みっしょん6 MATA THE BEGINING (1)
同日。技術科の授業で使われる技術実習室……。
旋盤やら、ドリルやら、エンジンの模型やらの機械に囲まれたこの雑多な部屋で、2年3組の西村
特に意味はないのだが、他の部員達同様、白衣を小柄な体の上に羽織り、ツンツンと髪の逆立った頭に火花対策用のゴーグルを乗せた真太は、タブレットPCで新しいロボットの設計図に目を通している。
一方、他の者達は彼より少し離れた場所で、すでに基礎部分の完成しつつある50cmほどの人型ニ足歩行ロボットを動かし、そのぎこちない動作に一喜一憂している。
彼らは今、今年のロボコンに出場させるロボット開発の真っ最中なのである。
ショタ萌えする顔をしかめて設計図に目を落としていた真太は、不意に動き出すと視線を画面から上げることもなく皆の方へと近付いて行く……。
見ると、その画面に映る設計図には電子ペンで赤く訂正・加筆された文章や図像が所々記されている。
「部長、これは昨日、おいらが練り直した〝
そして、ロボットの動作チェックを見守っていたロボコン部の部長・
〝楽天則〟というのは部員達が今動かしている自作ロボットの名称である。
「んん? なんだ、またその話か。それは前に却下しただろう?」
だが、振り返った筋分村は、あからさまに面倒臭そうな顔をして難色を示す。
「ですが、今のままではこれ以上のポテンシャルは望めません。もっと滑らかな動きにするには、やはり抜本的な改造を考えないと……今度はもっと技術的に実現可能なものにしてみましたし、コストもギリギリまで抑えたつもりです。だから、もう一度、話だけでも!」
それでも食い下がる真太だったが、筋分村は熱意ある後輩部員の訴えを一笑に付した。
「フン。練り直したと言っても、どうせ内部を人間により近い骨格を持ったフレームで作って、その上から柔らかい素材の外骨格で覆うっていうモノコック的な基本構想は変わってないんだろう? しかも動力をモーターではなく油圧にしろなんていう大きなおまけ付きのな。コストを抑えたにしても、それを作るのにどれだけの金がかかると思ってるんだ?そんな予算、生徒会が付けてくれるわけないだろう」
「で、ですが、今の構造ではこれ以上のレベルアップは…」
「君はすぐにそう言うがね、君以外の部員は今のままでもロボコンでは十分な性能が出せると思っているんだよ。なのに金ばかりか莫大な時間と労力もかけて、その無駄な改造を今更施せと言うのか? もしも奇跡的にその予算が取れたとしても、君の言うようなレベルまでへの向上ははっきり言って不必要。無理に予算と時間を注ぎ込んでまで、そんな不必要な性能向上を追求する余裕、うちにはないんだよ!」
「ふ、不必要だなんて……技術者は常に性能の向上を考えるべきなんじゃないですか?」
容赦なく彼の言い分を切って捨てる部長の筋分村に、真太の声も自然と大きくなる。
「ハァ…西村君。君は確かにこの分野に関しては天才的な才能を持ってはいるがね。実際には君が考えるように頭の中の理論だけでうまくいくわけじゃないんだよ。もっと君も予算とか時間とか、そういった現実の状況ってもんを考慮しなきゃ」
だが、筋分村は大きく溜息を吐くと、大人が説教するように真太を諭すだけだった。
「そうだぞ、西村。お前、いくら才能あるからって実現不可能なこと要求して、みんなを困らせたりするなよな」
「まったくこれだから天才は。どうせ俺達凡人の考えなんて理解できないんだろうよ」
「いわゆる、天才となんとかは…ってやつかな? ハハハハハッ!」
部長と真太のやりとりに他の部員達もロボットの動作チェックを途中でやめると、真太の言動を揶揄したり、侮蔑するような眼差しを向けて嘲笑ったりする。
そこには真太の現実離れした要求に対する反対の声ばかりでなく、普段から彼らの抱いている、自分達とは違う、まさに〝天才〟である彼に対しての嫉妬というものも少なからず含まれていた。
「くっ……」
その悪意ある声に居たたまれなくなった真太は、タブレットを強く握り締めると、ついに技術実習室から飛び出して行ってしまう。
ガシャン…!
と、乱暴に出入り口のドアを開閉して廊下に出ると、真太は行く宛てもなく走り出す。
その行為がただの無駄な労力の消費であることは彼にもわかっているのだが、全力疾走でもしなければ、この悔しい気持ちを抑えることができないのだ。
しばらくの後……ふと気付くと彼は無意識のうちに校舎の屋上へと来ていた。
屋上からは夕暮れ時の濡良市の町並みが一望できる……夕闇に包まれる寺や商家風の日本家屋が多い濡良の町は、真太の心とは裏腹にとても穏やかで、反面、彼の心を反映するかのように物寂しくもあった。
「なんで、誰もわかってくれないんだ……」
屋上の縁まで歩み寄り、オレンジと紫色のグラデーションのかかった空を眺めながら真太は呟く。
彼は、なぜ自分の意見を誰も聞き入れてくれないのかがわからなかった。自分はただ、部のみんなのために自分達のロボットをよりよくしたいというだけなのに。
部の者達は何かにつけて自分のことを〝天才〟だと揶揄するが、真太は自分が天才などとは微塵も思っていない……ただ、自分はロボットのことが大好きで、そのロボットに夢を抱いているだけなのだ。
無論、真太だって予算や時間的な縛りなど、そういった現実の問題はわかっている……。
わかってはいるが、ロボットのことが本当に好きならば、例え最終的に目標の半分も達せられなかったとしても、ギリギリ寸前のところまで、もっとすごいロボットが作れるよう精一杯努力してみるべきなんじゃないだろうか?
そう、真太は思うのだ。
なのに、他の者達は現実味のないただの夢だとバカにして……最初から挑戦してみることさえ諦めて……。
「夢を見て何がいけないんだ……」
真太がそんなことを思い、淋しげに呟いたその時のことだった。
「ああ、こんな所にいたんだ」
突然、後方から男の声が聞こえてきたのである。
「……?」
いきなりのことに真太はびっくりして振り返る。
すると、そこには見慣れない男子生徒が一人、いつの間にやら立っていた。
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