みっしょん2 茉莉栖のユルくない戦略

 条坊高校ゆるキャラ同好会の全会員(総勢三人)による大決起集会が行われた春休みのある日の午後、会長の乃木茉莉栖は、まだ新築の香りが残る新クラブ棟三階に位置する生徒会義室を訪れていた。


 棟の最上階、この建物内では最大の規模を誇る、他の部屋のゆうに三倍以上の広さはあろうかという某赤い彗星の専用機のような空間の真ん中に茉莉栖は独り立っている……。


 ここが、条坊高校の全部・全同好会の上に君臨し、それらを統括する生徒自治の最高意思決定機関「生徒会」の殿堂である。


 休校中のためなのか? それとも会議という性質上、機密保持をするためか? 現在、その崇高なる生徒の自立性を象徴する殿堂は、外に面した窓のカーテンが全て閉め切られ、室内は非常に暗い……。


 そのどこか人間性を拒絶するような冷たい暗闇の中、裁判を受ける被告人ででもあるかのように、茉莉栖はただ独り、毅然としてそこに立っていた。


「――ゆるキャラ同好会会長・乃木茉莉栖……一応、議案審査委員の審査を通ったのでこうして議会を開いたわけだが、こんな春休みの最中に緊急で私達を招集するとはいったいどういうつもりだ?」


「そうですよ。それも、あと二、三日待てば学校が始まるというのに……」


 ピシッと直立不動で姿勢よく立つ茉莉栖に対して、そんな男女の声が彼女の前ポから不意に投げかけられる。


 しかし奇妙なことに、この会議室の中には茉莉栖一人の姿しか見当たらない……。


 彼女の前方左右の三方は細長い会議用の机とそれに付属した椅子によって囲まれているのであるが、その椅子の上には誰一人として座っている者がいないのだ。


 ただ、その代わりとでもいうかのように、机の上には液晶薄型ディスプレイのような物が椅子の数だけ置かれており、その黒い画面上に「SOUND ONLY」という明朝体の白い文字が不気味に映し出されている。


 また、よく見るとその文字の下には個人を特定するような名称も記されているようだ。


 今聞こえた声は、そのディスプレイに内蔵されたスピーカーより発せられたものである。


「で、何かと思って来てみれば、なんだ? この着ぐるみ製作費〝ん十万〟の特別部費予算計上というのは? そんなもの、君は本気で通るとでも思っているのか?」


 最初に発せられた男の声が、続けてそのように茉莉栖を厳しく問い質す。それは画面に「生徒会長」と映し出されているディスプレイからの音声である。


「これは何かの冗談か、それとも大きな書き間違えですか?」


 今度は先程、二番目に発せられた女性の声――画面に「副生徒会長」と出ているディスプレイが、そんな疑問を茉莉栖にぶつける。


「いや。冗談でも間違えでもない。その予算計上書通りに〝ん十万〟円をもらい受けたい」


 だが、茉莉栖はその〝音声だけの〟声に臆することもなく、きっぱりと、凛とした口調でそう言ってのける。


「なんだと?」


「なんと身の程知らずな……」


「部にもなれない、たかが弱小同好会の分際で……」


 恐れを知らぬ彼女のその言葉に、他のディスプレイからも次々と電気信号に変換されたざわめきが沸き起こり、その場は俄かに色めき立つ。


 中央の茉莉栖を取り囲むディスプレイの数は全部で10……正面の机のものには真ん中に生徒会長、福生徒会長、その両どなりに書記一、書記二、左手の机のものには1年学級委員代表、2年学級委員代表、3年学級委員代表、右手の机のものには運動部代表、文化部代表、風紀委員長という名称がそれぞれ黒い画面を背景に白く光っている……。


 これが、条坊高校の校則や各部の予算などの審議を取り行う、生徒会理事の全メンバーである。


 ちなみに1年学級委員代表のディスプレイには赤く光る「欠員」という文字が大きく浮かんでいる。まだ入学式前なので、1年の代表は決まっていないのだ。


「………………」


 そんな、ものすごく人を見下したような台詞を投げかけてくる「 SOUND ONLY」のディスプレイを、茉莉栖は無言のまま、ざわめきが収まるまでしばし見つめていた。


 この彼女を取り囲むディスプレイの壁――これは条坊高校生徒会の誇る近未来型遠隔会議システム――通称〝モノリス〟の中核をなす主要デバイスである。


 このシステムにより、こうした休日など、理事のメンバーは学校に来なくとも、タブレットやスマートフォンを用いて、いつどこからでもインターネットで会議に参加できるようになっているのだ。

 まあ、簡単に言ってしまえばテレビ電話の要領である。


 ちなみに今は何かの都合で音声のみになっているが、画面上にお互いの顔を映し出し、より実際にその場にいるかのような臨場感で話し合うこともできる。


 ただ、このシステムを構築するのには当然、莫大な費用と時間がかかっていると思われるが、そのくせ、これがあったからといって何かものすごく助かっているというわけでもなく、逆になかったからといって困ることも別段、これといってない。


 費用対効果を考えれば疑問を感じずにはおれない特殊設備……つまりは無駄な金遣いである。


「フン。権力を独占する俗物どもめが……」


 茉莉栖は吐き捨てるように小声でそう呟き、「こんな金があるならば、文句を言わずにとっとと自分達に回せ!」と思った。


 とは言え、新学期が始まる前に計画を次の段階へ進めておきたい茉莉栖としても、こうしてその無駄金を使ったシステムのおかげで大いに助かっているのではあるが。


「皆さん、よく考えいただきたい。これは我らゆるキャラ同好会のためだけにあらず! 現在、下火になってきたとはいえ、まだまだご当地キャラは全国的なブーム。それがこの条坊高校より誕生したとなれば、校名を一躍世に轟かすよい機会となるでしょう。しかも、高校生が部活動でそれを作ったなどというドラマはそれだけで話題性大。地元の新聞、テレビ、ラジオ、ネット記事……否、全国放送でも取り上げられるかもしれない。もしそうなったならば、本校の利益は計り知れないものとなるのですよ!」


 ざわめきが収まりを見せ始めたのを見計らい、茉莉栖はディスプレイ達を前に堂々とした、よく通る声でそう言い放った。


「確かに、もし本当にそんなことになったとしたら、この学校にとっても大きな利益となるでしょうね……でも、あなた達は会員わずか三名の同好会。失礼ですが、仮に予算をもらったからと言って、あなた達にそのような大仕事ができるとは到底思われません」


 すると、茉莉栖の左側にある「2年学級委員代表」のディスプレイが、女子生徒の声でそんな意見を返してくる。


「フン……2年代表。あなたも一応、理事なのだから、ちゃんと議案には目を通してから議会に出席していただきたいものですね」


 だが、茉莉栖は小馬鹿にするように鼻で笑うと、その意見を瞬殺で斬り捨てた。


「なっ…!」


 2年代表のディスプレイが、驚きと怒りのない混ぜになった奇妙な声を上げる。


「今おっしゃられた問題をクリアするために、予算に加えてもう一つの要望も出しているのだ。そのくらいのことがわからないようでは理事として如何なものかと思われますよ?」


「くっ…」


 茉莉栖の遠慮ない言葉に、2年代表の音声は短い呻きを残して沈黙した。


「そのためのこの要望ですか……〝本校に在籍する全生徒の中から、その任に適当と思われる者を強制的にゆるキャラ同好会に入会させることができる。それには、いかなる部、同好会に所属する者であろうとも期限付きで引き抜く行為も含まれる〟……と」


 代って、今度は正面の副会長のディスプレイが再び音声を発する。


「なるほど。それならば確かに人員不足の問題を解決することもできますわね。でも、そのように大きな権限を特定のクラブに与えることは、明らかに民主主義に反することになるんじゃありませんこと?」


「今回の活動はそれほどまでに偉大なプロジェクトだということです。それでもまだ、この一大事業をなすための支援としてはもの足りないくらいです」


 難色を示す副会長の言葉にも、茉莉栖は言い淀むことなくキビキビとした声で答える。


「それならばなおのこと、君らのような弱小…失礼。小さな同好会をなぜ特別視せねばならんのだ? もしも我が校でその、なんだ、ゆるキャラ選手権か? それに参加するとしてもだ。君らではなく、どこか他のもっと有能で実績のある部に権限を与えて、そのイベントに取り組ませるのが筋というものだろう?」


 すると、そんな茉莉栖の意見を逆手に取り、右側にある「運動部代表」のディスプレイが嫌味たらしい男子生徒の声で意見を述べる。


「笑止!」


 だが、茉莉栖は一喝。その口も間髪入れずに塞いでしまう。


「我々はこの2年間、全国のゆるキャラというゆるキャラをずっと見続けてきた。我ら以外にこの大役を担える者がどこにいようか? 何もわからぬ〝トウシロウ〟が知った風な口をきかんでいただきたいものだな」


「な、何をっ!」


「ならば、運動部代表。それから文化部代表も。あなた達に昨年の『ゆるキャラグランプリ』で1位から3位までに入賞したゆるキャラが、どこのなんというキャラクターなのか言えますかね?」

「………………」


 茉莉栖のその質問に、右側二つのディスプレイは低いノイズ音だけを静かな会議室内に響かせた。


「……まあ、それはともかくとしても、なんだ? この最後の条項は? 〝これにより、会員数が5名以上に達した時には『ゆるキャラ同好会』を『ゆるキャラ部』へ昇格。部室も旧クラブ棟から新たに用意した新クラブ棟の部屋へ移動させる〟って、これは君、どう見ても君らの同好会をひいきしろと言っているようにしか思えないぞ? まさか市のイベントを口実に、自分達の同好会の権利を強化しようという策略ではないだろうな? それなら、それは詐欺行為以外の何物でもないぞ?」


 終始、揺るぎない口振りの茉莉栖主導で進み、最早、彼女に反論できる者は誰もいないかと思われる議場であったが、今度はそれまで沈黙を守っていた「風紀委員長」のディスプレイが、そのように否定的意見を口にする。


「……そ、そうだ! これは横暴だ!」


「ええ。わたし達を騙して予算をぶん取ろうっていう魂胆よ!」


 風紀委員長の正論に、今しがた撃沈させられた負け犬達も俄かに活気付く。


「新しい部室も、着ぐるみの作成作業で広い場所が必要となるための止むを得ぬ措置です。それに人数が五名以上となれば部に昇格するというのが『生徒会規約第十条・部活動等に関する規則』でも規定されている至極当然な流れ。5名以上もいて、それでも部にならない方がむしろ規則違反ではないですかな?」


 だが、茉莉栖はそれに対しても、負けることなくこちらも正論で言い返す。


「まあ、一応、君の言うことも筋は通っているか……しかしね、この予算の金額は他の部にしても通常はあり得ない高額だ。それに、このいまだかつてない権限を与える特例……そんなものをおいそれと認めてしまって、もし何かあった場合に誰が責任を取るんだ? そんな責任、我々では負いかねないね」


 それでも、生徒会としては茉莉栖の要求を簡単に飲むわけにはいかない。再び「生徒会長」のディスプレイが迷惑そうな声色でそんな難色を示す。


「責任ということならば、逆にもし、あなた方がこの要望を蹴って、我らが濡良市の公募に応募できなくなった場合、条坊高校はそんな熱意ある生徒のクラブ活動をも潰す、自由も創造性もない学校だ…などという噂が世間で立ったとしても、その責任はあなた達が負うと考えてよろしいんですね? 昨今、SNSでその手の噂はすぐに拡散しますし」


「な……き、君は我々を威すつもりかね?」


 茉莉栖のその言葉に、ずっと冷静だった生徒会長の声も動揺の色を帯びて荒げる。


「いいえ。私はただ、事実を言っているまでのことです」


 そんな生徒会長に、茉莉栖が素知らぬ顔でそう返したその時。


「生徒会長、学校長とPTA会長から本件に関しての公式見解メールが入っています」


「書記一」と書かれたディスプレイが不意に真面目そうな女生徒の音声を発した。


「ん? 学校長とPTA会長から? なぜ彼らがこの件について知っているのだ……」


 訝しげにそう答え、今、遠く離れた彼の自宅において、〝生身の〟生徒会長が目の前にあるタブレットでメールを確認しているであろうと思われる僅かな時間の過ぎた後。


「これは…?」


 「生徒会長」のディスプレイは、思わず驚きの声を上げた。


「ん……?」


 それを受け、他の理事達も生徒会共有フォルダ内にあるそのメールを一斉に確認し出す。


 そして。


「な、なんだと?」


「まさか、そんな……」


 彼らのディスプレイも揃って驚愕の音声を暗闇の中に響かせる。


「ゆるキャラ同好会の活動を全面的に支援するように……学校長もPTA会長も、ほぼ同内容の文章ですね」


 その中で「副生徒会長」のディスプレイだけが、落ち着いた声でメールの一文を静かに読み上げた。


「根回し……か。やってくれましたね、乃木茉莉栖」


 生徒会長の音声が、「してやられた」というようにぽつりと呟く。


「さあ? なんのことやら……」


 それに茉莉栖は不敵な笑みを浮かべると、まるで知らず存ぜぬというようにあからさまに惚けてみせる。


「ま、いずれにしろ、これで論点がはっきりしましたね。わたしはまったく存じませんでしたが、今聞いた話の感じからすると、学校やPTAも我らの活動にはどうやら賛成のご様子……さあ、どうします? 学校側の意見に反してまで我らの要求を蹴って本校の不評を世に知らしめるのか? それとも、学校・PTAの意見に同意して、本校の名誉となる活動に協力するのか? あなた達はどちらにメリットがあると思われます?」


「………………」


 茉莉栖の殺し文句に、反論を唱えられる者は誰もいなかった。


「わかった。学校側までが賛成というのならば致し方ない……まことに遺憾ながら、この予算案と君らへの特別措置を本生徒会は許可することとしよう。しかし、それで本当に濡良市公認キャラクターの座を勝ち取ることが君らにできるのかね? ここまでしておいて、やっぱり駄目でしたではお話にならないぞ?」


「フッ…それは愚問というものですな。この濡良市内において、ゆるキャラに関して我らに敵う者はありません。必ずや名誉ある勝利を条坊高校の歴史に刻んで御覧にいれましょう」


 悔し紛れな会長の問いに、茉莉栖は再び鼻で笑うと、そう、自信を持ってきっぱりと言い切った――。


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