みっしょん5 ヴィトウの細工 (1)

 始業式を終えてから土・日を挟み、実質的に新学期が始まった月曜の放課後、2年1組の尾藤瑠衣びとうるいは、久しぶりに家庭課室の中にいた。


「先輩、ここはどうやるんですか?」


 早くも入学式の日に入部した新1年生女子部員が、難しい縫合でわからないところを瑠衣に尋ねてくる。


 手芸部の部活動は、この家庭課室を借りて行われているのだ。


「ああ、それはね、こうやってこうするんだよ。な、簡単だろ?」


 その下級生の質問に、制服の上から茶のエプロンを着けた瑠衣は、自分の作っていた皮革製鞄の作業を止めると、針を受け取って丁寧にお手本を見せてやる。


「ああ、なるほどぉ……ありがとうございます! さすが尾藤先輩ですね!」


 女生徒にしてはハスキーな声で優しく教える瑠衣に、下級生は目を輝かせてお礼を言っうと、尊敬の眼差しを彼女の宝塚男役のような凛々しい顔に向ける。


「瑠衣ちゃん、ちょっとこっちもお願い」


 すると今度は、同級の2年生部員が彼女に応援を頼む。


「んん? どうした? ……ああ、それね。そこは確かに難しいからね。それはだねえ…」


 その呼び声に瑠衣はポニーテールに結った少々癖のある赤茶けた髪を揺らして振り返ると、今度も男勝りな口調で丁寧に説明を始めた。


「やっぱ、瑠衣ちゃんいると頼りになるわよねえ。なんかこう、部にも活気が出るしね」


 そんな瑠衣の姿を愉しげに見つめながら、3年生の手芸部部長・茅野葉蓮ちのはれんが呟く。


「いやあ、よしてくださいな。それは買いかぶりってもんですよ」


 先輩に褒められた瑠衣は頭を掻きながら、どこかこそばゆいように照れ笑いを見せる。


 全国手芸大会高校生の部で準優勝の栄誉に輝き、縫うことにしろ、裁断や編み物にしろ、手芸全般に渡りプロ級の腕を持つ瑠衣は、2年生ながらに下級生ばかりか上級生からも頼りにされる、手芸部にとっては〝工房の親方〟のような存在なのだ。


 しかし、それは手芸の腕前のみからくるものではなかろう。


 そんな手に職を持つ人間であるが故か? 瑠衣は職人気質といおうか男勝りといおうか、気難しく頑固ではあるものの、その一方でとても面倒見がよく情に厚い、姉御肌な性格の少女なのである。


 さらにそうした内面に加え、手芸などやっているとインドア派の人間のように思われがちだが、瑠衣はアウトドアでのスポーツも大好きな、肌もこんがり小麦色に焼けた健康美人であり、おまけに170という女子にしては大柄な体躯の持ち主でもあることから、外見的にも非常に頼りがいがあるように見えるのだ。


 例えて言うならば、女だてらに荒くれ者どもを束ねる野党の女頭目のような、そんな稀に見る男気溢れるタイプの女子高生なのである。ちなみに、そんな男勝りではあるがけっこうな巨乳ちゃんだ。

 

 トントン…。


「すみませーん。失礼しまーす」


 と、その時、家庭課室のドアがノックされ、聞き慣れぬ男子生徒の声が聞こえてきた。


 現在女子部員のみの手芸部としては部活中あまり聞くこともない男子の声に、瑠衣を含む部員一同がそちらへと顔を向ける。


「やあ、どうも、こんにちは。ちょっと失礼しますよ」


 すると、ドアが開き入って来たのは、少々長い茶髪を垂らした、どこか軽い調子の男子生徒だった。


「ああ、なんだ、東郷くんか。どうしたの? なんか用?」


 その男子生徒を見た茅野が、知り合いらしくそんな言葉を口にする。


 その話し方からするに、どうやら茅野と同じ3年生であるらしい。


「なんだとはつれないなあ。せっかくこうして愛しい葉蓮ちゃんに逢いに来たってのに」


 茅野の返事に東郷と呼ばれた男子生徒はやはり軽い感じで戯言を返す。こういった軽い男は、瑠衣の嫌いなタイプである。


「はいはい。どうせ口だけなんだから……で、本当はなんの用なの?」


 瑠衣の第一印象通り、その軽口は彼の常らしく、最早、まったく本気にはしていない茅野は面倒臭さそうにもう一度要件を訊き返した。


「いや、本当だよ。この春休み中、君に会えないのはものすごく淋しかったよ……ま、今日の本命は残念ながら君ではなく、尾藤瑠衣って2年生のなんだけどね」


「え!? ……あたい?」


 自分にはまるで関係ないと思って聞いていた瑠衣は、突然出てきた自分の名前に思わず目を丸くする。


 なぜ、この男は自分の名を知っているのだろう? 自分はこうした軟派な男とは…いいや、男自体まるで縁のない人間だというのに……。


 瑠衣は予期せぬこの事態に戸惑う。職人気質で頭の堅い古風な彼女は、そうした異性との交遊というものにものすごくオクテといおうか、これまで興味を覚えたことすらない。


「えっ? 尾藤さん? なんで東郷君が尾藤さんに用があるわけ?」


 そんな瑠衣に同じく、部長の茅野も驚きとともに疑問を口にする。


「……ちょっと、うちの部の子に変なちょっかいださないでよ?」


 そして、細めた目で疑いの眼差しを東郷に向けると、茅野はそう言って彼に釘を刺す。


「いや、本当だったらそうしたいところなんだけど、今回は別口の真面目な話でね……ああ、君が尾藤瑠衣さんだね。思った通りのだ」


 だが、茅野の刺した釘もぬかに打ち付けたが如く軽くかわすと、東郷は皆の視線の動きなどから誰が瑠衣なのかを特定し、彼女の方へと近付いて来る。


「あんたは、いったい……」


「僕は3年2組の東郷平七郎。ゆるキャラ同好会の副会長やってるケチな野郎だよ」


 相手は先輩であるらしいのに思わずタメ口で呟いてしまう瑠衣だったが、東郷はそんなことまるで気にせず、爽やかな笑顔を浮かべると彼女におどけた調子で自己紹介をする。


「ちょっとデートに付き合ってもらえるかな?」


「………はあっ?」


 そして、真っ直ぐに目を見つめ、恥ずかしげもなくそんな歯の浮くような台詞を口にするこの優男に、瑠衣はほんのり顔を赤らめると頓狂な声を上げた――。

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