第2話 ハーレム
「話は聞かせてもらったわ!!」
「ディース? どうしてここに?」
突然会議室に飛び込んできた女性――ディースさんというらしい。
腰まで伸びるふわふわした金髪に大きな青い瞳の、これまたとんでもない美女だ。
あと、スタイルがとんでもない。古代ギリシャの……なんだっけ? 大きな布を体に巻きつけただけのようなひらひらした衣装、キトンだっけ? その真っ白いキトン越しでも、胸の大きさがよくわかる。
というか帯を胸のすぐ下で結んでいるせいで、より強調されてですね、けしからんことになっているんですが。
「あなたがミコトに踏み殺された佐々木君ね?」
言い方ァ!
「私はディース。ミコトの――まぁ同僚ね。よろしく」
「はぁ、よろしくお願いします」
ディースさんは僕の前まで歩を進め、ニッコリと笑みをこぼした。その暴力的なスタイルとは真逆の柔らかい笑顔だ。
「それで、佐々木君は異世界で冒険してハーレムを作りたいのよね?」
「え、いや言っていないです」
「安心してちょうだい。私の管理する世界の一つに、あなたが望むような世界――剣と魔法の世界『ディルポロス』があるわ!」
ディースさんは僕の言葉を黙殺し、安心できないことを言う。
「待ってくれディース、佐々木さんはすでに『リエトゥムナ』に転生することが決まっているんだ。そこで穏やかに過ごすんだ、ハーレムなんて以ての外だ」
「あら、『リエトゥムナ』なんて平和なだけで、なんの刺激も興奮も無い世界でしょ? そんな世界に転生したら、佐々木君はまたつまらない人生を歩むだけよ?」
謝って、『リエトゥムナ』の住人に謝って。あと僕にも。
「ちょっと待ってください。ミコトさんにも言いましたが、僕には戦いなんて無理です。そもそもハーレムを望んでなんかいません」
「だ・か・ら、戦い抜けるためのチートスキルをあなたに授けるわ。それに、ハーレムを望んでいないですって? ――嘘ね」
「嘘なのか?」
「嘘じゃないですよ……」
正直そんなものを築ける甲斐性が僕にあるとはとても思えない。今現在も絶世の美女二人に詰め寄られていっぱいいっぱいなんだ。そんな僕がハーレムなんて……。
「いい、佐々木君? これはチャンスなの、今しかない千載一遇の好機。一生遊んで暮らせるどころか、何十回人生をやり直しても尽きないほどの富を築き、世界中の美女をダース単位で侍らせての酒池肉林――そんなあなたの夢を実現する唯一のチャンス。今しかない、今だけなの。これを逃したら、これから先あなたにそんなチャンスは巡ってこないのよ?」
なんだか壺だかパワーストーンだかを買わされそうな勢いだ……。
あと、勝手に僕の夢をひどく下世話なものにしないで欲しい。そんな夢をもったことはない。――ないのでミコトさん、睨まないでください……。
「さぁ、どうするの佐々木君。あなたの夢を実現できるかもしれない『ディルポロス』か、退屈で面白みのない『リエトゥムナ』か。さぁ…………どっち!?」
「『リエトゥムナ』でお願いします」
「…………」
最初から言っているように、僕は平凡な生活でいいんだ。
それからいい加減『リエトゥムナ』に謝ってあげて。これから僕が生まれ変わって生活する世界でもあるのだから。
「そう……。わかったわ」
そう言ってディースさんはニッコリと笑った。人を引きつける魅力的な笑顔だ。きっと納得して、僕の気持ちをわかってくれたのだろう――
「……でもね、やっぱり男の子なら冒険したいって気持ちはみんなもっていると思うの。そのチャンスが――」
あれ? 全然わかってないぞこの女!
魅力的な笑顔が、むしろとても怖いものに思えてきた。壺を売りつけられそうだと思った僕の感覚は正解だったようだ。これ、買うまで逃げられないやつだ!
――それから、うつろな目で「『ディルポロス』に行きます」と僕が宣言するまで、限りなく脅迫だか洗脳だかに近い説得は続けられた。
時間にして八時間を超える、あまりにも長時間の説得であった。
◇
げっそりする僕とは対照的に、晴れ晴れとした笑顔を浮かべたディースさんは、「じゃあちょっと準備してくるわねー」と言い残し、会議室を出ていった。
なんでも『ディルポロス』への転生や、チートスキルの用意をするらしい。
「その……大丈夫か?」
「はい、大丈夫です……」
疲労困憊で会議室の椅子に座り込む僕に、ミコトさんが気遣う声をかけてきた。それに僕は日本人らしく『大丈夫です』と返す。
ちなみにミコトさんは最初、僕の味方をしてくれていたのだ――
『リエトゥムナは悪いところじゃない。佐々木さんにも合っていると思う』
『これだけ言っているんだ、リエトゥムナでいいじゃないか』
『いや、ディルポロスで夢を追うことが悪いことだとは言わないけど……』
『うーん……。ディースがそこまで勧めるなら』
――ディースさんの洗脳、もとい説得をミコトさんも受けたことによって、彼女は三十分でディースさん派に鞍替えしてしまった。
硬軟織り交ぜたディースさんの説得と、僕のことを真剣に考えて推してくるミコトさん。二人の説得によって僕は敗北を喫した。むしろ八時間粘った僕がすごいんじゃないかと思えるくらいだ。
「それで、ミコトさんは『ディルポロス』について、そんなに詳しくはないんですよね?」
「うん。あそこはディースが管理する世界だし、彼女の管理する世界自体も無数にあるからね。私はディースに聞くまで『ディルポロス』の存在自体知らなかったんだ」
「なるほど……」
不安である。ディースさんの説得は、メリットよりも『ディルポロス』を選ばないことのデメリットを押し出してくるものだった。なんだか不安を煽るようなやり口だった……。
そして、肝心の『ディルポロス』についての詳細は教えてくれず、チートスキルについても『大丈夫、まかせて』としか言わない。そりゃあ交渉も長時間に及ぶわな……。
「うん、けど問題ないさ。チートスキルやチートアイテムとやらも貰えるんだし、きっと君の新たな人生は、素晴らしいものになるはずだ」
そう言って、僕を元気づけようとしてくれるミコトさん。結果的には僕の死因だったり、嫌だと言った転生先を強要してきた人だけど……悪い人じゃないのは、この短い時間でわかった。今も親身になって僕を励ましてくれている。
「最後になるから、もう一度君に謝らせて欲しい。本当にすまなかった。謝っても許されることじゃないと思う。だから、せめて君が新天地で平穏無事であることを祈らせてほしい」
「いえ、その……十分です、ありがとうございます。こうなった以上『ディルポロス』で頑張ろうと思います」
僕は多少ぎこちない笑顔をミコトさんに向ける。ミコトさんはうんと小さく頷いてから僕に優しい笑顔を返してくれた。
……そうか、最後か。こんな美人さんに会えることはもうないだろうし、微笑んでくれることもないだろう。それは少し残念だな。
「たっだいまー……あら? なんだか妙にいい雰囲気じゃない?」
「え、あ、そんなことは別に……って、なんですそれ?」
恥ずかしくなって誤魔化そうとした僕だったけれど、それ以上にディースさんが抱えている物に気を取られた。
「ジャジャーン! これがあなたの運命を決める――『チートルーレット』よ!!」
ミコトさんの励ましで固まった僕の決意は吹き飛ばされ、代わりに不安が押し寄せてきた。
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