みっしょん20 ぬらりん、覚醒 (1)

「痛ったあ~……フゥ…危うく倒れるかと思ったよ……」


 そうして二体の激しい死闘に人々が一喜一憂している中、鈴は背筋と首に力を込め、大きな頭を起こして、ぬらりんの態勢を立て直す。


「クソウ、こしゃくナ……ヘタレ条坊高の着ぐるみのくせニ~!」


 対して李姐豆は、思いもしなかったぬらりんの強靭さにマントウくんの短い足を上下させて地団駄を踏む。


「モウ許さナイヨ! オマエなんかボッコボコのメチャッメチャのギッタギタにして、ウチの店名物、肉包の餡にしてやるヨ!」


 だが、その悔しさが彼女の闘志に油を注ぎ、マントウくんの凄惨な殴打の応酬が始まる。


機関銃マシンガン小龍包シャオロンパオパーンチっ! オウリャリャリャリャリャリャーっ!」


「えっ? ちょ、ちょっと待っ…あうっ…!」


 立ち直ったばかりのところを急襲され、今度も鈴は避けることができず、雨霰の如く繰り出されるパンチをすべてその身で受け止めてしまう。


「うぐぅっ……」


 その一つ一つの威力は小さいものの、間髪入れず連続して降り注ぐ高速の打撃に鈴はぬらりんの機体を木の葉のように踊らされ、何一つとして抵抗することができない。


「まだ落ちないカ! ならば…刀削面ダオショウミエン旋風脚っ! 続けて、餃子ジィアオズソニックキーックっ!」


 それでも李姐豆は容赦することなく、さらには短いマントウくんの足を巧みに回して、足技までも無抵抗のぬらりん目がけて叩き込む。


 ぬらりんはまさにサンドバッグ状態。傍から見れば、巨大な饅頭マントウの化物がいたいけな老人をタコ殴りにいたぶっているようにしか見えない……。


 最早それは〝相撲〟とは呼べず、ゆるキャラの領域からも完全に逸脱した仁義なき闘いとなっていた。


「おい! いくら勝負だからって、ゆるキャラがこんなことしていいのか?」


「こんなのゆるキャラじゃないぞ!」


「そうだっ! 全然ユルくないじゃないか!」


 そのあまりに過激なマントウくんの攻撃に、会場からは非難の声も上がり始める。


「マダマダマダマダっ!」


 そんな非難の声にもその手を緩めることなく、李姐豆の波状攻撃は続けられたが……。


「………ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……条坊高の着ぐるみは化物カ!?」


 無抵抗に殴られ続けるもぬらりん初号機と鈴は倒れることなく、まるで効いていないかのようにその場で飄々と立ち続けていた。


「外見に惑わされるナ! 敵ハ確実に弱ってきてるヨ! 休まず攻撃を続けるヨロシ!」


「……ハァ……ハァ……ハイ!」


 激しい動きにさすがに息も上がり、敵の打たれ強さに一瞬、弱気になる李姐豆だったが、師匠のその言葉に励まされ、彼女は再び過激な攻撃を再開する。


「高級食材魚翅ユーチィ(フカヒレ)包子拳っ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」


 今度は二つの中華まんじゅうによる左右からのフックが、ぬらりんの大きな頭をなぶる。


「うう……」


 確かに李普司の言う通り、中の鈴は相当に弱ってきていた。


 柔らかい外部装甲と頑強な内部フレームによって痛みはそれほど感じていないが、その機体を揺らす衝撃は鈍い疲労となって徐々に鈴の体へと蓄積されてゆく……。


 それに、そうした打撃による体力の消耗ばかりでなく、もう一つ、彼女を苦しませているものがあった……それは、着ぐるみ内の温度の上昇である。


 試合開始より早10分が経過しようとしているが、カンフー服を脱いで風通しがよくなっているマントウくんに比べ、ぬらりん初号機内の温度は先程から上昇の一途を辿っている。


「……な、なんか、さっきと違って、全然、涼しくならない……」


 ウィィィィーン…!


 そんなぬらりんの中に、後頭部に付けられた冷却ファンの低いモーター音が虚しく響く。


 実は殴打される隙をついて、鈴は密かにファンを作動させていたのであるが、長時間に渡る過酷な戦いに、それぐらいでは全然追いつかなくなってしまっている。


「なんとか耐えてはいるようだが……このままではヤバイな」


 殴られ続けるぬらりんの様子をじっと覗っていた茉莉栖が、険しい表情で呟く。


「ええ……内部温度もそろそろ活動限界を超える時間です」


 それを受け、タブレットの画面を見つめていた真太も心配そうに頷く。


「冷却ファンももう利かない頃だろうし。こうなったら、もうアレ・・を使うしか残された道はない……安室さんアレ・・を使うんだっ! 早くもう一つの左側のボタンを押してっ!」


「ええっ? あ、アレ・・を? ……だ、ダメ。あたし、恥ずかしくてそんなことできない」


 真太の叫んだ声はしっかり鈴の耳に届いていたが、打撃の衝撃と高熱に苛まれるぬらりん初号機の中にあっても、彼女はその指示を頑なに拒む。


「……おかしいな? 全然アレ・・が作動しないぞ? 壊れたのかな?」


 変化のないぬらりん初号機に、真太は訝しげに眉間の皺を寄せる。


「……いや、壊れたんじゃなく、レイちゃん自身が使おうとしないんだ」


 すると、ビデオカメラのレンズ越しに見守っていた平七郎が、真太の疑問に答えるかのようにそう言った。


「使わない? どうして……どうしてアレ・・を使わないんだ!? 安室さん! 聞こえていないのか!?」


「きっと恥ずかしがっているのね……あの子、恥ずかしがり屋さんだから」


 再び叫ぶ真太の傍らで、すべてを悟っているかのように舞がぼそりと静かに呟く。


「フン! 何をやっても無駄ネ! オマエはここで倒れる運命あるヨ! アチョーっ!」


 その間にも李姐豆の繰り出すパンチはぬらりんのボディを殴打し続けている。


「……くうぅ……もう、そろそろ限界だ……でも、ここであたしが倒れたら、みんなの努力が全部無駄になっちゃう……」


 衝撃と高温に耐えながらも、鈴は舞やゆるキャラ部員達のことを思い浮かべ、なんとかその場に踏み止まろうとする。


「……でも、アレ・・は恥ずかしくて絶対使えないし……もう、このままじゃ……」


 だが、それでも鈴は真太の指示した最後の切り札を頑なに使おうとしない。


「……なんだかだんだん……意識が遠退いてきたな……もう……あたし、ダメ…かも……」


 そして、ついに活動限界を迎えたぬらりん初号機の内部で、鈴は正常な意識を徐々に失っていった――。

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