みっしょん15 勘違いと決意(2)

「……?」


 鈴のその声に、部員達は一斉に鈴の方を振り返る。


「安室鈴……さん?」


 平七郎が、いつになく驚いた顔で彼女の名を呟く。


「君は?」


「……あ! …か、彼女がもう一人の最適合者、安室鈴さんだよ」


 怪訝な表情を浮かべる茉莉栖に、我に返った平七郎が説明する。


「ああ、君が……だが、確か二度の説得にも頑なに拒否したと聞いていたが……」


「そうか! やっぱり来てくれたんだね!」


 訝しげに眉を寄せ、なおも疑問を口にする茉莉栖だったが、平七郎の方は顔色を明るくするとうれしそうに語りかける。


 そんな平七郎に、鈴はちょっと恥ずかしそうな、それでも何か強い意志を秘めたような複雑な表情でコクリと頷いた。


「荒波さん、あたしが着るよ……」


 そして、着ぐるみの傍らにいる舞の方を向くと、彼女にはっきりとそう告げる。


「無理しなくでもいいのよ。わたし、大丈夫だから……」


 しかし、それでも舞は何も問題はないというように、いつもの無表情を装ってみせる。


「フフ…無理してるのはどっちだよ。そんな姿見て、ほっとけるわけないじゃない」


 そうした舞の強がりに、鈴は穏やかな笑みを浮かべて答えると、再び茉莉栖や平七郎の方を向き直って切実な声で訴えた。


「お願いします! 荒波さんの代わりに着ぐるみを着させてください! あたし、あがり症だし、うまくできるかわからないけど……でも、それでもなんとか、がんばってやってみますから! あたしが、ぬらりんの装着最適合者、安室鈴です!」 


「……うむ。いい目だ。君ならば、我らのぬらりんを任せてもよさそうだな」


 鈴の真剣な眼差しをしばし黙って覗き込んでいた茉莉栖も、彼女の並々ならぬ意気込みにそのことを快く認める。


「荒波君、君はぬらりんの着ぐる開発に関し、これまでよく我々の期待に応えてくれた。ぬらりん初号機がここまでの高水準な着ぐるみにレベルアップできたのもすべて君のおかげだ……君は十分過ぎるほどに自分の役割を果たした。後は彼女に任せるがいい」


「……はい」


 茉莉栖のその言葉に、舞は普段通りの抑揚のない声で、だが、ほんの少しうれしそうに頬を赤らめた。


「よし! 装着者変更だ! もう時間はないぞ! 急いでぬらりん初号機の内部フレームを荒波君の体型から安室君のものに合うよう調整! 装着者の体調監視システムも安室君のデータに書き換えろ! 急げ!」


「了解!」


 一瞬のほのぼのとした雰囲気から一転。続いて茉莉栖の発した号令に、敬礼を返した部員達は一斉に各々の仕事へと取りかかる。


「安室君、君にこのゆるキャラ部のすべてを託す……では、任せたぞ」


 皆が慌ただしく行き来する中、茉莉栖は改めて鈴にぬらりんの操縦を依頼する。


「はい!」


 その言葉に鈴は、よりいっそう力強い眼差しを向けて首を縦に振った。


「こんな時のために用意しといた予備の装着者スーツだ。さ、早くこれに着替えな!」


 と、そんな鈴の鼻先に突然、瑠衣の逞しい手が傍らから何か青色のものを突き出す。


 鈴が両手で受け取って拡げてみると、それは股間の鋭角ラインもかなり過激な、ハイレグカットの競泳水着のようなコスチュームだった。舞のものと色違いである。


「えっ? ……こ、これを着るってことですか?」


「ああ、そうだよ。でなきゃ、今着てる服が汗だくになっちまうよ。そんなんで帰るのは嫌だろ? さ、更衣室はこっちだ。早くおし!」


 そのあられもないデザインを見て目を丸くする鈴だったが、瑠衣は構わず彼女の手を取ると、べニヤ板で仕切られた着替え用スペースの方へと彼女を引っ張って行く。


「キャ~っ! や、やめてください! そ、そこは……イヤ~っ! エッチぃぃぃ~っ!」


 直後、薄い仕切りの向こう側からは、そんな男子の想像力を掻き立てるような鈴の叫びが聞こえて来る。


 無論、その魅惑的な桃色の声に、健全な男子である東郷と真太は思わず手を止めて耳をそばだててしまう。


「こら! そこのエロ男子二人! 手がおろそかになってるぞ!」


「お、おっと、いけない。思わずオスとしての自然な反応を……」


「お、おいらは別に何も……」


 だが、茉莉栖に咎められて二人も早々作業に戻り、手慣れた手つきのゆるキャラ部員達によって、ぬらりん初号機は着々と鈴装着仕様に調整されてゆく……。


 そして、あまり時を置くこともなく、着ぐるみの準備は万事整えられた。


「装着準備、かんりょ~♪」


 紅白幕で仕切られた空間に、ひかりの明るい声が響き渡る。


「よし! ぬらりん初号機装着開始!」


 それを聞いた茉莉栖の合図で、着替えを終えて出てきたばかりの鈴に着ぐるみの取り付けが始められる。


「は、恥ずかしいんで、あ、あんまり見ないでください……」


 〝きわどい〟装着者専用スーツに身を包み、頬を赤く染めた彼女は、なんだか気恥ずかしそうに小柄な体をもじもじとさせながら、むしろより男子を萌えさせる仕草でぬらりん初号機の胴体部に足を通す。


「胴部装着完了! 背面部ファスナー限界点まで到達!」


 背中のファスナーを上げ、瑠衣が叫ぶ。


「頭部装着完了。頭胴部ジョイント、ロックします!」


 頭部を鈴の頭に被せ、真太が報告する。


「レイちゃん、どうだい? ちゃんと見えてるかい?」


 着終わった鈴に、平七郎が早くも〝ちゃん〟付け、しかも音読みで馴れ馴れしくその名前を呼び、ビデオカメラ片手に手を振って視界の確保を確認する。


「は、はい! なんとか……」


 鈴は着ぐるみの目と口の部分に設けられたスモークガラス状のプラスチック板から平七郎の姿を確認し、緊張した面持ちでそう答えた。


 プロトタイプである〝ぬらりん零号機〟においては口の部分にだけ作られていた覗き窓を、改修された〝初号機〟では装着者の頭が来る位置を高くしたことで、口ばかりでなく着ぐるみの目の部分にも設置できるよう改造がなされた。これにより、改修後のぬらりんは大幅に視界を広くすることにも成功しているのだ。


「安室さん、体へのフィット感はどう? ゆるかったり、きつかったりしない?」


 次に、いつの間にやらタブレットの画面に向かっている真太もそう問いかける。


「う、うん……妙にしっくりくるっていうか……なんか、初めからあたしのために作られてたみたい……」


「シンクロ率はどうやらいいみたいだな……ま、君はもともと荒波と体形が似てたってこともあるけど、これこそがおいらの作った調節可能内部フレームの真価ってやつさ」


 ミトン状の手を握ったり開いたりしながら、その絶妙なフィット感に驚いている鈴に対して、真太は自慢げに胸を張ってそう嘯く。


「加えて今回は尾藤とも相談して、着ぐるみの各部に目立たないようメッシュ生地を貼ったスリットを開け、内部の温度上昇をある程度抑えられるようにもしてある。その上、腰部に付けた二つのボタンを押すことで、さらに二種類の冷却装置も作動するようになってるんだ。はい、これがそのマニュアルだからよく見といて」


 続けて真太はそう言うと、『ぬらりん初号機操作マニュアル』と表紙に記された白い冊子を着ぐるみの顔の前で開き、鈴にその中身を見せてやる。


「……こ、これをほんとに使うの? ……右側のボタンの方は別にいいけど……左側のやつは……あたし、とてもじゃないけど恥ずかしくて押せない……」


 すると鈴は、なぜか顔色を曇らせ、それを使うことに難色を示す。


「まあ、そっちはもしもの時の最終手段だからね。使う可能性は低いから安心してよ……じゃ、そういうことで行くよ? 装着者体調監視システムスタート! 補助具外して!」


 そんな鈴に確認を取ると、真太はタブレット画面のエンターに触れ、瑠衣に合図を送る。


「補助具解除!」


 その声に、瑠衣が着ぐるみを支えていた補助具を素早く取り除く。


「よし! 安室君、ちょっと歩いてみろ。どうだ? 行けそうか?」


 補助具が外され、自立したぬらりん初号機内の鈴に茉莉栖が尋ねた。


 零号機同様、少々…いや、かなり頭でっかちな〝ぬらりん〟が自力でバランスを取れるかが、この初号機においても最も心配されていた点なのである。


「……はい! 行けそうです!」


 しかし、鈴はぬらりん初号機をひょこひょこと歩かせ、はっきりとした声でそう答えた。


「うむ。どうやら大丈夫そうだな……」


 その動作に茉莉栖がとても満足げな様子で頷いていると、ちょうどそこへ会場の方からスタッフの職員が入って来て彼女らに告げる。


「条坊高校ゆるキャラ部の皆さん、そろそろ出番でーす」


「はい! こちらは準備完了です!」


 いよいよ戦闘開始を告げるスタッフの声に、返答した茉莉栖は部員一同の方を向き直り、彼ら同志を前にして高らかに演説をつ。


「今、我々は最強の着ぐるみと、そして最良の装着者を手に入れた! 最早、我らの進む道を阻むものは何もない。ここまで来たからには是が否にでも濡良市公認ご当地キャラの座をこの手に掴み取るのだ! これまで、この無謀な計画に心血を注ぎ尽力してくれた我が同胞達よ、いざ、我らのゆるキャラとともに参らん……ぬらりん初号機、発進っ!」


「はい! アム……もとい! 安室、いっきまあぁーす!」


 心を震わす茉莉栖の声が、そして、それに答える鈴の雄叫びが、ぬらりん初号機の頭上に広がる晴れ渡った秋の青空に響き渡った――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る