みっしょん21 ユルき戦いの果てに (1)

「……しょ……勝負あった! マントウくんの勝ち~っ!」


 その呆気ない結末に、自らも唖然としてしまっていた行事だったが、ようやく気を取り直すとルールに則り、勝者の名を高らかに宣言する。


「ヤッタヨォ! 姐豆! よくヤッタネ!」


「姐豆! アタシ達の優勝ダヨ!」


「オオオオ! 我ガ弟子ヨ~っ!」


 それを聞き、中国人会のメンバー達が一斉にマントウくんのもとへと駆け寄って行く。


「安室君っ!」


「レイちゃん!」


「安室っ!」


 ゆるキャラ部員達も、横たわるぬらりん目がけて同時に場内へとなだれ込む。


父父バーバ媽媽マーマ老師ラオシー……アタシ、やったヨ!」


「ああ。オマエのオカゲでマントウくんが公認ゆるキャラになれたネ!」


「これで、濡良市の中華街を世に広めることできるヨ!」


 李姐豆はマントウくんを纏ったまま、同郷の仲間達と勝利の喜びを分かち合う。


「安室君! 大丈夫か!?」


「レイちゃん! 怪我はない?」


 一方、駆け寄ったゆるキャラ部員達は、ぬらりん初号機を抱き起こすと、中の鈴を心配して声をかける。


「……う、うう……み、皆さん、すみません……負けちゃいました……」


 その声に、鈴は体の痛みを堪えつつ、ぬらりんの中から申し訳なさそうにそう答えた。


「フゥ……よかった。どうやら意識はあるようだな……そんなことよりも体の方はどうだ? どこか痛むところはあるか?」


「いえ、あたしは大丈夫です……でも、あたし、負けちゃって……せっかく皆さんがここまでがんばってきたのに……あたし、負けちゃいけなかったのに……」


 大きく安堵の溜息を吐き、心配そうに尋ねる茉莉栖だったが、鈴はそんなことお構いなしに、今にも泣き出しそうな声で期待に応えられなかった非力な自分を責める。


「フッ…なあに気にするな。君はよくやってくれた。君は我々の作ったゆるキャラを、この大舞台でこんなにも見事に動かしてみせてくれた。誰も君を責めるような者はいない」


「ああ、その通りだ。レイちゃんは僕らの夢を叶えてくれたんだ」


 ビデオ撮影もそっちのけで、茉莉栖同様、平七郎もそんな言葉を鈴にかける。


「そうだよ。レイちゃんはあたしの描いたぬらりんを現実のものにしてくれたんだよ」


 ひかりも、なんだか自分の方が泣き出しそうに目をうるうるとさせながら言う。


「ああ。あんたはよくやったよ」


「うん。君は最高の生態ユニットだ」


 瑠衣と真太も、それぞれの言葉で鈴の健闘を称える。


「……………」


 少し離れた場所から見下ろす舞も、無言のまま薄らと顔に笑みを浮かべている。


「み、皆さん……」


 予想していたものとはまるで違う、そんな優しい仲間達の反応に、鈴は覗き窓越しに見える少しぼやけた外の景色を、込み上げてくる涙によってよりいっそうぼやけさせた。


「ブ~っ…!」


 一方、そうして自らの敗北を認め、絆をさらに深め合うゆるキャラ部員達を他所に、会場内では大ブーイングの嵐が巻き起こっている。


「そんなユルくない奴を公認キャラにしていいのかーっ!」


「こんなのゆるキャラじゃねーっ!」


「俺は断じて認めねーぞっ!」


 決勝戦におけるマントウくんのゆるキャラらしからぬファイティングスタイルを見た観客達が、そんなキャラを市の公認とすることに対して断固反対の意を唱えだしたのである。


「フン! 何を言うカ! 勝った者ガ公認キャラの座を手に入れる、ソレがこの選手権大会のルール……マントウくんがなるのハ当たり前ネ!」


「ソウダ! 今更、何ヲ言うカ!」


「所詮、この世ハ弱肉強食……勝ちこそすべてネ!」


「負け犬の遠吠えハ見苦しいネ!」


 ブーイングをする観客席に対して、李姐豆と中国人会も負けじと抗議の意見を述べ、さらに応援に来ていた中国人会の人々もそれに参戦する。


「俺はぬらりんの方を公認キャラに推薦するぞ!」


「わたしもぬらりんに一票!」


「そうだ! ぬらりんだ!」


 それでも会場のブーイングは収まりを知らず、口々に言い始めた「ぬらりん」の名はいつしか一つの声に集約され、一大ぬらりんコールへと変わっていく。


「……ぬーらーりん! ……ぬーらーりん…!」


 対する中国人会の応援席も、声を合わせてマントウくんコールを奏で始める。


「マントウ君!……マントウ君…!」


 そうした観客達の反応に、一番驚いているのは当のゆるキャラ部員達であった。


 突如として沸き起こったぬらりんコールに何が起こったのかまるでわからず、茉莉栖を始めとする部員達は皆、目をまん丸くしている。


「皆さん、ご静粛に。これより飛鳥京一濡良市長による公認ご当地キャラの発表を始めたいと思います…」


 そんな中、式を進める女子アナのアナウンスが流されるが、会場は一向に静まる気配を見せようとはしない。


「ぬーらーりん! ……ぬーらーりん…!」


「マントウくん! ……マントウくん…!」


「皆さん、どうぞお静かに。これより市長による発表が…」


「ぬーらーりん! ……ぬーらーりん…!」


「マントウくん! ……マントウくん…!」


 だが、それでもまるで収まらない会場の大騒ぎに……。


「ええい! じゃかあしいはゴラッ! ひとが静かにせえ言うとんのがわからへんのか!? いい加減、黙らんかったらシバくでアホンダラっ!」


 ピー…ガー……。


 静寂を取り戻した会場に、スピーカーのノイズ音だけが響き渡る……人の話を聞かない観客達にいい加減キレた女子アナの一喝によって、ようやく会場は落ち着きを取り戻した。


「失礼しました……それでは、飛鳥京一市長による濡良市公認ご当地キャラの発表です」


 もとの冷静な口調に戻った女子アナの声に促され、多少おどおどとした様子で前に進み出た市長は、いつの間やら広場の中央に用意されていた壇の上に上がると、スタンドマイクに向かっておもむろに話し始める。


「えー……濡良遷都伝説1300年を記念して開かれました、このご当地キャラ大選手権大会でありますが、本日、私は大変いいものを見させていただきました……人気者くらべ、公園一周レース、そして決勝の相撲…というか、格闘戦。まさに、ゆるキャラ達の死力を尽くした熱き戦いが、この遷都記念公園の地で繰り広げられたわけでございます…」


 水を打ったかのような静けさの中、会場を埋め尽くす観客達は市長の話に耳を傾ける。


「その戦いを通し、私は何がこの濡良市のご当地キャラにとって大切か、何がゆるキャラというものに必要なのかを改めて教えられたように思います。濡良に住む人々に愛され、何事をも受け流す打たれ強さを持ち、そして、何にも増してユルい……その要素を合わせ持つものこそが、この濡良市に最も相応しいゆるキャラと言えるのではないでしょうか?」


 そして、長い前置きに焦らされながらも、肝心な結果の告げられるその時をじっと待つ。


「……それでは発表します。厳選なる審査の結果、濡良市公認ご当地キャラの座に輝いたゆるキャラは……」


「ま、マサカ……」


「も、もしかして……」


 市長のその意味深な発言に、中国人会が、ゆるキャラ部が、そして会場の人々が固唾を飲んでその行方を見守る。


「条坊高校ゆるキャラ部、ぬらりんです!」


 その名を市長が口にした瞬間、会場内は拍手と歓声の渦に再び飲み込まれた。

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