みっしょん14 安室、迷う(1)
――パーン! ……パーン…!
大勢の観客で騒然とした会場の上に広がる青空には、白煙とともに花火の乾いた爆音が響き渡る。
その音に惹き付けられるかのように、まだまだ多くの人々が、ここ〝伝遷都予定地公園〟へと市内の各地から…否、他市町村、他県からも集まって来ている。
「ほら、レイ。そんなぼーとしてると迷子になっちゃうよ!」
「う、うん……」
そんな会場へと向かう人々の流れの中に、私服姿の安室鈴と糸矢あずなの姿もあった。鈴は青のプルオーバーに白のキュロット、あずなは赤のエプロンドレスである。
平日だというのに鈴達が学校へも行かず、制服も着てないのには理由がある。
今日は〝とあるイベント〟のために濡良市内の小・中・高校は休校となっており、彼女達も休日を利用して、その〝とあるイベント〟を見物に来ているのだ。
「あの門見るとさ、遷都予定伝説がほんとかどうかはともかくとして、やっぱ濡良市民としてはテンション上がるってもんだよねえ~」
「う、うん……」
彼女達の目指す先には、鮮やかな朱色の柱と白い壁に彩られた大きな〝朱雀門〟が、晴天の空の下、威風堂々とその巨体を誇示している。
朱雀門とは、都の宮城(※天皇の住居と官庁街にあたる区域)の南の正門にあたる門のことであるが、なんでそんなもんがここにあるのか? といえば、それは20年ほど前、市が町おこしのためと称して「おそらくここが、その都が築かれる予定地だった所だろう……たぶん」と確かな根拠もなく云われるているこの場所に公園を整備する際、「やっぱ都といったら朱雀門だろう」と、ついでに大枚はたいて造ってしまったからである。
んな胡散臭い伝説をもとに朱雀門まで造ってしまうとは悪ふざけもいいところであるが、それでも現在では濡良市民のシンボル的建造物になっており、本日、鈴達が見に来ているイベントもこの朱雀門を前にして行われるのである。
そのイベントが何かということは、今更、言うまでもあるまい……。
9月9日、重陽の節句。
濡良市制が始まった記念日でもあるこのよき日に、遷都予定伝説に
「ま、レイはいろいろあったから複雑な思いもあるだろうけど……こうなっちゃうとさ、もう、ゆるキャラ部を応援しないわけにはいかないって感じだよねえ~」
「う、うん……」
朱雀門を見上げながら話しかけるあずなに、鈴は先程からそう短く頷くばかりである。
条坊高生達の多くがそうであるように、鈴もあずなに誘われて、この世紀の一大イベントを見に来たわけであるが……来てみたはいいが、やはり鈴としては複雑な気持ちである。
といっても、それはあずなの思っているようなものともちょっと違う。
確かに、着ぐるみの装着者などという、鈴にとっては一番苦手とする役にスカウトされて不快に思ったということもないではないが、それ以上に何か、それを断った自分に後ろめたさを感じているとでも言おうか、自分は本当にその選択をしてよかったのだろうかという、なんともすっきりとしない心境に鈴は苛まれていたのである。
特に、あの荒波舞の家を訪れて以来というものは……。
あの子は、あんな大怪我してもまだ着ぐるみを着ると言っていた……もしかして、本当に今日もあの着ぐるみを着て選手権大会に出るつもりなんだろうか?
……あんなギブスまでしている状態で……そんなことをして、あの子は大丈夫なんだろうか?
どうしても、鈴の頭からは荒波舞のことが離れなくなっている……彼女のことが心配というか……なぜか気になってならないのだ。
……ううん。あたしやあの子じゃなくたって、誰だって着ぐるみに入ることはできるんだもん。きっと今日は誰か他の生徒が着て出るに決まってる……うん。きっとそうだ……。
不安の広がる心の均衡を保つため、強引にそう決めつけて納得しようとする鈴だったが。
「おーい! 安室ーっ! 糸矢ーっ!」
そんなところへ、ガヤガヤと混み合う人ごみの中から鈴達を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ん? ……あっ! 待井先輩達だ! やっほーっ! せんぱーい!」
あずなが声のした方に視線を向けると、そこにはたくさんの人の頭の間から手を出して振る、待井隆太や同じ陸上部の先輩達の姿が見える。
「せ、せ、せ、せんぱい!?」
あずなのその言葉を聞くや、はしゃいで手を振り返す彼女とは対照的に、鈴は条件反射のように硬直し、自分を小さく見せるかのように俯いてしまう。
「お疲れ。お前らも来てたんだな」
部の仲間達とともに近付いて来た待井は、鈴達の前で立ち止まるとそう声をかけた。
「お疲れさまです。やっぱり先輩達も来てたんですね」
あずなは愉しそうな笑顔を浮かべて、明るい声で待井達先輩に挨拶する。
「………………」
対して鈴の方はいつもの如く緊張し、下を向いたまま待井の姿を見ることもできない。
特に今日の待井は普段見慣れた制服やジャージ、短パンといった格好とは違い、これまでほとんど見たせことのなかった鈴達と同じ私服姿――グレーのパーカーにジーンズというプライベートの垣間見られる格好なのである。
そのレアで新鮮な憧れの先輩の姿に、鈴の〝あがり〟っぷりは今、最高潮に達している。
「ま、ゆるキャラ部にはいろいろ思うところもあるけどさ、こうなったからにはぜひとも条坊高校から濡良市公認のキャラを出してもらいたいって感じだよ。なあ、安室?」
そんな鈴の態度はいつものことなので気にする様子もなく、待井はさっきあずなが口にしていたのと同じようなことを言って彼女に話を振る。
「えっ? ……あ、は、は、はい……」
突然の振りに鈴は一瞬、顔を上げるも、再び俯いて、よく回らぬ口でそれだけを答えた。
「そういえば、着ぐるみ着る予定だった水泳部の子が大怪我したんで、東郷やつがもう一度、安室んとこ頼みに来たんだってな。また断ったらしいけど」
「あ…えっと……はあ……」
その質問にも鈴は短く、曖昧な返事を返す。
「まあ、怪我した子は着ぐるみ内の温度が上り過ぎて、その熱でおかしくなって事故ったって話だろ? そんなの、なおさら着る気になんてならないよな。他にもいろんなやつに依頼したらしいけど、結局、誰もなり手はなかったみたいだし」
「え……?」
「今日は誰かが着るのかなあ? ……東郷かな? それとも部長の乃木自身か?」
「そう……なんだ………」
首を捻り、ドラマの配役予想をつけるかのように言う待井のその言葉に、鈴は少し驚いたような顔で小さく呟いた。
きっと、自分や荒波舞以外の誰かが引き受けてくれただろう……そう思っていた希望的観測が外れたからである。
「でも、ちょっと残念ではあるかもな。もしその話を受けてたら、今日の主役は間違いなく安室だったのに。んで、もしも、ゆるキャラ部のゆるキャラが優勝して濡良市公認キャラにでもなった日には、安室はもう全校生徒…いや、濡良市民のヒロインだぜ?」
しかし、そんな鈴の心情などおかまいなく、待井は話を続ける。
「ひ、ヒロインだなんて……あ、あたし……そういうの……む、向いてないですから……」
なおも緊張したまま、目を逸らして答える鈴だったが、待井は思わぬ感想を述べる。
「そうかなあ? 俺はそっちの方が安室に似合ってると思うけどなあ……」
「え……?」
「安室はさあ、いつも引っ込み思案でおどおどしてる感じがあるけど、なんか、それは本当のお前じゃないような気がするんだよな。なんていうか……こう、もっと弾けてる方がしっくりくるっていうかさ」
「そ…そんなことは……あ…あたし……そういうの……に、似合いませんから……」
「いや、俺はそうは思わないぜ? 大会とかじゃガチガチに緊張しちまってるだけど、練習ん時はものすごく伸び伸び走ってるじゃん。その方が断然、安室に向いてるよ。俺もそんな安室の方が好きだし」
「す! ……す、す、す、スキぃっ!?」
待井が軽い気持ちで発したその言葉に、鈴は過剰反応してしまう。
まあ、それに深い意味はないにしても、憧れの先輩の前で緊張感MAXなところへ持って来て、そんな〝好き〟などという言葉を言われた日にゃあ、そうなるのも無理はない。
「……わ、わ、わたし……ちょ、ちょっと……お、お手洗いに行ってきますぅぅぅ~っ…!」
そして、顔を大気圏突入時の縮熱で熱せられた物体よりもさらに真っ赤に上気させると、鈴は皆にそう告げて、全速力でその場を逃げ出してしまう。
「あっ! おい……」
それにはさすがに待井も異常を察し、思わず声を上げて走り去る彼女の背に手を伸ばす。
「……俺、なんか、悪いこと言ったか?」
「いえいえ。レイの病を治療するには、これくらいの強い刺激を与えませんと」
呆然とした顔で尋ねる鈴の思い人に、となりに立つ親友のあずなは腕を組み、なんだか偉い医者のような態度でそう答えた――。
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