みっしょん18 発動!KGフィールド(2)

 女子アナの結果発表とともに、会場には再び人々の歓声が沸き起こる。


「やったな、安室君」


「レイちゃん、スゴーい♪」


 全力で走り切り、地に手と膝をついて肩を上下させているぬらりんのもとへ、茉莉栖とひかりが急いで駆け寄る。


「ああ。あたいは感動したよ!」


「うん。なんだか君に恋をしてしまいそうだ」


「僕の用意した秘密兵器、ちゃんと使ってくれたようだね」


 瑠衣、平七郎、真太の3人も、各々に労いの言葉を口にしてぬらりんの周りを取り囲む。


「よく、がんばったわね……」


 そして、いつの間にやら傍まで来ていた舞も、そう静かに言って微笑みを浮かべた。


「……ハァ……ハァ……ヘヘ…まあ、あたし、走るのだけは得意だからね……」


 その滅多に見せることのない舞の笑顔を、鈴は覗き穴のクリア板越しに見上げる。


「でも、まだ次があるわ……もし辛いのなら、わたし、代わってあげてもいいわよ?」


「……ううん……怪我人の世話になるほど……あたし、柔じゃないから」


 本気なのか冗談なのか? またいつもの無表情に戻って尋ねる舞に、鈴も息を整えながら、悪戯っぽく勝気な笑顔でぬらりんの中からそう答えた。


「あ! そういえばレイちゃん、今、全然あがってなかったんじゃない?」


 そんな鈴の入るぬらりん初号機を眺めていた平七郎が、ふと気付いたようにして言う。


「ん? ……ああ、そう言われてみれば……」


 鈴本人も今更ながらに言われて気付くが、確かに先程はまったくあがることなく、いつも練習で走っている時と同じような感覚で走ることができた。


「走るのに集中して気が紛れたってこともありますけど……やっぱり、こうして着ぐるみを着てると、自分だって気付かれないせいか、あんましあがらなくてすむみたいです」


 その思わぬ着ぐるみ効果に、自分でも驚きを隠せない様子で鈴は答える。


「そりゃよかったじゃない。もしかしたら、これで君のあがり症も治るかもしれないよ?」


「はあ……そうだといいんですけどね……」


 そんな鈴の成長に大きな期待を寄せる平七郎だったが、彼女はぬらりんの中で苦笑いを浮かべると、曖昧な返事を彼に返した。


「……ハァ……ハァ……クソウ! あんなヘタレにこのワタシが負けるなんて!」


 一方、惜しくも2位に甘んじた中国人会側の陣営では、負けた悔しさに皆が歯ぎしりをしていた。


「デモ、次は絶対、負けないヨ!」


 力を使い果たし、地面に落した本物の饅頭マントウの如く地に倒れ伏すマントウくんの中で、李姐豆は悔しさをバネに決勝戦でのリベンジを固く心に誓う。


「ソウダ! 姐豆! オマエの力、こんなもんじゃないヨ!」


「そうヨ! オマエなら勝てるヨ!」


 荒い息遣いで四角い体を揺らすマントウくんに取り付き、李姐豆の両親である少林軒の店主夫婦は彼女に激しく檄を飛ばす。


「ソウダ! マントウくんが負けるハズナイ!」


「ああ、次は完全勝利ダヨ!」


 他の中国人会メンバー達も、それぞれに激励の言葉を彼女に送る。


「さて、これで決勝に進む第二回戦の勝者は、一位になりました条坊高校ゆるキャラ部のぬらりんと、二位になりました濡良市中国人会のマントウくんに決定しました。さあ、いよいよ次は決勝戦です!」


 そんな中、司会を務める女子アナの冷静なナレーションが、まだ熱狂醒めやらぬ会場内にまたしても響き渡った。


「決勝戦は会場中央に設けられました特設ステージにおきまして、ゆるキャラ同士による日本の国技〝相撲〟で決したいと思います。ぬらりんとマントウくんのお二人は、10分間の休憩の後、再び会場の中央へお戻りください」


「オオ、決勝ハ角力すもうとな。格闘戦ならば姐豆に有利。是ハ、我らの優勝決まったも同然ゾ」


 その競技説明に、李姐豆の武術の師匠にして中国人会の長老でもある李普司リーブースーは、それまで押し黙っていた口を開き、余裕の言葉を発する。


「姐豆、必ずや決勝で勝利シ、マントウくんを公認キャラにシテ濡良中華街ヲ世ニ知らしめるのダ!」


「ハイ! 老師ラオシー。必ずや勝利ヲ我ガ手ニ……」


 師の言葉に李姐豆は大きく頷くと、マントウくんのミトン拳を高く天に突き上げた――。




 ところで、そうしてゆるキャラ部、中国人会の両陣営が優勝に向けて意欲を燃やしているその頃、応援席側ではあずながまだ見えぬ友人の姿を探し続けていた。


「――もう、レイ。ほんと何やってんだよ。もうすぐ決勝始まっちゃうよ? ……もしかして、どっか別のところで見てるのかなあ?」


「しかし、あのゆるキャラ部の着ぐるみに入ってたやつ、なかなかいい走りしてたなあ」


 他方、額に手をかざし、満員の会場を見渡すあずなのとなりでは、待井が今のレースを思い返して、そんな感想を述べている。


「やっぱ、あの水泳部の荒波って子が入ってたのか? でも、大怪我してるって話だから、あんな走りはできないと思うんだが……ま、いずれにしろ、着ぐるみ着てもあれほど速く走れるやつだったら、ぜひともうちの部にスカウトしたいところだ」


「そうですねえ。確かに陸上部顔負けの走りしてましたよねえ……って、まさかっ?」


 なおも会場内に友人の姿を探し、灯台のように体をゆっくり旋回させながらそれに答えるあずなだったが、そこで不意にある考えが頭を過る。


「もしかして、あれ、着てたのって……」


「……ん? 糸矢、お前、あれに入ってた奴に心当たりあんのか?」


 その反応に、待井はあずなを見上げて尋ねる。


「……い、いえ、わたしの勘違いです。そんなこと120パーあり得ませんから」


 ……一瞬、そんな気もしちゃったけど、まさか、あの極度のあがり症のレイがそんなことするはずないもんねえ……。


 あずなは彼女の常識の範疇で考え直し、その可能性を完全に否定した。


「なんだ、そうかあ。そりゃ残念……もし知り合いだったら、糸矢の方からうちの部に誘ってもらおうと思ったのになあ」


「テヘヘ…それは、ぬか喜びさせちゃってすみません……んにしても、ほんとにレイ、どこ行っちゃったんだろ?」


 大袈裟な仕草で落ち込む待井に苦笑いを浮かべると、あずなは再び行方不明の友人を探して、黒山の人だかりでごった返す会場内を遠くまで隈なく見渡した――。


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