みっしょん6 MATA THE BEGINING (2)

「いやあ、探したよ。一仕事終わらせてから技術実習室行ったら、君はどっか行っちゃったっていうじゃないか? こんなことなら君の方から最初にすますべきだったよ」


 その、どこか軽い調子の見知らぬ男子生徒は、訊いてもいないのにべらべらと事情を説明しながら真太の方へと近付いて来る。


「ま、そのおかげで現在、君の置かれている状況は大体わかったけどね」


 同じ制服を着ているのでこの学校の生徒に違いはないだろうが、真太にはまったくもって見憶えがない。


 となると、見た目からして1年生ではないだろうから上級生だろうか?


「あ、あなたは……」


 歩み寄って来たその男子生徒に、真太はおそるおそる尋ねた。


「ああ、自己紹介がまだだったね。君は2年3組の西村真太君だよね? 僕は3年2組の東郷平七郎。一応、ゆるキャラ同好会の副会長さ」


「ゆるキャラ同好会?」


 真太はそう呟いた後で、そういえばそんなマイナー同好会があったような…と朧げな記憶を思い起こした。


 だが、そのよく知らぬ同好会の人間に、真太はやっぱり心当たりがない。


「確かにおいらは西村真太ですけど……そのゆるキャラ同好会の副会長さんが、おいらになんの用ですか?」


 この東郷なるいかにも不審な先輩に、真太は警戒の目を向けて再度、尋ねる。


「君を僕らゆるキャラ同好会へスカウトしに来たのさ。期限付きの臨時会員としてね」


「スカウト? ……でも、おいらはゆるキャラなんかとはまったく関係ないロボコン部員ですよ? それなのになんでそんな同好会が?」


「実は濡良市の遷都されるかも知れなかった時から1300年を記念した公認ご当地キャラを決める選手権大会……ああ、もう長ったらしい名前だな。とにかくその大会に僕らも参加することになってね。そのための着ぐるみを作るのに、内部構造の制作を君に頼みたいのさ。中の人間が思いのままに着ぐるみを操れるような高品質のものをね」


「内部構造? ……ああ、なるほど。そういうことですか。確かに中に入る人間の動きをよりストレートに着ぐるみへ反映させるには、人間工学なども考慮した、それ相応の内部フレームというものが必要となる。それに動きづらく、視界も狭い着ぐるみを長時間着用するとなると、中の人間への負担軽減も考えなくちゃならない……それにはおいらの持つロボットの技術が転用できるんじゃないか? と考えたわけですね」


 さすがは天才ロボット少年というべきか、真太は即座に東郷の意図を理解した。


「その通り。やっぱ理解が早いね。まあ、そういうことなんで僕らに協力しちゃくれないかな? もちろん、ずっとってわけじゃなく、その選手権が終わるまででいい。ちなみにこんな引き抜きを認める正式な許可書も生徒会から出てるんで、ロボコン部の方は何も文句は言えない。後は君の意思次第さ。どうだい? 君の才能をこの市を挙げての大舞台で存分に発揮してみるつもりはないかい?」


 東郷はクリアファイルに入ったA4の紙を差し出すと、まるでライバル会社に有能な社員をヘッドハンティングしに来ている人間か何かのような口調でそう誘った。


「なるほど。生徒会もこの引き抜きに関してすでに了承済みで、どの部であろうと異議は唱えられないってわけですか……ですが、その話、おいらはお断りします」


 しかし、真太は東郷の誘いをきっぱりと断った。


「おいらは物心付いてからというもの、ずっとロボットにだけ情熱を傾けてきたような人間です。申し訳ないですが、ゆるキャラになんて興味はないし、例えあったとしても、今更、ロボット以外のことに手を出すつもりはありません」


「フゥ…なんだか〝さっきも〟同じような台詞を言われた気がするよ。分野は違えど物作りにこだわり持ってる人間ってのは似てるもんだねえ」


 迷う間もなく、はっきりと言い切る真太に東郷は短い溜息を呟く。


「さっき?」


「ああ、いや、それはこっちの話……それはともかく、君はロボコンに出場させるロボットの改修案として、内部を人間に近い骨格のフレームで作り、その上から別に作った外骨格ですっぽり覆うっていう構想を持っているようだね?」


 そして、怪訝な様子で聞き返す真太に、東郷は誤魔化すかのようにそう尋ねた。


「ど、どうしてあなたがそんなことを……」


 不意のその質問に、真太は驚きの表情を作る。それは自分とロボコン部の人間以外には知る筈もない話だと思っていたからだ。


「なあに、僕は強力な情報網を持っているんでね。うーん……こう考えてみてはどうだろう? 着ぐるみというのは君の構想そのままに、内部機関の駆動系が機械的なものから人間に代わっただけのロボットだと。そう考えれば、君の目指すロボットと僕らの望む着ぐるみとはなんだか似ているように思えてこないかい?」


 その強力な情報網が、生徒の個人情報集めを趣味にしているド変態であるなどとはけして明かすことなく、東郷はロボットと着ぐるみの性格を比較して改めて真太に問いかけた。


「それは……いや、それは詭弁というものです! やっぱり機械で動くからこそロボットなのであって、駆動系が人間だなんて、そんなのはロボットと言えません。さっきも言いましたように僕はロボット以外のことに関わる気はありません。確かに着ぐるみとは似ているかもしれないけど……この構想はロボコンに出場させるロボットのために考えたものなんです。そのために使えなかったら意味がありませんよ!」


 一瞬、東郷の舌先三寸に惑わされるところだったが、冷静な思考でなんとかその詭弁を打破すると、真太は改めて引き抜きの話を断る。


「だけど、今のままロボコン部にいて、君のその構想は実現できるのかい?」


 だが、東郷はまるで気にすることもなく、瑠衣の時同様、すべてを見透かしているかのような顔をしてそう返した。


「そ、それは……どうして…どうして、そんなことまで知ってるんですか?」


 それを聞いた真太は先程以上に驚きの表情を浮かべ、思わず声を荒げて訊き返す。


「今度は情報網じゃなく、さっきロボコン部を訪ねた時に聞いただけさ。このままだと君の改修案が採用されることはほぼ100%ないと言っていい。最初から実現されないとわかりきっている構想なんて、それこそ意味がないんじゃないのかい?」


「そ、そんなことは……」


 真理を突く東郷の言葉に、真太は言い淀む。


「今のロボコン部は君を必要としてはいないのさ。対して僕らのところでは、君の才能と技術を心底必要としている。そればかりか、ロボコン部では実現できない君のその構想を、部分的にではあるにせよ、着ぐるみと人間とを結ぶインターフェイスとして再現することができるんだ。それでも、このまま部に留まることに意味があると君は言うのかい?」


「………………」


 東郷のその問いに、真太は答えることができない。


「それに君はまだ2年だ。来年になれば最上級生として、ロボコン部でもより強く自分の意見を通すことができるようになるだろう。その来るべき時に向けて、今年は着ぐるみを代用にモノコック構造の試作実験をしてみると考えてもらってもいい。さあ、どうだい? 今年一年、ロボコン部で悶々と無駄な時を過ごすのと、ゆるキャラ同好会で来年に向けての準備を行うのと、君にとってどちらが有意義な時間の過ごし方だろうね?」


「………………」


 その質問にも、真太は答えることができなかった。


「これが最後の質問だ。普段、はっきりと自分の意見を言う君が黙っているといことは、それは肯定を意味するものだと僕はとらせてもらうよ……西村真太君、僕らのゆるキャラ同好会に臨時会員として来てくれるね?」


「………………」


 運命を決める最後のその問いかけにも、真太は黙して東郷に答える。


 1人目の臨時会員が彼らのもとへ下ってより僅か30分の後、2人目に当たる西村真太も、東郷の巧みな術中にあえなく落ちたのであった。

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