チートルーレット!~転生時に貰ったチートがとても酷いものだったので、田舎でのんびりスローライフを送ります~

宮本XP

第1話 地上に舞い降りた女神


「じゃあ、僕は死んじゃったんですか……?」


 所在なさげに僕は目の前の美女に尋ねる。


「うん。そうなんだ……すまない」


 所在なさげに目の前の美女も答える。


 どことなく巫女さんっぽい白い衣、赤い袴を身につけた黒髪黒目の美女。自称女神で、ミコトさんというらしい。


 対する僕――佐々木は、上下スウェット姿の平凡な青年だ。

 身長は高くも低くもなく、太っても痩せてもいない、整ってもいなければ醜い顔でもない、平凡な青年だ。平凡がスウェットに包まれている――そんな平凡な二十七歳の青年、佐々木だ。

 いや、ミコトさんいわく僕は死んでしまったらしいので故・佐々木、享年二十七か……。


 思えば生前も平凡だった。普通に生活して、普通に大学へ進学して、普通に就職活動に失敗して、普通にニート生活に突入した平凡な……あれ? 平凡じゃないな。平凡以下だな僕。


 そんな平凡以下の僕は、一年ほどのニート生活後、再び就活する決意もできずに、とりあえず気楽なアルバイトを始める。

 ちょこちょこバイトする以外はパソコンの前に座っているだけの生活で、僕は将来に大きな不安を抱えていた。


 僕が下戸でなければ『ストロング』という特効薬を服用していたかもしれない。それくらい不安な日々を送っていたが……僕には将来の不安どころか、将来自体がなくなってしまったらしい。


 ――まぁ、死亡原因は予想できる。


「アレでですか……」


「アレでなんだ……」



 ◇



 二月上旬、発達した低気圧が関東に大雪を降らせた日の翌日早朝。僕は深夜バイトを終え、自宅へ帰る途中だった。


 滑りやすい路面に気を使いつつ歩いていると、とある神社の階段を女性が降りてくるのが見えた。

 そこそこの由来をもつ神社で、初詣なんかでは多くの人が参拝に来る。しかし神社までは九百段もの階段を登らなければならず、僕なら初詣でも行きたくない。ましてや早朝で大雪だ。


 不思議に思いながらも、チラリと横目で見てから階段の下を通り過ぎようとする――――が、失敗した。

 その女性のあまりの美しさに、僕は目をそらすことができなかった。


 特徴だけでいえば黒髪黒目でスーツの女性だ。OLさんかもしれない。だけど美人すぎる。美人すぎるOLだ。

 しっとりとした長い黒髪に意志の強そうな凛々しい瞳。すっと通った鼻筋に艷やかな唇。すべてのパーツが完成されていた。もはや同じ人類とは思えない、美人すぎる人類だ。

 もう地上に舞い降りた天使か、人間を堕落させる地獄からの悪魔か、どちらかとしか思えない。


「あっ」


 そんなふうに、よそ見をしながらよそ事を考えていた僕は、うっかり足を滑らせて、前方へ転んでしまう。

 頭から地面に突っ込んだ僕だが、地面には雪がつもっていたため、それほどの衝撃はなかった――


「キャッ!」


「――ッ!!」


 顔面への軽い衝撃のすぐ後に、後頭部への重い衝撃が僕を襲う。一瞬何が起きたのかわからずパニックになる僕。


「ぐうぅぅ……」


 ジワジワと主張し初めた後頭部の痛みのせいで、僕はもぞもぞとのたうつ。


「……だ、大丈夫か?」


「…………え、えぇ、大丈夫です。すみません」


 心配そうな声になんとか答えつつ僕は立ち上がる。『大丈夫?』と聞かれたら、日本人はなんとなく『大丈夫です』と答えてしまうものなんだ。実際どうだかは知らない、とても痛い。


「すまない、思いきり踏みつけてしまった……」


「……あ、あぁ。そうでしたか。いえ、こちらこそすみません」


 そうか、僕は彼女に踏まれたのか……。

 階段から降りようとした彼女の足と地面の間に、むりやり頭を滑り込ませてしまったらしい。妖怪か何かかな?

 彼女は避ける間もなかったのだろう。天使が地上に舞い降りたかと思ったけど、舞い降りたのは僕の後頭部だったようだ。


「フラフラしている……。本当に大丈夫か?」


「……い、いえ。大丈夫、大丈夫です。全然、はい」

 

 ズキズキと響く頭痛を無視して早口で答える僕。……女性に頭を踏まれたのは初めてだ。どこかの業界ではご褒美らしいけど、これをご褒美と呼べる業界の人はすごい、プロは違うな。


「じ、じゃあ、行きます。本当にすみませんでした」


 思考がおかしくなっている僕は、実際頭が大丈夫じゃないのかもしれない。

 しかし、無理やりご褒美をいただいてしまった事実に恥ずかしくなり、逃げるようにその場を離れた。


「あ、病院に――」


 後ろで女性が僕に声をかけたようだが、聞こえないふりをして足早に歩を進めた。

 雪道を急いだためか頭部にダメージがあるせいか、もう一度転んでしまう僕。僕は半べそで帰宅した……。



 ◇



「それから家に帰って寝たんですけど」


「急性硬膜下血腫だ。脳と硬膜の間に血が溜まって、それで……」


 彼女の言う通り病院に行けばよかったな。痛いし恥ずかしいしで、帰ってからすぐにふて寝しちゃったんだけど……。


 で、気が付いたらここ――椅子やらテーブルやらホワイトボードやらのある、何やら会議室らしき一室に、僕はいた。

 そして、あの時僕を踏んづけた美人すぎる人類こと、自称女神のミコトさんと向かい合っていたわけだ。


 地上に舞い降りた天使だと思ったのはニアミスだったな。実際は女神だったようだ。

 そんなミコトさんは神社でのOL姿から、巫女さん姿に衣替えして会議室の椅子に座っている。……なんか逆じゃない? 神社なら巫女さんで、会議室がOLさんだろう。というか、なんで会議室なんだろう?


「本当に申し訳ない」


 微妙にズレたことを考えていると、ミコトさんが頭を下げて僕に謝罪してきた。

 ……なんだかこっちが申し訳ない気持ちになってくる。突然踏まれに行ったのは僕だ。むしろ彼女が事故にあったようなものだろう。


 前にテレビで、夜中に泥酔した人が道路上で寝てしまい、それを車で轢いた人が逮捕された――なんてニュースを見たことがある。

 それを見て、『酷い話だ。そんなの避けられない。車の人が可哀相だよ』なんて思ったもんだ。それと同じだ、彼女は悪くない。


「いえ、あなたは悪くないです。僕が不注意だったんです」


「私もそう思う」


 ……あ、それ自分で言っちゃうんだ。


「……こほん。とはいえ私は地球を管理する神。その私自らが、地球に住む人の命を奪ってしまった。ならば、そのつぐないはしなければならないと思う」


「はぁ……。償いとは?」


「できることならば、今回の事故自体をなかったことにしたいくらいなんだけど……」


 まぁ、その方がお互い幸せだよね……。なかったことって、僕を生き返らせたり、あるいは時間を巻き戻したりできるのだろうか?


「残念ながらそれはできない。君が亡くなる前なら介入する術もあったのだけど、すでに君は亡くなり、お通夜もお葬式も初七日も、滞りなく済んでいる」


「そうなんですか……」


 滞りなくとか言わなくていいけど……。

 しかし僕、死んでから結構時間経っているんだね。お葬式とか聞くと実感が湧くな……。

 ダメダメな息子だったけど、やっぱり両親は悲しんだのかな? 友達は……まぁ、ほぼいないからいいや。


 それで、初七日も終わっているのか……。僕の部屋とかどうなったのかな? もう綺麗に掃除とかしたのかな、まだ早いか?


 ――あ、パソコン!! うわー……。『死んだ後のパソコン問題』とかよく聞くけど、『別に本人死んでるんだから気にする意味なくない?』なんて思っていた……。

 だけどこうして、死んだ後に意識がある状況だと、なんかこう……悶えるな。うわー、ブラウザのブックマーク消したい。それだけは見ないでほしい……。


「……いいかな?」


「あっはい」


 一人でもじもじし始めた僕を、いぶかしげな目で見ながら続きを話すミコトさん。生前を懐かしむ死者に、もう少し優しくしてくれてもよかろうに……。


「本来人はその生を終えると、その魂は浄化され、記憶を失った後に、また別の世界で新たな生を受けるんだ」


 リサイクルされるのか、エコだな。


「佐々木さんの魂も、そのように処理されるんだけど――」


 処理て。


「それじゃあ通常の転生で、償いにはならない。――そこで提案したい。浄化せず記憶を残したまま、もう一度新たな人生をやり直してみないか?」


「えっ!?」


「記憶を残したままなので、君が生まれた地球で転生してもらうわけにはいかない。私が管理している別の世界で――というのが条件となるけど」


 お、おおぉぉぉ……。それは、まさか異世界転生ってやつなの!? チート!? 無双!? ハーレム!?


 トラック事故限定かと思っていた……。だけどよく考えたら今回のって、これ以上ない『神様のミスで死んだ』パターンだな。


 そうか、異世界転生か……。いや、いやしかし……。


「どうだろうか?」


「正直僕には……自信がありません……」


「うん?」


「すごいチートスキルを貰ったとしても、怖いモンスターと戦える気がしませんし、ハーレムとか……僕には無理です」


「は?」


 僕の言葉を聞いたミコトさんが、なにやら恐ろしく冷たい目で僕を見てきた。……これもご褒美だろうか?


「さ、参考までに、いったいどんなチートスキルを頂けるので?」


「ちーとすきる……ってなんだろう?」


 なんだか可愛らしい発声でチートスキルを尋ねるミコトさん。なんだろうって言われてもな。やっぱり定番なのは……。


「空間魔法とかアイテムボックス、鑑定とかですかね? カクヨムなんかだと」


「???……カクヨムって、何かな?」


「え……」


 か、カクヨムを知らない……だと? いや、まぁ一般的な知名度を考えると、それはまぁ……うん、まぁ……。


「えっと、とりあえず生活に便利な魔法とか、モンスターを簡単に倒せてしまう魔法みたいなのを授けてくれるんですよね?」


「モンスターなんて出ないが? 魔法とかもないし」


「えっ」


「えっ」


「あれ? え? 異世界転生ですよね? すごく強くてモテモテでハーレムを作るんじゃ? ……うぉ」


 またこの目だ、ゴミを見るような冷たい目だ。やっぱりご褒美だろうか? 『ありがとうございます』って言っておこうか?


「何を勘違いしているのかわからないけど、君が転生する予定の世界は、モンスターや魔法が存在する、そんなおとぎ話のような世界じゃない」


 ファンタジー世界から飛び出てきたかのような人が、ファンタジーを否定する……。


「そもそも、ちーとすきる? そんなもので多くの女性を、無理やり我が物にしようと目論もくろむなんて……」


 え、なんか僕の想像するハーレムと若干イメージが違うんだけど……。蛮族みたいの想像していない?


 ……とりあえずミコトさんは真面目というか潔癖というか、『ハーレムなんてけしからん』って人らしい。あんまり余計なことは言わないようにしよう。


「で、では僕が転生する世界とは、どんなところなんでしょう?」


「そうだね……君がいた地球と、環境は似た世界だよ。平和な世界で、心穏やかな人々が住み、争いはほぼない。文明的には地球より少し進んでるかな?」


 バトルないのか。俺TUEEEもないし、文明も進んでるってことは知識チートもないのか、そうか……。


「そうですか……。いえ、すみません。なんだかいろいろ勘違いしてしまって。その……そういう本とかをですね? 生前に読んでいたものでして」


「そういう本? それは、ハーレ――」


「――でしたら、その世界に僕を転生させていただけますか? 新たな人生を、穏やかに過ごしたいと思います」


 なんだかまた怒られそうだったので、さえぎって転生をお願いした。

 まぁ最初に言った通り、僕はバトルもハーレムも自信がない。平和な世界で、第二の人生をゆったり始めよう。


「そうか、じゃあ……」


 転生の準備だろうか? ミコトさんは立ち上がり、右手を僕に向けてゆっくり上げて――


「話は聞かせてもらったわ!!」


 おそらく、転生する直前だったであろうタイミングで――突然会議室のドアが開き、これまた美しい女性が勢いよく飛び込んできた。





 next chapter:ハーレム

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