい、わかりました」


 いよいよ転生か。正直不安だ、不安しかない。だけど一度は終わった人生なんだ、二度目が与えられただけありがたい――そう思おう。


「佐々木さん。今回の件、本当に申し訳なかった。これから先は陰ながら応援させてほしい。次の人生、どうか君の進む道に幸多からんことを」


「まぁまぁ、そんなかしこまらなくても、すぐに再会できるわ。佐々木君がレベル5になったら、またここでルーレットを引いてもらうんだから」


「おふたりとも、ありがとうございました。どうにか頑張ってみます。……それじゃあ、またレベル5になったらここで」


 また会えるってのはうれしいな、二人とも美人だし、超美人だし。

 よし、とりあえずの目標はそれだ。どうにかこうにか生き延びて、レベルを5まで上げてここに戻ってくる――それを目標としよう。


 そんなことを考えていたところ、いよいよ転生が始まるらしい。

 ディースさんが僕に手のひらを向けると、その手にどんどん光が集まってくる。その輝きは留まることを知らず、目が開けていられないほどの光だ。僕は思わず目を閉じる。


 目を閉じてすぐに僕は意識を失い――そして僕は転生した。





 next chapter:魂で理解した

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