みっしょん19 ゆるキャラファイト(1)

「――ご来場の濡良市民の皆さま、そして、ゆるキャラファンの皆様、長らくお待たせいたしました。いよいよ、このご当地キャラ大選手権大会も決勝戦です!」


 10分間の休憩の後、再び会場内に女子アナのアナウンスが木霊する。


 その休憩の間に、会場中央には体育で使う白いマットが四角く敷きつめられ、柔道の試合場ほどの広さのある特設ステージが設けられていた。


 見たところ、土俵のようなものも丸い円を描いたようなものもないが、どうやら相撲とは言っても本式の相撲ではなく、このマットの試合場を使ってのラフなものらしい。


 そんな見ただけではよくわからぬ競技の説明が、観客達のために女子アナからなされる。


「決勝戦は〝ゆるキャラ相撲〟で決したいと思います。ルールはだいたい普通の相撲と同じ。このマットの外に出たり、倒れて地面に付いたりしたら負けとなります。あとはまあ、投げでも、パンチでも、キックでも、なんでもやっちゃってください」


「やっちゃってくださいって……随分と乱暴なルールだな、おい……」


 そのアバウトなルール説明に、会場からは呆れ声も聞こえてくる。


「それでは、ここまでの難関を見事潜り抜け、決勝に進んだゆるキャラ二名の入場です!」


 しかし、アナウンスはそんな苦情をものともせず、さらりと選手達の入場を告げる。


「この決戦の場にて雌雄を決する先ず一人目は、濡良市中国人会が誇る、中国四千年の伝統を受け継ぐ最強の饅頭マントウ武術家……マントウくんです!」


 カンフー服を着た介添人を引き連れ、紅白幕の控え所よりマントウくんが現れると、会場には大歓声が沸き起こる。


「そして、もう一人のファイナリスト……条坊高校ゆるキャラ部が作りし妖怪ぬらりひょんを模した汎用ゆるキャラ決戦兵器……ぬらりん!」


 同じく茉莉栖とひかりに誘導されて現れたぬらりん初号機にも、観衆は割れんばかりの拍手と歓声をマントウくんの時同様に送る。


  これまでの辛く厳しい戦いを勝ち抜いてきた二体に対して、人々は優劣着け難い愛着と尊敬の念を抱いているのだ。


 しかし、これはただ一人の勝者を決める決勝戦……その優劣を着けぬわけにはいかない。


「では、両者、場内中央にお進みください」


 アナウンスに従い、試合場へ向かうぬらりん初号機へ茉莉栖とひかりが声をかける。


「安室君、これが最後の戦いだ……骨は私が拾ってやる。安心して戦ってきなさい」


「うん。後のことはあたし達に任せて、レイちゃんは死ぬ気で戦っちゃって!」


「ぜ、全然、安心できないんですけど……」


 運命を決める一戦に少々冷静さを欠いている二人に見送られ、休憩中、着ぐるみを脱いで元気を取り戻した鈴は、苦笑いに冷や汗を浮かべながら場内中央へと歩を進める。


「姐豆、何がナンデモ、絶対、勝んダヨ!」


「ソダヨ! すべてはアナタの肩にかかってるヨ!」


「うん。父父バーバ媽媽マーマ、アタシ、絶対にヤツを倒すヨ!」


 マントウくんに入る李姐豆も両親の言葉に背中を押され、熱き闘志を燃やしてマットの中央へと歩み出る。


「両者、揃いました。本試合は時間無制限一本勝負で行いたいと思います。審判は濡良大学相撲部のご協力により、同部の監督・木村庄次郎さんに務めていただきます」


 見ると、中央東側に立つマントウくんと西側に佇むぬらりんとの間には、古式ゆかしい行司姿をした中年男性が一人、観客達の方を向いて一礼している。


「それでは、両者、見合って、見合ってぇ……」


 そして、顔を上げたその行司は手にした軍配を二体の間に差し挟み、朗々たる声色で各々に戦闘の準備を促す。


「こんな頭デッカチなヤツ、タダの一撃で倒してあげるヨ……」


 その合図に、李姐豆はやる気満々にマントウくんの体を半身にし、相撲というよりは中国武術の構えで身構える。


「……や、やっぱ、着ぐるみの中とはいえ、こう注目されると緊張するな……」


 一方、鈴の方はといえば、まさかというか案の定というか、ぬらりんの中でやっぱりあがってしまっていた。


「……そ、それにお相撲なんて、あたし、全然やったことないし……今更なんだけど……どうしよう~……」


 傍目には飄々と立っているかのように見えて、その中で鈴はガチガチに硬直している。


 彼女は攻撃される面を少なくするために半身になることも、攻撃を繰り出すために身構えることもできない。


 二回戦では治ったかに思えた彼女のあがり症であったが、やはり、こういった症状はそう簡単に治るものではないらしい。


「……で、でも、この一戦には、ゆるキャラ部のみんなの夢もかかってるんだし、なんとか、がんばらなきゃ……」


 それでも自身の纏うゆるキャラに込められた皆の〝思い〟に応えるため、鈴も精一杯に戦う決心をする…と、それを待っていたかのように。


「はっけよーい……ゆるキャラ相撲ファイト、レディぃぃぃ~のこったぁっ!」


 満を持して、行事の掛け声と軍配が高らかに天へと上げられる。


「アチョーッ!」


「えええーい!」


 その合図に、二体のゆるキャラがお互い目がけて前へと突き進み、ついに熾烈を極める頂上決戦の幕が切って落とされた……かに、思えたのだが。


 ペチン! ペチン! プニョン! プニョン!


 ぶつかり合ったマントウくんとぬらりんは互いにパンチやキックの応酬を繰り広げるが、どちらもほんわか柔らか素材でできた、ゆる~いキャラクターの着ぐるみのこと。どんなに〝どつき合おう〟とも、外から見てる分にはじゃれ合っているようにしか見えない。


「……ゆ、ユルい……ユル過ぎるぞ……」


「いまだかつて、こんなユルい闘いはみたことがない……」


「こ、こんなユルい格闘戦があっていいのか……」


 会場からは、動揺にも似たどよめきが沸き起こる。


「ああ、ユルい……なんてユルさなんだ……」


「堪んねえぜ……」


「うん。なんだか癒されるねえ……」


 そんな中、西側の場外で戦いを見守っていたゆるキャラ部陣営では、茉莉栖、平七郎、ひかりの三人が、恍惚の表情で悦楽の言葉を口にしている。


 この二体の底知れぬユルさ、大のゆるキャラ好きである三人には堪らない甘美な感覚なのだ。


「………………」


 そうした3人の様子を新参である瑠衣、真太、舞の臨時部員達は他人であることを主張するかのように冷めた目で見つめていた。


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