みっしょん12 零号機熱暴走事故 (1)

 東郷平七郎が再び安室鈴のもとを訪れていたその頃……。


 ゆるキャラ部司令の乃木茉莉栖は、生徒会室で映研の撮ったドキュメンタリー映画の記録映像を見直していた。


 暗幕の引かれた薄暗い生徒会室に、プロジャクターの微かなモーター音が木霊している。


 そして、部屋の隅に貼られた白いスクリーンには、学校近くの河川敷の映像がデカデカと映し出されている……。


「――よし。これより市民へのPRも兼ねた長時間走行実験を行う。荒波君、この河川敷の道をあちらの橋の所まで行って、向こう岸に渡ってからまたここまでも戻って来てくれ」


 スクリーンの中で、橋の袂に立って腕を組む、条坊高校指定の夏服に身を包んだ茉莉栖が言った。


 紺色のブレザーから一変、白い半袖ブラウスと水色タータンチェックのスカート、ハイソックスも紺から白にチェンジしたが、ミニスカートの裾との間に構成される〝絶対領域〟が相変わらず野郎どもの目に眩しい……。


 その絶景をもっと見ていたいところであるが、今度はカメラがズームアウトされ、夏の太陽に焼かれて陽炎立ち上る、遠く彼方の橋の映像が映し出される。


「荒波君、いけるな?」


 再びカメラが戻り、そう尋ねる茉莉栖の傍らには〝ぬらりん零号機〟に入った舞と、同じく夏服を着て、暑そうに団扇を煽ぐ平七郎、ひかり、瑠衣、真太のゆるキャラ部の面々の姿も見られる。


 ちなみに団扇の柄は江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕とりやませきえんの『画図百鬼夜行がずひゃっきやぎょう』をもとに、ひかりの描いた〝ぬらりひょん〟の絵だ。


「はい。問題ありません……」


 その〝ぬらりひょん〟をゆるキャラ化した着ぐるみの中からは、茉莉栖に答えて、くぐもった舞の声が聞こえて来る。


「だが、この暑さだ。もしも途中で駄目だと思ったら遠慮せずに言ってくれ」


「いいえ。大丈夫です……」


 万が一に備えた茉莉栖の注意にも、舞はいつもの如く抑揚のない声でそう答えた。


「そうか。では実験開始だ。西村君!」


「はい。装着者体調監視システム準備完了!」


 振り向くことなく尋ねる茉莉栖に、真太は手にしたタブレットPCを見つめながら頷く。


「東郷君!」


「ういっす。こっちも準備OKだ」


 次に訊かれた平七郎は、首から下げた双眼鏡を片手で持ち上げて見せる。


「よし! 荒波君、長時間走行実験スタート!」


「了解……」


 茉莉栖の合図に、舞の入った〝ぬらりん零号機〟はくぐもった声をその場に残して走り出した。


 普通に人が走るよりはずいぶんと緩い速度であるが、それでも懸命に脚を動かし、遠ざかって行くぬらりん零号機……その後、しばらくして一旦画面が途切れ、今度は対岸を遠くからこちらへと走って来る映像に切り替わる。


「そろそろ走り始めてから15分か……どうやら問題なさそうだな」


 遠くに小さく見えるぬらりんを眺めながら、茉莉栖が安心したように呟く。


「ああ。いい走りっぷりだ」


 双眼鏡でそちらを覗い、平七郎も競馬のレースを見守るようにして頷く。


「……ん? 15分? ……あああっ! あれ着て走った時の体温上昇率からすると、中はそろそろ人間の活動限界値を超える高温になっているはずですよ!」


 しかし、タブレットの画面に映し出される「体温上昇率/時間(分)」のグラフを見ていた真太が、今、気付いたというように慌てて大声を上げた。


「なにっ!?」


 その言葉に、茉莉栖も嫌な予感を感じて真太の方を振り返る。


「ねえ、あれ、なんか変じゃないかい?」


 と、ちょうどその時、瑠衣が小さなぬらりんを睨むように見つめ、怪訝そうに言った。


「そいえば、なんだか走ってるというより踊っているような……」


 それにはひかりも額に片手をかざしながら同調する。


「……ああ。確かにあれは踊ってるな……こりゃ、なんかマズイかもしれん」


 唯一、双眼鏡で遠くの状況もつぶさに確認できる平七郎も、その二つの筒を覗き込みながら不吉な予感を口にする。


「荒波君っ!」


 そして、ゆるキャラ部の部員達は一斉にぬらりんへ向けて走り出す……その後を、画面を激しく上下左右に揺らしながらカメラもついて行く……。


 ゆるキャラ部員達の背中越しに段々と近付いてくるぬらりん零号機……。


 よく確認できる位置にまで行くと、それはまるで何かに取り憑かれでもしたかのように手足を大きく振り回して暴れていた。


「荒波君っ!」


「舞ちゃんっ!」


「荒波っ!」


 全速力で走りながら、部員達が舞の名を懸命に叫ぶ。


 だが、茉莉栖達が辿り着くわずか寸でのところで、舞を入れたぬらりん零号機はくるくると輪舞ロンドを踊るようにして、夏草の生い茂る土手を河原へと転げ落ちて行った。


「荒波君っ…!?」


「きゃあああーっ!」


「ああっ!」


 一瞬にして騒然となるその場の空気。


 茉莉栖を筆頭に部員達は転落したぬらりんへと堤防を駈け下り、カメラもその後を追う。


「誰か、そっちを持ってくれ! 早く荒波君を外に出すんだ! チッ…ロックが外れん……痛っ…くううっ!」


 駆け寄った部員達はてんでに着ぐるみの各所に取り付き、中の舞を救出しようと焦る。


 茉莉栖が指に怪我を負いながらも壊れたロックを強引に解除し、皆が上下に引っ張って頭部と胴体を取り外す……。


 すると、中からはハイレグカットの白い競泳用水着のような装着者専用スーツを身に纏った舞が、気を失い、ぐったりとした様子で姿を現した。


「救急車だ! 早く救急車を呼んでくれ!」


 舞を抱え、茉莉栖が誰にともなく叫ぶ。


「……あ、はい。救急の方です。今、条坊高校の裏の河川敷にいるんですけど…」


 それを聞き終わるよりも早く、すでに平七郎はスマホで119番へ電話している。


「ちょっと! あんたなに撮ってんだい! こんな時に!」


 いまだ回り続けているカメラに気付いた瑠衣が、近付いて来てレンズを手で覆う……と、そこでザー…という不快な雑音とともに映像はブツリと途切れた――。




 

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