みっしょん10 始動! ぬらりん零号機

 「ゆるキャラ部いろいろと記念パーティー」の二日後。


 日曜を挟んでの翌週の月曜……。


 この日より、対ご当地キャラ選手権大会用ゆるキャラ部オリジナルゆるキャラ〝ぬらりん〟の着ぐるみ制作及びその運用のための準備が実質的に始まったわけなのであるが、この頃にはゆるキャラ部の選手権参加の話は条坊高生の間でも広く知られるようになっており、そのお祭り騒ぎに一つ乗っかってやろうする者達も多少ながらに出てきていた。


 特に映画研究部などは、もしも万が一、その作ったキャラが濡良市公認のものとなった時の便乗商売を考え、そこに至る彼女らの活動を記録したドキュメンタリー映画『ゆる熱大陸』という、どこか聞いたことのあるようなタイトルの撮影を行ったりもしていた。


 せっかくなので、ここからはその映画を使って、ゆるキャラ部員達の着ぐるみ制作の軌跡を追って行きたいと思う――。




 条坊高校映画研究会制作ドキュメンタリー映画

 『ゆる熱大陸』

       監督・撮影・語り 黒澤明雄(映研部部長)

       音楽 葉久士次郎はくしじろう(バイオリン部)

       出演 ゆるキャラ部・その他条坊高校の生徒・濡良市の皆さん

            


 まだ、新学期も始まって間もないある日、その無謀なプロジェクトは始まった。


「そんじゃ、ぬらりんの詳細なイラスト描いてきたから、これをもとにして作ってね☆」


 ゆるキャラのデザインを担当した技術将校・高村ひかりが言う。


「なんだいこりゃ? 寸法が入ってないじゃないか? これじゃ型紙も作れやしないよ」


 高村の見せたイラストに、外部装甲担当技官・尾藤瑠衣が文句を付ける。


「仕方ないよ。あたしデザイン担当だもん。そこら辺はもう瑠衣ちゃんにお任せ♪」


 だが、高村は気にすることもなく、尾藤に答える。


「ったく、簡単に言ってくれるねえ……せめて縦と横の幅くらい決めといておくれよ。ええと、中に入る荒波だっけ? あの子は身長いくつだい?」


 不満を漏らしつつも、すぐに仕事に取りかかかる尾藤。


「身長155センチ、バスト84センチ、ウエスト55センチ、ヒップ82センチだよ。中のフレームはそれに合わせるから、外側はプラス10センチってところかな?」


 もう一人の技官、内部構造担当の西村真太が答える。


「そっか。んじゃ、高さは175くらいだね……っていうか、なんであんた、そんな詳しく荒波のサイズ知ってんだい? ……あんた、もしかして変態かい?」


 だが、西村に疑念の目を向ける尾藤。


「バ、バカ言え! 東郷さんに教えてもらったんだよ! 中を担当するおいらには必須のデータだから止むを得ず訊いたんだ!」


 必死に言い訳をする西村。


「ふーん……まあ、そう言えば、正々堂々と女の子のスリーサイズを聞けるってわけだ」


「な、なに変な勘ぐり入れてんだよ! やめろ! そんな目でおいらを見るな!」


「まあまあ。真太くんがどんなに変態さんでも、とりあえず仕事に支障はなさそうだからいいじゃない。真太くんはロリコン部でも栄え抜きの人材なんだから」


 呑気な高村が彼らの仲裁に入る。


「おいらは変態なんかじゃないっ! ってか、ロコン部じゃなくて、ロコン部だ!」


 なおも言い訳をする西村。


「どこが言い訳だっ? おい、放送部! 勝手に変なナレーション入れるのやめろ!」


 こうして不安要素を内包しながらも、新規に採用された臨時部員達によって着ぐるみの制作は着々と進んでいった。


「――うーん……まあ、この生地でいいんじゃないかい?」


 そんなある日、尾藤は司令の乃木茉莉栖と副司令の東郷平七郎に共なわれ、着ぐるみの生地選びに出かける。


「そうだな。このモコモコ感はゆるキャラって感じだ」


 尾藤の選んだ生地に乃木の鋭い視線が注がれる。最高責任者である乃木は、要所々〃に自らも赴き、作業の進捗状況を密かに監督しているのだ。


「失敗した場合も考えて、これくらいは必要かな? おばちゃん、この長さでいくら?」


 馴染みの生地屋の女店主に、布の金額を尋ねる尾藤。


「そうだね。おまけして1万ってとこだね」


「1万!? ……少々予算オーバーだな」


 その金額に乃木が難色を示した。彼女の厳しい表情に、現場には緊張が走る。


「お姉さん、あなたのようにお美しいレディを前に、こんな下世話の話をするのは非常に忍びないのですが、僕らは今、少々懐に余裕がないのです。僕らを助けると思って、どうかもう少し安くしてはいただけないでしょうか?」


 その問題解決に動いたのは東郷だった。


「まあ、お美しいだなんて……それじゃ、お兄さんのために赤字覚悟で負けようかね」


 甘いマスクの東郷の口車に、女主人はさらなる値引きを申し出た。


 こうした時、交渉に長けた彼の話術は大変役に立つ。


 一見、ただの軽いナンパ野郎と思われがちだが、この東郷という男も伊達に副会長をやっているわけではない。


 一方、そんな頃、毛布状の生地で作られた着ぐるみの外側と中に入る人間との間を繋ぐ内部の骨組は、一足早く完成に近付いていた。


「――うーん……こっちじゃ重すぎるかあ……」


 強度と軽量化の狭間で、何度となく構造材選びに試行錯誤する西村。


「やっぱり、これがベストだろうな……」


 頭部の大部分を構成する材料に西村が選んだのは、安直にも発泡スチロールだった。


 ロボコン部では天才と呼ばれる西村だが、所詮は高校生。それが彼の発想の限界である。


「だから、その勝手なナレーションはやめろっ! お前ら、ケンカ売ってんのか?」


 ぼ、暴力反対! ……常に孤独で過酷なこの作業に、西村はキレやすくなっている。


「おまえ、本気でこのハンマー投げるぞ!」


 ぜ、前言撤回……常に孤独で過酷な作業は、強いストレスを西村に与える。


「ま、さっきよりマシか……ハァ…荒波、大きさはどうだ?」


 時折、着ぐるみ装着者の荒波舞が実際に試作品を身に着け、より細かな調整をしていく。


「ええ。問題ないわ……」


 自分が入ることとなる着ぐるみだというのに、荒波の反応はいつも淡白だ。


「なかなかそっちは順調なようじゃないさ。こっちも負けてらんないね」


 そんな西村達の姿に触発され、完成間近な内側に負けじと、外側を担当する尾藤も懸命にミシンで生地を縫い上げる。


「よっしゃー! 右脚、上がったよ!」


 頭、腕、胴、足と徐々に姿を現していく〝ぬらりん〟の各部パーツ……。


 作業開始より三ヶ月が過ぎた7月初旬、内部構造とそれを覆う外部装甲はほぼ時を同じくして完成した。


「よし! 内部のフレームはこれでOKだ。後はこれに外部装甲を取り付けるだけだな」


「ああ、うまく合ってくれりゃあいいんだけどねえ……」


 内部と外部の合体に、それぞれの担当である西村と尾藤の期待も高まる。


 しかし、ここで思わぬ問題が発生した。


「……ん? ちょっと待ちな! なんだい? このいろいろ付いてる機械の山は!? こんなもん付けといたらクソ重いし、着ぐるみの表面がデコボコしちまうだろうが!」


「何言ってんだよ。これは目に内蔵するカメラとそれで撮った映像用のディスプレイ、集音機とその音を内部に伝えるスピーカーに、装着者の健康状態をチェックするための各種センサー類やその情報を送る無線発信機と…どれをとってもみんな必要不可欠なものだ。多少重くなったり、表面がデコボコするぐらいのことどうってことないじゃないか」


 言い争う尾藤と西村。お互いの着ぐるみに対する認識の違いが二人の間に争いを招く。


「バカお言いじゃないよ! こんなもんのどこが必要だい! デコボコしちまったら、せっかくあたいが苦労して出した絶妙な丸み感が台無しじゃないか! こういったゆるキャラの着ぐるみってえのはねえ、この丸みが命なんだよ、この丸みが! それをこの薄らトンカチが、誰が着ぐるみをこんなロボットにしろっつったんだよ?」


「フン。わかってないなあ。これからの時代を生き残るには、こうしてハイテク化されたスーパー着ぐるみでなければ駄目なんだよ。まったく、これだから素人は……まあ、手芸ヲタの君は黙っておいらの作ったフレームに合うものを縫ってればいいんだよ」


「なんだってえ~っ? あんたこそ着ぐるみにはトウシロウのロボットヲタクじゃないさ! こちとら着ぐるみは初めにしても、ぬいぐるみなんざ星の数ほど縫い上げてんだ。そっちこそ、その生意気な口を早く塞いで、おとなしくそのガラクタを捨ててきな!」


「ガラクタだとおーっ? おいらの作品をガラクタ呼ばわりすることは許さないぞ!」


 それぞれのプロとして、尾藤も西村も自分の意見を曲げようとしない。言葉の応酬が、さらに二人をヒートアップさせる。


「ああ、んなら何度でも言ってやるよ! そ・の・デ・カ・い・ガ・ラ・ク・タを、さっさとなんとかするんだよっ! このトウヘンボク!」


「こ、こっのお~っ! 言わせておけばぁ!」


「なんだい? やるってえのかい!?」


「ああああ、ちょっと二人ともケンカはやめなよお」


 一触即発の事態。駆け付けた上官の高村が二人の間に割って入る。


「うるさいね! 部外者は引っ込んでなよ!」


「そうですよ! 引っ込んでてください!」


「きゃっ…!」


 思わず二人の出した手が、同時に高村を突き飛ばした。


「うるるるる~…」


 転倒し、目を回す高村。


「あ、やばっ…!」


「しまった……!」


 倒れた幼い女児のような高村の姿を見て、不意に我に返る尾藤と西村。


 二人の争いは高村の尊い犠牲によって流血の惨事を逃れ、その後、結果的には乃木ら上層部の意見により、西村の取り付けた各種機器は取り外すことで決着した。


 また、そうして着ぐるみの制作が苦労を重ねながら進められている裏で、装着者の荒波も本番に備えての過酷な訓練に励んでいた……。


 見事なフォームでクロールを泳ぐ荒波。


 本来、水泳部に所属する彼女は日々プールでの基礎体力作りを行っている。


「――どうだ? 外はちゃんと見えるか?」


「ええ。問題ないわ……」


 体力作りに加え、段ボール箱で作った疑似着ぐるみを着ての歩行訓練も行われる。


 これは実際に着ぐるみを装着した際の狭い視界や、普段より可動域を制限される動きに慣れるための訓練だ。


 歩くだけでなく、さらにはジョギングも特訓メニューとして課される。


「よーし! もう少しだ! がんばれーっ!」


「ハァ…ハァ…はい……」


 段ボールの塊となって走る舞のとなりを、メガホンを手にした東郷が自転車に乗って併走する。


 荒波の訓練には、比較的時間の空いている東郷が付き添うことが多い。


「おい! なんだよ、あれ?」


「もしかして、あれがゆるキャラ部の作った着ぐるみか?」


「あんな段ボール箱でほんとに選手権出るつもりかよ?」


 グラウンドでのジョギング中、他部の者達から向けられる誤解と奇異の眼差し……。


 それでも、荒波は何も言わず、ひたすら訓練を続けた。


 そうして開発開始から四ヶ月が過ぎようとしていたある日、ついにその時がやってくる。


 時節はすでに夏休みへ突入し、それも終わりに近付いたその日。


 ゆるキャラ部オリジナルゆるキャラの着ぐるみ試作機〝ぬらりんゼロ号機〟がようやくにしてロールアウトした。


「――それでは、これより起動実験を開始する。荒波君、装着してくれ」


「はい……」


 翌日、新クラブ棟のロビーに集まった各方面の人々を前に、乃木の号令一下、待ちに待った自作ゆるキャラの着ぐるみ試着実験が大々的に行われる。


「胴部装着完了!」


「背面部ファスナー限界点まで到達!」


 頭と胴にセパレートされた着ぐるみが、高村、尾藤、西村らの手によって荒波の引き締まった体に取り付けられてゆく。


「頭部装着完了。頭胴部ジョイント、ロックします!」


「荒波君、着心地はどうだ?」


 すべてのパーツを装着し終えた荒波に、険しい面持ちで尋ねる乃木。


 荒波はミトン状の手を握ったり開いたりして、自身の体とのフィット感を確かめる。


「シンクロ率80%……視界オールクリア……問題ありません」


 着ぐるみの口に当たる部分に嵌められたスモークガラス状のプラスチック板より見える外界の狭い視界を、荒波は若干の緊張を持って見つめる。


「では、荒波君に自立させる。補助具解除!」


 そして、乃木の指示により、着ぐるみを左右から支える補助具が外された。


「……舞ちゃん、どうだい? 自分で立ってられそうかい?」


 軽いナンパ男の東郷が、いつになく心配そうな表情で荒波に尋ねる。


 胴体に比して頭部の大きな〝ぬらりん〟が、果たして自力でバランスを取っていられるのかどうか? それが彼らゆるキャラ部員達の一番の懸念だった。


「……ええ。心配いらないわ」


 僅かの後、着ぐるみの中からはそんな荒波の声が返ってくる。


 そこには、頭でっかちのひょろりとした一体の気ぐるみが、自身の細い脚で飄々として立っていた。


「クララが……もとい。ぬらりんが立ったあ!」


 その自立した着ぐるみの姿に、デザインを担当した高村は感嘆の声を上げる。


「よし! ぬらりん零号機、起動実験成功だ!」


 乃木のその言葉に、集まった人々の間からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こり、新聞部や集まった野次馬達のカメラが一斉にフラッシュをたく。


 パーパパパパーパパパパパーパパパパー♪


 また、その成功を祝して吹奏楽部のファンフアーレが、実験会場である新クラブ棟のロビーに高らかに鳴り響いた――。


                      (以後、諸事情によりカット)

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