みっしょん9 ゆるキャラ部補完計画(2)

「それでは、いよいよ我らが誇るオリジナルゆるキャラの発表会に移りたいと思う!」


「イエーイ!」


 パチパチパチパチ…!


 横断幕の前で、茉莉栖が話題を切り変える目的も兼ねて次なるセレモニー開始への合図を出すと、ひかりと平七郎はそれまでとは一変。歓声を上げて割れんばかりの拍手を送る。

 

 パチ、パチ、パチ、パチ…。


 それに合わせ、新入臨時部員の三人もやる気がなさそうに一応、手を叩いておく。


「では、高村君、後は頼む」


「はい! んじゃ、あたしデザインのキャラクターを発表したいと思いまーす!」


 茉莉栖に呼ばれ、横断幕の前へと歩み出たひかりは奥の壁際まで行き、いつの間にやら天井より垂れ下がっていた白い布に手をかける。


 その布は奥の壁を二メートル四方に渡って覆っており、どうやらその後に何かを隠してあるらしい。


「そいでは皆さん、いきますよお? 心の準備はOKですかあ? ……はい。ではいきます。れでぃ~す・あんど・じぇんとるめ~ん! これがっ、あたしの考えた濡良市のご当地キャラ! ぬらりひょんの〝ぬらりん〟ですぅっ!」


 少々勿体付けた後に、ひかりはその名を叫びながら勢いよく白い布を取り払う。


 すると、そこには天井に着くほどの大きな紙に、そのゆるキャラの姿が描かれていた。


「おおおーっ!」


 それを見て、新旧問わず部員達の間からは一斉に歓声が沸き起こる。


 それは、体の割には縦長に少々頭デッカチな細身の老人が、いかにもひょろりと立ち尽くしているけったいなイラストであった。


 服は茶色い着流しの和装で頭は完全に禿げ上がり、若干、産毛のようにして二、三本の毛だけが頭頂に残っている。


 ただし、禿げた爺さまの絵だからといって、それは気色悪いものではない。


 顔は目鼻が点や線のみで構成されているくらいに極限までディフォルメ化されており、なんだか妙にほのぼのとした、見ている者がどこか癒されるようなカワイらしさを持っている。


 そんな爺さまが、吹く風には逆らわず、流されるままの自然体で、飄々としてそこに立っている……このユルさ、まさにゆるキャラである。


「か、カワイイ……」


 茉莉栖が、その冷淡な表情にはそぐわぬ言葉を口にする。


「ユルい……ユル過ぎる……」


 平七郎も驚愕の表情をその甘いマスクに浮かべて、うわ言のように呟く。


「こ、これが、あたい達の……ゆる…キャラ……」


「こ、こんなにユルくていいのか?」


「人が作りしユルいもの……それが、ゆるキャラ」


 瑠衣、真太、舞の三人も、それぞれに感じた何かを口走っている。


「えーと、説明しまーす! この子の名は『ぬらりん』。濡良市の〝ぬら〟と妖怪のぬらりひょんの〝ぬら〟をかけて名付けたんだよ。だから、この子は一応、妖怪なの」


 各々感嘆する部員達を前に、ひかりはこのキャラクターについての説明を始める。


「よ、妖怪っ? ……こ、こいつ、妖怪なのかい?」


 すると、〝妖怪〟という言葉に反応して、瑠衣が慄きながら大声を上げた。


「ん? ……ああ、そうか、君はお化けとかそういう類のものが苦手だったっけ?」


 その反応を見て、平七郎が思い出したかのように呟く。


「あ、そうだったの? んでも、だいじょぶだよ。妖怪といっても、ぬらりひょんはただ他人んちに上がり込んでお茶飲んだりするだけのぜんぜん怖くないお化けだから」


「そ、そうなのかい? ……それなら……まあ、いいけど……」


 ひかりの補足説明に、瑠衣は額に冷や汗を浮かばせながらも、なんとか落ち着きを取り戻すと強張った体の力を抜く。


「フフッ…もう、カワイイんだから」


「うるさいねえ!」


 そんな瑠衣を見つめ、からかうように言う平七郎に瑠衣は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「しかし、なぜ、ぬらりひょんなんだ? 何か濡良市にぬらりひょんは関係してるのか? それとも、ただの語呂合わせだけか?」


 一方、平七郎と瑠衣がそうした夫婦漫才を行っている傍らで、茉莉栖が怪訝な表情をしてひかりに尋ねた。


「まあ、濡良市に出る妖怪だとか、そんな直接の関係はないんだけどね。でも、ぢつはアイデアに詰まって近所の高台まで散歩に出た時にね。そこでどっかのお爺さんに会ったの」


「お爺さん?」


「そう、お爺さん。それがなんだか飄々としていて、まさに〝ぬらりひょん〟って感じのお爺さんなんだ。それから、そのお爺さんとちょっとお話したんだけどね。濡良市の長閑な夕暮れ風景を見ながらおしゃべりしている内に、濡良市のいいところって、こののんびりとしていて、とってもユルいところだって思ったんだ」


「ユルいところ?」


「うん。ユルいところ。で、そう思ったら、今度はそのぬらりひょんに似たお爺さんのユルさが、どこか濡良市ともかぶるような気がしてきて……そこで、濡良市のご当地キャラにはもう、このぬらりひょんしかないって思ったわけなんだよ」


 茉莉栖の質問に、ひかりはものすごく曖昧で主観的ではあるが、それでいてどこか納得もいくような、そんな濡良市とぬらりひょんとの微妙な関係について熱く語って聞かせた。


「なるほどな……それに加えて、さらに語呂も合っているというわけだ」


「そゆこと。でも〝ぬらりひょん〟のまんまじゃなんなんで、名前はもっとゆるキャラっぽく〝ぬらりん〟にしてみたんだ」


「ぬらりひょんのぬらりん……か。うん。悪くないな。デザインもなかなかにいい。どうだろう? 一応、 この高村君の案を採用するかしないか、皆の意見を聞きたいと思うが、採用に反対の者がいたら遠慮なく意見を言ってくれ」


「んじゃ、俺は賛成に一票」


 茉莉栖が尋ねると、考える間もなく平七郎が背もたれにもたれかかったまま、だらしなく片手を挙げる。


「……ま、いいんじゃないかね」


 瑠衣も、しばし〝ぬらりん〟の巨大なイラストを眺めてから肩をすくめて言う。


「おいらは専門外でよくわからないから、別にどっちでもいいですよ」


 真太は外観に興味はないのか、ひどく味気なくもそう答える。


「わたしもどうでもいいわ……」


 舞の方は、世の中すべての事象にまったく興味がないとでもいわんばかりの返答をする。


「では、私も賛成なのでこれで決まりだな……幻の濡良遷都1300年記念・ご当地キャラ大選手権大会、我ら条坊高校ゆるキャラ部はこの〝ぬらりん〟でいく!」


 こうして反対意見が出ることもなく、ほぼ全員一致でゆるキャラ部の選手権大会応募キャラクターは、この高村ひかり作の〝ぬらりん〟に決定されたのだった。


 パチパチパチパチ…。


 なんだかわからないが、一応、デザインが正式に決まってめでたいということで、平七郎が手を叩いたのをきっかけに会場には疎(まば)らながら拍手が沸き起こる。


「いやあ、ども、ども」


 その温かい拍手に、ひかりは頭を掻き掻きペコペコとお辞儀する。


「これで人員も揃い、ゆるキャラの名称とデザインも決まった……後は着ぐるみを作って、こいつを実際に三次元の存在として実体化させるだけだ。この〝ぬらりん〟ならば、濡良市公認ご当地キャラの座も…いいや、ゆるキャラ界の頂点を目指すことも夢ではないかもしれん……我らの勝利は近い。皆、我らゆるキャラ部の野望実現のために、矢尽き弓折れるとも、同朋の屍を乗り越えてただ前へと突き進むのだっ!」


 本日、予定されていた重要な案件の話合いがほぼ終わりを迎えると、茉莉栖はやおら立ち上がり、そんな熱い演説とともに右の拳を固く握りしめて見せる。


「オーッ!」


 そんなゆるキャラ部司令・乃木茉莉栖の決意表明に、平七郎と光も拳を突き上げ、気合いの籠った鬨の声を上げる。


「お~……」


 それに続いて瑠衣、真太、舞の三人は、既存のゆるキャラ部員とのものすごい温度差を感じつつも、それでもとりあえず、面倒臭そうに鬨の声を上げた――。

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