みっしょん12 零号機熱暴走事故(2)

 映像が切れると、何者かの操作によってプロジェクターが停止され、スクリーンは薄闇にぼんやりと白く浮かぶただの幕へと姿を変える。


 それと入れ替わり、今度は茉莉栖の頭上にある蛍光灯だけが明滅し、まるで裁判を受ける被告人をスポットライトで晒すかのように、そこに立つ彼女の姿だけを闇の中に照らし出した。


「この失態、どう責任を取るつもりかね? ゆるキャラ部部長・乃木茉莉栖」


 正面に座る生徒会長が、映像を見終わるやすぐさま茉莉栖に向かって尋ねた。


 彼女を囲んで「コ」の字型に配置された机には、前回同様、生徒会理事の面々が自分の席に着いている。


 ただし今日は休日ではないため〝ディスプレイ〟ではなく、そこにいるのは生身の本人達だ。


 また、今年度も始まってから早半分が過ぎようとしており、前回は「欠席」になっていた1年学級委員代表の席もすでに埋まっていた。


「これは憂慮すべき事態ですよ? 学校側からも、あなたの部長としての危機管理能力を疑う声が出ています」


 生徒会長に続き、その向かって左どなりに座る副生徒会長も茉莉栖の責任を問う。


 しかし、機密保持のためか? それとも表情を読まれたくないのか? 明かりの乏しい室内の闇に紛れて理事達の顔はほとんど覗い知ることができない。


 彼らの前に置かれたディスプレイの放つ青白い光で、辛うじて口元が下から照らし出されている程度である。


 その一方で、唯一煌々と光る蛍光灯の明りを浴びせられた茉莉栖の姿は、まるで見世物の珍獣か何かのように彼らの目にはよく見えているはずだ。


「着ぐるみは中破、装着者は重傷……ご当地キャラ選手権大会へのエントリーはすでにすんでいるのだろう? それで出場辞退とあっては本校の恥だぞ?」


 今度は3年生学級委員代表が、上から目線で知ったような口を茉莉栖に叩く。


 フン…偉そうに批判するだけで、何もわからぬ俗物どもめが……。


 そう心の中で思いつつも、茉莉栖は丁寧かつ威厳のある口調で彼らの非難に答えてやる。


「ご心配には及びません。すでに着ぐるみの方は修復を施し、現在、八割方までの回復に至っています。それに今回の事故によって判明した欠点を考慮しての新たな改良も試みており、改修後は零号機よりも機体性能の大幅にアップした着ぐるみとなることでしょう。確かに今回の事故は非常に痛ましいものではありましたが、そうした点からすれば、全体的に見てむしろプラスになったとも考えられます」


「フン。事故の責任を棚に上げて、よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」


「まったくもって詭弁ですわね」


 茉莉栖の返答に、右側の運動部代表、文化部代表の方からそんな野次が上がる。


「あの、装着者についてはどうなんですか? その怪我を負った荒波舞さんは、これまでずっと着ぐるみを自在に操るための特別訓練を受けていたんですよね? ですが、報告にあったような様態では選手権大会までに完治するのはまず無理だと思われます。となると、例え誰か代わりの人間を立てたとしても、その荒波さんには到底及ばないような……」


 次に口を開いたのは1年生学級委員代表だった。


 彼はまだ慣れない初々しい口調で、装着者についての件をおそるおそる茉莉栖に問い質す。


「いえ。それも心配はご無用。身長・体重・運動能力などのデータにより、荒波舞と同程度に着ぐるみ装着に適した者が判明しています。その者ならば、短時間の慣性訓練でそれ相応の技術水準にまで到達することができるでしょうし、すでにその者の確保へも手は打っておりますのでご安心を。それに、もしその者が駄目だったとしても、多少レベルが落ちる程度の者ならばまだまだ幾人もいます。人材の確保にはさして問題はないでしょう」


 1年生代表の質問にも茉莉栖は言い淀むことなく、そう、さらりと切り返した。


「まあ、本当に君の言う通りならば問題はないが……こちらに入ってきている情報によると、選手権大会への出場チームは本校の他に濡良市銭湯組合、濡良市仏教寺院連合会、濡良市中国人会の3チームがエントリーしているとのことだ。相手はどれもこの町に根付いた伝統ある大きな組織……そんな強豪相手に君達は勝てる自信が本当にあるのか?」


 責め苛む生徒会理事達を前にして一歩も退くことのない茉莉栖の姿に、今度は風紀委員長が困難な質問を投げかけてくる。


「無論。我々は勝つことだけを考えてやっています」


 だが、その質問にも茉莉栖は間髪入れずにそう答えると、口元に不敵な笑みを浮かべる。


「フン! どこからその無謀な自信が湧いてくるんだ?」


「まったく、身の程知らずもいいとこですわ!」


「そ、そうだ! お前達がそんな強敵に勝てるわけがない! ここはやはり、誰か他の者にこの計画は任せるべきだな」


 対して運動部代表、文化部代表、そして前回、こっぴどく茉莉栖に言い負かされた2年代表は、ここぞとばかりに罵声を浴びせてくる。


「ならば!」


 そんないつになく騒がしい生徒会室に、茉莉栖の一喝が響き渡る。


「ならば、我らの代わりにあなた方がこの計画を引き継いで行いますか? もちろん、選手権では必ず優勝することが前提条件ですよ?」


「………………」


 その言葉に、それまで騒々しかった室内は完全に沈黙した。


 フン、口先だけで何もできんクズどもは黙って指を咥えて見ていろ……。


 茉莉栖は、再び心の中で彼らを見下すようにして本音を呟く。


「すべての責任は私がとります。まあ、黙って私に任せておいてくださいな」


 そして、真っ直ぐ前を見つめると、再び不敵な笑みをその美しい顔に浮かべて、茉莉栖ははっきりとそう言い切った。

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