みっしょん19 ゆるキャラファイト(2)

「コラ、姐豆! 何やってるカ!」


「ソンナ遊んでる場合じゃないヨ!」


 一方、東側に陣取る中国人会陣営では、ゆるキャラ部とは対照的に怒りの声が飛んでいる。


 絶対なる勝利を目指す彼らとしては、生温い戦いを容認することなどできないのだ。


「なんとユルい闘いダ。このようなユルい闘い、これ以上見るに堪えん……姐豆ヨ! それでも我が弟子カ? 構わん。あの禁じ手を使ってでもヤツに勝利するのダ!」


 ユルい闘いに業を煮やしたのか? ずっと黙って観戦していた長老の李普司も、何かを決心したかのように声を荒げる。


「ら、老師ラオシー……マサカ、アノ封印された究極奥儀を使えと言うのですカ!? ……わかりましタ。中国四千年の妙技、今こそ、ヤツらに見せてやるヨ」


 師匠の言葉に躊躇する李姐豆だったが、彼女も意を決すると、まるで往年のアクションスターの如く、マントウくんの纏っていたカンフー服の上着を大仰な動きで脱ぎ捨てる。


「おお~っ!」


 その着ぐるみとは思えない驚きの作りに、会場からは感嘆の声が上がる。


「ん? 何をする気だ……?」


 対してゆるキャラ部員達は警戒の色を強めるが、その意図を読み取ることはできない。


 カンフー服を脱ぎ、裸体…というか、つるつるの饅頭マントウの表面を上半身に見せるマントウくんは、服の袖のために太くなっていた腕も今は細くなり、かなり動きやすいものとなっている……。


 なんだか直方体の饅頭マントウから、そこだけ大きいミトンの手袋を嵌めた人間の腕が生えているといった感じだ。


 その大きなミトン手袋を嵌めた両腕を空高く持ち上げ、李姐豆はぬらりんに告げる。


「これだけハ使いたくなかったガ、こうなっては致し方ナシ! ヘタレ条坊高の者どもヨ、我ら中国人会の真の力、ソノ身でとくと味わうがイイ! これガ、ソノ恐ろしさ故に封印されしマントウくん最終究極奥儀……〝包子パオズ拳〟ネ!」


 そして、そんな前口上を高らかに述べ終えると、掲げた両手を一気呵成に振り下ろした。


 勢いよく振り下ろされた両腕からミトン手袋が脱げ、ぬらりんの方へ向けて飛んで行く。


「きゃ…!」


 突然の攻撃に鈴は思わず着ぐるみの手でぬらりんの顔を覆う。


「ロケットパンチかっ? ……ちょっとカッコイイ……」


 それを見て、真太は思わず本音を漏らすが、実はそのミトンが真の攻撃ではなかった。


「あ、あれは……?」


 顔を覆った腕をどかし、鈴が再びマントウくんの方へ目を向けると、ミトンの脱げたその下には、また別の真ん丸い中華まんじゅうのような恰好をした手袋が嵌められている。


「な、何だい、ありゃ?」


 なんとも奇妙なその造形に、瑠衣も怪訝な顔で疑問の声を上げる。


「あれゾ、我ガ流派中華菜拳の最終究極奥儀〝包子拳〟を使うための専用グーロブ……コノ包子を模した拳より繰り出される打撃によって、相手は包子に入れる餡の如く、ほどよく微塵になるまで叩き伸ばされるのダ!」


 すると、瑠衣の疑問に答えるかのようにして、蒼天に中華まんじゅうの拳をかざすマントウくんを見つめながら、師匠である李普司がそう自慢げに嘯く。


「なんてふざけた技なの……」


 そのまじめに話しているのかも疑いたくなるような説明に、ずっと寡黙に観戦していた無表情の舞が、ひどく呆れたようにぼそりと呟いた。


 しかし、そのふざけたネーミングや外観とは裏腹に、予想外にも包子拳は恐ろしい威力を発揮する。


「そんなユルい顔してられるのも今の内ネ。ここからは本気でいくヨ! アチョーッ!」


 それは着ぐるみの顔であって、別に中に入っている鈴がそうしているわけではないのだが、李姐豆はぬらりんの顔にケチをつけると奇声とともに襲いかかる。


「えっ…?」


 カンフー服を脱ぎ、身軽になったマントウくんは驚くほど俊敏になっていた。


「右の肉包ロウパオ(肉まん)が真っ赤に燃えるネ!」


 李姐豆の操るそれは一瞬で間合を詰め、鈴が動くよりも早く拳を繰り出してくる。


「は、早…」


 ドゴぉぉぉーンっ…!


「きゃ…!」


 次の瞬間、マントウくんの右手に嵌められた中華まんじゅうは、ぬらりんの好々爺のような顔の左頬にクリティカルヒットしていた。


 だが、それだけでマントウくんの攻撃は終わらない。李姐豆は続けざまに、今度は左の中華まんじゅうを打ち出してくる。


「左の豆包ドウパオ(あんまん)が轟き叫ぶネ!」


 バゴぉぉぉーンっ…!


 今度はぬらりんの右頬を、その拳が激しく強打する。


「うぎゅっ…!」


 そして、左右より大きな頭部に二発を食らってふらつくぬらりんへ……。


「爆裂っ! 点心包子ディエンシンパオズパァァァーンチっ!」


 ドガぁぁぁぁぁーンっ…!


 とどめの一撃とばかりに、顔面の中央目がけて強烈な中華まんを打ち込んだのであった。


 ピキ…。


 その一撃に、ぬらりん初号機の目に嵌められたクリア板に亀裂が走る……そして、鈴を中に入れたまま、ぬらりんの頭部は後方へとつんのめった。


「もらったネ!」


 マントウくんの中で、李姐豆は己の勝利を確信した。


 このままぬらりんが後方に倒れて地に付けば、その時点でこの勝負の勝者は決定する。


「安室君っ!」


「レイちゃん!」


 目にも留まらぬ急展開で一瞬にして訪れたその危機に、ゆるキャラ部員達は驚愕の表情を浮かべてぬらりんに叫ぶ。


ハオ!」


真棒ジェンバン!」


 中国人会サイドからは、綺麗に決まった必殺技に「グッジョブ!」の声が上がる。


「……くうぅぅ…」


「ナ、ナニ!?」


 しかし、その強烈なマントウくんの一撃にも、鈴とぬらりんはなんとか耐えていた。


「バ、馬鹿ナ!? ワタシの爆裂点心包子パンチを受けて立っていられるナンテ……」


 その巨大な頭を後方へと反り返しつつも、ぬらりん初号機はその場に飄々と立っている。


 それは、頭デッカチでも倒れないよう精緻に計算して作られた着ぐるみの高度なバランス性と、真太の作った柔軟にして強靭な内部フレーム、そして、陸上で鍛え上げられた鈴の足腰の三つが相まって初めて実現できる、まさに奇跡の業であった。


「やった! 持ち堪えたぞ!」


 その期待を上回る性能に、製作者の真太はガッツポーズで歓喜の叫びを上げる。


「ハハハ! あんた、いい仕事してるじゃないか!」


 もう一人の制作者である瑠衣も昂ぶる感情を抑え切れず、そんな真太の背中を思わず力いっぱいにバシンと叩く。


「痛っ! ……アハハ…君もね……」


 その紅葉もみじの痕が残るほどの平手打ちに痛がる真太だったが、その痛みに小生意気な少年の顔を歪めながらも、苦笑いを浮かべて彼もそう返した。

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