みっしょん3 平七郎の情報戦術

 そうして茉莉栖の思惑通り、ゆるキャラ同好会への破格の財源と特権の付与を認める議案が生徒会臨時議会において可決されたその日の翌日……。


「おっはよ~♪」


「やあ、連日の休日登校ごくろうさん」


 小汚いゆるキャラ同好会の部室を訪れた高村ひかりに、すでに来ていた平七郎が挨拶を返す。


 どうやら作業しやすいようにとの工夫らしいが、長い前髪をなぜか目玉クリップで留めた彼は、手にしたタブレットPCの画面に映る表のようなものを弄っている。


「ああ、ごくろうだな」


 また、その背後には腕組みをして立つ茉莉栖もいて、平七郎の仕事を冷静な眼差しで見つめている。


 これですべてとなるゆるキャラ同好会の数少ない会員三人は、この日も休日返上で部室に集まったのだった。


「茉莉栖ちゃん! どうだった? 予算ちゃんと取れた?」


 ひかりは開口一番、今日もキラキラとした好奇心溢れる瞳で茉莉栖に昨日の緊急議会の結果を訊く。


「ばっちりだ。なんの問題もない」


「やったーっ! じゃ、これで本当にあたし達のオリジナルゆるキャラが作れるんだね!」


 別に大したことないというような口振りながらも少々得意げな顔をして答える茉莉栖に、ひかりはうれしそうに大きく見開いた目の輝きを倍増させた。当社比三倍くらいである。


「ああ、そうだな。これで我らの作戦も第二段階フェイズ・ツーに移行できる。で、今、東郷君が組み上げた必要人員確保のためのシステムを見せてもらっているところだ」


「しすてむ?」


 目線で平七郎の弄るタブレットを示す茉莉栖に、ひかりは怪訝な顔で小首を傾げる。


「了解。それじゃ、検索してみよう……キーワードは、裁縫……手芸……ぬいぐるみ……と。こんなの入れてみればいいかな?」


 注文を受け、平七郎はどこか芝居がかった動作で空白になっているフリーワード欄にそんな文字を打ち込み、最後にトンとエンターボタンを押す。


 と、すぐさま画面が切り替わり、全校生徒の中から絞り込まれた、幾人かの人物の一覧表が映し出された。


「キター! ……ま、当然といえば当然の結果だけど、どうやら多くは手芸部の人間みたいだな。あとは家庭科の得意な者や趣味の範囲でやっている程度の者か」


 平七郎が眺めるその一覧表には、クラブ活動、各教科の成績、趣味などの各欄で、何か一つでもキーワードに引っかかる記載のあった者の名が並んでいる。


 白地に黒の字で書かれた表の中、その合致した記載の文字だけが目立つよう赤い色に変えられていた。


「ん? その中程に来てる者はなんだ? ほとんどの欄で合致しているぞ?」


 じっと一覧を見つめていた茉莉栖がふと口を開く。


 彼女の言う通り、表の真ん中ら辺にある者の記載欄は多くが赤字に染まっているのだ。


「ああ、確かにこちらの出した条件に合致する部分の多い人物らしいね……2年1組、尾藤瑠衣びとうるいか。手芸部所属。衣類、小物、ぬいぐるみ、なんでもござれで縫合の腕はピカ一とある……お! 全国手芸大会高校生の部で準優勝を獲得ってな経歴まであるな」


「なに? ……ほう、それはなかなかの逸材だな」


 データを読み上げる平七郎の声に、まるで獲物を見つけた猛禽の如く茉莉栖はその切れ長の目をさらに細める。


「ただ、性格に難ありで、かなりの堅物ともある。ナンパするには向かないみたいだね」


「なあに、腕のいい職人というものは得てしてそんなようなものだ。ますます気に入った」


 備考の欄を読み、軽い調子で問題を示唆する平七郎だったが、茉莉栖はまったく気にしていない様子で、むしろその問題点も歓迎するかのように不敵な笑みを浮かべた。


「じゃ、その子で着ぐるみ制作係は決まりだね!」


 茉莉栖の言葉を聞き、はしゃいだ声でひかりが言う。


「ああ。着ぐるみの〝外部装甲〟担当技官はその者でいいだろう。それには手芸部から引き抜かねばならないし、本人の説得も少々難しいかもしれんが……彼女のスカウト、任せたぞ」


「うん。このデータベースなんだけどさ。俺の知り合いに、この学校に在籍する全生徒の生年月日から始まって、身長・体重・スリーサイズ、家族構成、趣味、得意な科目、果ては絶対他人には知られたくない、これまでの人生の中で一番恥ずかしかった失敗談なんてものまで、ありとあらゆる個人情報を調べ上げているという人間がいてね」


「つまりは変態だな」


「まあ、そう言ってしまうと元も子もないんだけど……その通りだね。で、その変態筋のPCからこっそり抜き取ったファイルをもとに昨日、徹夜でこのデータベースを完成させたんだよ。これを利用すればたちどころにして、こちらの欲しい人材がどの学年のどのクラスにいるかわかるっていう寸法さ。ほら、この検索フォームにその必要とされる能力なんかのキーワードを入れてね……」


 茉莉栖の無碍もないコメントを否定することもなく、平七郎はそう説明して光にタブレットの画面を見せる。


「へえ~それはスゴイ! なんていうか、もう変態さまさまだね!」


 ひかりはその検索フォームのウィンドウが開いた画面を覗き込みながら、いたく感動したように変態を称賛する。


「ま、世間一般的にはあくまで排斥すべきド変態だけどな……ところで、そっちの方はどうだ? 何かよいアイデアは浮かんだか?」


 そんなひかりに、またもお世話になっているそのド変た…もとい、その人物を全人格否定してから、今度は茉莉栖の方が質問を投げかけた。


「うーん……今、全国のいろんなゆるキャラを見返して参考にしようと思ってるとこなんだけどね。まだぜんっぜんインスピレーションが湧いてこなくて……」


 ひかりは切り揃えた黒髪の下の眉根を「ハ」の字に寄せて、困ったというような顔でそれに答える。


「なに、まだ昨日の今日だからな。一日や二日で考え付くとも思ってないさ。時間は充分にある。気長にゆっくり熟考してくれ」


「うん。わかった」


「よーし! テスト完了っと!」


 ひかりが明るい笑顔で大きく頷いたその時、平七郎が不意に弾んだ声を上げた。


「さあてと、これで準備はできた。さ、会長、なんでも欲しい人材を言ってくださいな。この県下随一、文武両道で知られた条坊高校の全生徒が対象となればよりどりみどり。これだけいりゃあ、どんな人材だって難なく調達できますよ?」


「うむ。ならば、先ずは裁縫に長けた者からだ。着ぐるみの〝外側〟を作るために絶対不可欠な存在だからな。一分の狂いもなくモコモコの生地を縫い上げ、あの…ハァ…なんともいえない萌えなカワイらしさを表現できる者でなくてはならない」


 平七郎の言葉に、茉莉栖は考える間もなくそう注文を出す。


 その途中、彼女は着ぐるみのモコモコ感を密かに思い出し、その冷淡に澄ました顔の頬を仄かなピンク色に染める。


「はいよ。ま、手強い獲物ほど釣り上げた時の感動は大きいってね……それについちゃあ任せておくれ」


 早速一人決まったとはいえ、かなりの困難が予想されるそのスカウト任務だったが、いつも通りのおどけた調子で、いたく自信ありげに平七郎は大口を叩いた。


「んで、お次はどんな人物がお望みかな?」


「うむ。次は着ぐるみの内部を作る技術者だな。つまり中に入る者がうまく着ぐるみとフィットし、思いのままにそれを動かすことができるよう、内部構造を設計・製造できる人間だ。二次元の絵ならばデザインだけでそのゆるキャラのイメージをある程度こちらの自由にすることもできるが、一度ひとたび、三次元の着ぐるみになってしまうと、そのイメージは着ぐるみの動き一つで大きく左右される。これは極めて重要な要素だ」


 引き続き二人目の要望を尋ねる平七郎に、茉莉栖はまたもすぐさま答える。


「だが、この要求に応えるのは大変だぞ? そのためには人間工学、ロボット工学などに通じた者でなくてはならない。そんな人間が果たして本校生の中にいるかどうか……」


「なるほどね。そりゃあ確かに贅沢な条件だ。んま、とりあえずは訊いてみますかね。ええと、キーワードはロボット……機械……ついでに期待薄だが人間工学ってとこかな?」


 自分で要求しつつも、その厳しい条件をクリアする人材の有無に悲観的な茉莉栖だったが、一応、平七郎は思い付くキーワードを入力し、再びエンターを指先で叩いてみる。


「そんでも、なんかどうか引っかかる人間はいるみたいだね」


 今度も間を置かずして、瞬時に何か一つでも検索条件に引っかかる生徒の一覧が画面に表示される。


「ああ、そういえばロボコン部ってのがあったな……あとは技術家庭科の成績が良かったり、機械ヲタだったりする程度か」


 先刻同様、画面の一覧には引っかかった単語を赤字に変えて、その生徒達のデータが並んでいる。


 その多くはクラブ活動の欄で引っかかった「ロボコン部」の部員で、他は成績の欄や趣味の欄でヒットした僅かな者達である。やはり所属している部や同好会というものが、こうした者の特技や性格を如実に反映しているらしい。


 ただ、今回は先程と違って、いくつもの欄が真っ赤になっているような目立った者はなく、ほとんどが一つか二つ、多くても三つくらい赤字になっているだけである。


「どれも似たか通ったかだな……やはりロボコン部の中から一番役に立ちそうなのを選ぶしかないか……」


 険しい表情で画面を覗き込みながら、当てが外れた感のある声で茉莉栖が言った。


 ロボコン――即ちロボット・コンクール……それは自身で制作したロボットの性能を各種の対戦型競技を通して競い合うイベント、特に大学や高等専門学校(高専)、高校に在籍する学生達を対象にしたもののことである。


 近年、知名度を上げてきたこのロボコンであるが、多くの場合、クラブ活動として、この年に一度の大会に臨むものであり、ここ条坊高校にもそのための部が存在しているのだ。


「まあ、こうみんな横並びじゃあ、そうするしかないね…」


 茉莉栖の妥当な意見に、平七郎も他人事のようにそう答えた……と、その時。


「お! ちょっとこいつを見てみろ?」


 一覧を睨んでいた茉莉栖が不意に声を上げ、ある人物の備考欄を指さして見るよう告げる。


 それはロボコン部に所属する2年3組の西村真太にしむらまたという男子生徒のものだった。


「ん? えーなになに…2年生にして機械についての知識、技術は極めて優秀な天才肌だが、その発想の独自性ゆえに部内では意見の通らないことも多く、日々不満を募らせている。その独自性とはロボコンに出場させるロボットに関し、より人間に近い構造の本体部を別に作成した外骨格ですっぽり包むという構想らしい(詳細不明)…て、これって?」


 何気に備考を読み上げた平七郎だったが、彼もその内容に思わず叫んでしまう。


「ああ。これは着ぐるみにも転用できるかもしれん。おまけに機械弄りにもかなり精通しているようではあるしな……よし。着ぐるみ内部構造担当技官はこいつで決まりだ」


「ラジャー。男をナンパするのはなんだか気が進まないが、んじゃ、この西村というのにも声かけてみることにするよ」


 〝西村真太〟の覧を眺めて頷く茉莉栖に、やはりふざけた調子で平七郎はそう答えた。


「これで二人目も決まったね! 三人目はどんな人にするの?」


 こうした機械関連の話は不得手なのか? 黙って二人の話を聞いていたひかりが次なる話題を促すように再び口を開く。


「三人目か……最低限に必要な人員としては次で一応、事足りることになるが、三人目は着ぐるみを運用するための生体ユニットだ」


「せいたいゆにっと?」


 茉莉栖の発したその聞き慣れぬ専門用語に、ひかりが小首を傾げて聞き返す。


「つまりは着ぐるみの中に入る人間だな。これもまた、ゆるキャラの動きを決定づけ、そのイメージに直結する大切な役柄だ。誰にでも任せられるものではない。特に昨今のアクティブに動くようになってきたゆるキャラ界の流行からすれば、その重要性はなおさらだ」


「となると、体力に自信のある奴じゃないとダメだね。俊敏性、持久力、加えて演技力なんかもなくちゃならない。それから着ぐるみのサイズにもよるが、極端にデカかったり、太ってたりするのも不向きだ。いや、活動時間が長くなれば、中がかなりの高温になるから、暑さに強い痩せ型の方がいいのかもしれないな……」


 茉莉栖の言葉を受け、平七郎がその役割に必要な要件を次々に挙げていく。


「そうだな……では、身長は150~165センチ以内、体重は50キロ未満、何がしかの運動部に所属していて実績があり、なおかつ痩せ型で、暑さに強いというか、むしろ寒がり……っていう条件で探してみてもらおうか」


「イエッサー。えーと、じゃあ検索方法を全条件完全一致にして、身長は……で、体重は……それから運動部系で痩せ型……と、これでどうだ!」


 続けて茉莉栖が口にしたキーワードを平七郎は長々と検索フォームに打ち込み、最後に無駄な勢いをつけてエンターをえいやっ! と指先で弾く。


「完全一致だから、さすがに絞り込まれたな……」


 茉莉栖の言う通り、今度一覧に映し出された生徒の数はたった二人だけであった。


「これなら選ぶのも楽ちんだね」


 二行だけの一覧表を見つめ、ひかりが無邪気な笑顔で言う。


「ああ。そうだな。しかし、こんな細かい情報まですべて調べ上げているとは……ストーカーも真っ青なド変態だな。その変態っぷりには呆れを通り越して薄ら寒さすら感じるぞ? 最早、生きているだけでも罪だ」


 ひかりに頷いた茉莉栖ではあるが、直後、その端正な造りの顔をしかめて、このデータベースを作るにあたっての最大の功労者であるド変態…コホン、失礼。その平七郎の知人らしき人物のことを改めて容赦なく非難した。


「残念ながら、俺もそう思う……」


 その意見には直接の知り合いである平七郎も迷うことなく賛同する。


「んでも、その変態さんのおかげでこうして欲しい人材が見つかったわけだし、やっぱり変態さんに感謝しなきゃ!」


 ただ独り、ひかりだけは何が気に入ったのか? そのド変態への擁護と感謝の言葉を今回も口にしている。


 ま、実際に会うこともないので大丈夫だろうが、ロリカワな彼女がそんな変態に優しい態度を見せるのはあまりにも危険だ……。


「で、茉莉栖ちゃん。この二人の内のどっちにするの?」


「ん? そうだな……まあ、絞られたのが二人だけというのならば、両方とも採用してもいいだろう。何かあった場合の予備スペアを用意しておいた方がいいだろうしな」


 ひかりの質問に茉莉栖は表情を元に戻すと、少し考えてからそう答えた。


「ということは、これで俺達も合わせて七人か……部に昇格する条件である部員五人以上は余裕でクリアだ」


 スカウト予定の人間を指折り数えて、平七郎がうれしそうに呟く。


「やったーっ! ついにこのゆるキャラ同好会もゆるキャラ部にクラスチェンジだね! カッコィィ~っ♪」


「ああ、そうだな。ようやく我らの念願が叶う……この二人も確実に入部させなくてはな。頼むぞ、東郷君」


 諸手を上げて喜ぶひかりを見つめながら、茉莉栖もその顔に小悪魔的な笑みを浮かべると、平七郎の無駄に備わったチャラ男的才能に期待をかける。


「任せときなって。このデータによると二人ともなかなかの美少女らしいからね。自然とこっちのモチベーションも上がるってもんさ」


 相変わらずの調子のよい声で答える平七郎に、茉莉栖はまだ見ぬ新入(予定)部員達のことを思い浮かべながら、その画面に映る二人の生徒の名を感慨深げに読み上げた。


「2年2組、水泳部の荒波舞あらなみまいと、同じく2組、陸上部の安室鈴やすむろすずか……」

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