みっしょん1 動き出す|作戦《オペレーション》(2)
「――皆、休みなのに集まってもらってすまんな」
その翌日、春休みのため、普段よりも若干、静かな条坊高校にある旧クラブ棟の一室で、茉莉栖は他の会員二人を前にして、そう口を開いた。
「何言ってんの。今日集まった理由はもちろん市長が言ってた例の〝アレ〟についてでしょ? 僕もニュースで見たよ。あんな話聞いちゃったら、おとなしく家にいれますかって」
その内の一人、甘いマスクにさらさらの茶髪をやや長く伸ばした
「そうだよ茉莉栖ちゃん…じゃなかった、会長! ついにこの濡良市にもゆるキャラが誕生するんだよ? しかもアイデア募集だよ? これはもう、あたし達がやるしかないよ!」
もう一人、短めの黒髪を市松人形のように切り揃えた、カワイらしい、そしてロリ要素満載な背の低い女の子も、目をキラキラと輝かせながら優男の意見に賛同する。どちらも茉莉栖と同じ紺のブレザーを着た、条坊高校の3年生である。
「すでに知っていたか。さすがは条坊高校ゆるキャラ同好会の副会長と記録係だな」
そんな二人を鋭くも満足げな眼差しで見つめ、茉莉栖は静かにそう呟いた。
そう……彼女が讃える二人の内、優男の方はこの会の参謀的役割を果たす副会長・東郷平七郎であり、少女は会の資料を一手に管理する記録係・高村ひかりなのである。
そして、容姿端麗、才色兼備な彼女――乃木茉莉栖こそ、この文武両道で名の通った名門・条坊高校にあっては大変特異な…否、全国の高校においても、ものすごく稀有なクラブ活動であろう「ゆるキャラ同好会」の名誉ある初代会長なのだ。
「ま、副会長と言っても、この三人しか会員いないんだけどねえ」
しかし、平七郎が言う通り、現在、この会には彼ら三人しか所属していない。
〝部〟になれていないのもその人数不足のためで、条坊高校の規定においては五名以上の部員が確保できない場合、如何なるものとて同好会扱いされることとなっているのだ。
「言うな……江戸っ子風に言えば〝それを言っちゃあ、おしめえよ〟だ」
まじめな顔をしたまま、少しも表情を崩さずに江戸っ子の真似をしながらそう答える茉莉栖の瞳は、狭く、小汚いこの部屋の中を無意識に見回している。
その〝同好会〟の名に恥じず、この会が割り当てられている部室もまた、おそろしく古くてボロボロの、築ん十年の旧クラブ棟の中にある。
ぢつは、この建物のとなりには昨年建てられたばかりの新クラブ棟があったりもするのであるが、そちらの広くて新しい部室は野球部だの、サッカー部だのといったメジャーで力のある部に占拠されており、マイナーな文科系の部や彼女達のような部にもなれない同好会なぞは、最早、廃墟と化しつつある旧クラブ棟の方を使わざるを得ないという過酷な運命を強いられているのである。
「……だが、そんな境遇もこれで終わりだ。この今世紀最大のイベントを利用し、我らの名を世に知らしめてやるのだ!」
シミやヒビの目立つ薄汚い天井を見上げながら、茉莉栖はその握りしめた拳に強い意思を秘めて、高らかにそう宣言をする。
「じゃ、やっぱり、あたし達もその選手権大会に応募するんだね!」
茉莉栖の発言に、ひかりがよりいっそう瞳をキラキラと輝かせて声を上げる。
「当然だ。しかし、そのためにはいろいろと障害がある……市のホームページに載っている応募条件の詳細は見たか?」
そう言いながら、茉莉栖は脇に置いた鞄の中からクリップで留められた紙の束を取り出し、バサリと机の上に放った。
「ああ、見たよ。確かに今の僕達じゃあ、役不足って感じだね」
それを一瞥し、平七郎はアメリカのホームドラマに出てくる役者の如く肩をすくめると、お手上げといった感じで彼女に答える。
「うん。そうだねえ……こんなに応募する気満々なのに、そこが問題なんだよねえ……」
平七郎とともにひかりも見つめるその紙の束は、市の公式サイトに載っていた「幻の濡良遷都1300年記念・ご当地キャラ大選手権大会」の応募要項を印刷したものだ。
「うむ。これによると、応募する者はキャラの名称や形のデザインを考えるだけでなく、実際にその着ぐるみを作って、その中に入る人間やら何やらまで用意して参加せねばならないらしい……ま、着ぐるみを作ったり、中に入る者を雇ったりするのには金がかかるからな。財政難な濡良市としては、その金をまんまと浮かせたい腹積もりなんだろう」
茉莉栖が応募要項のその部分を指で差し示しながら、念のため二人にそう説明を加えた。
「だが、そのために応募する者は、それなりの財力と人員を持っている団体だけに限定されるというわけだ……貧乏人にはひどい話さ」
茉莉栖の言葉を継いで、おどけた調子で平七郎が言う。
「でもって、うちもその貧乏人の代表のようなもんだ。金もなけりゃあ、人もいない……真面目な話、このままじゃ指を咥えて応募を見合わせるしかないよ? 会長」
「フッ…まあ、今のままではな」
その軽い口調とは対照的に、いつになく真剣な表情で困惑の色を見せる平七郎だったが、茉莉栖はなぜか鼻で笑うと、二人の顔を眺めた。
「ってことは、何か策があるんだね!」
その反応にひかりが小さな体を机の上に乗り出し、希望を込めた瞳で茉莉栖に詰め寄る。
「ああ……生徒会に協力を要請するつもりだ」
「生徒会っ?」
何か含みのある笑みを浮かべる茉莉栖のその答えに、今度は平七郎が頓狂な声を上げる。
「いや、生徒会といったら、あの鬼のように血も涙もない生徒会でしょ? いくら頼んだって、うちらのような弱小同好会の言うことなんか聞いてくれるとは到底…」
これまでの経験則を鑑み、茉莉栖の考えに否定的な意見を唱える平七郎だったが。
「いいや、そうでもないさ」
彼女は、あっさりとその反対意見を否定した。
「本校の部活動から濡良市の公認ご当地キャラが出たとなれば、これは条坊高校にとって大変名誉なことだ。うちは何かとそういう名声だのなんだのを気にするからな。学校側を味方につければ、生徒会としても無視せずにはいられまい。今回はそこのところを突いて、着ぐるみの製作費を出させようと思う」
「ああ! なるほど……」
平七郎とひかりが、同時に口を開いてポンと掌を打つ。
「それから足りない人員についてだが、これも条坊高校の名声を高めるための重要な事業という名目で、強制的に適当な人間をゆるキャラ同好会の会員として入会させられるお墨付きをもらうつもりだ。無論、他の部からの引き抜きもOKのな」
「おお、そういう手もあったか……いや、そうなると、人数が増えて、同窓会から部に昇格できるかもしれないな……」
茉莉栖の説明に、感心したように平七郎が呟く。
「あっ! そうだよ! そうなれば、この狭くてボロっちい部室から、おとなりの真新しいクラブ棟の部屋へもお引っ越しできるかもしれないよ!」
続いてひかりも、突如として振って湧いた希望溢れる未来のビジョンに声を弾ませる。
「うむ。今回の計画にはそのことも織り込み済みだ。このイベントをきっかけにして、我らもゆるキャラ〝同好会〟からゆるキャラ〝部〟へと進化を遂げるのだ!」
俄かに色めき立つ平七郎とひかりに、茉莉栖も普段通りの冷淡な表情ながら、その内に
「だけど、そんなにうまくいくかな? なんせ、相手はうちらみたいな同好会をゴミくらいにしか思ってない生徒会の連中だよ?」
「なに、その辺は任せておけ。この一世一代の大勝負、誰であろうと説得して見せるさ」
これまでの苦い思い出が頭を過り、なおも一抹の不安を覚える同朋の平七郎に、茉莉栖はどこか遠くを見つめ、そう、静かに呟いた。
「……それじゃあ、選手権大会には何がなんでも出るってことで決まりだね。んで、会長には生徒会との談判をしてもらうとして、あたし達は何をすればいいの?」
僅かな沈黙の後、再びひかりが口を開いた。
「善は急げ。役割分担は早く決めておいた方がいいってね」
それを聞くと、平七郎もひかりの発言の意図に同調する。
「その通りだな。では、高村君。君には我らのオリジナルゆるキャラの名称とデザインを一任する。この 三人の内では記録係である君が一番よく全国のゆるキャラに精通し、その特性を理解している。この役には君が適任だろう。それから東郷君。君には生徒会の承認が下り次第、必要な人員集めを行ってもらいたい。これも、話術と情報収集の能力に長けた君には最適の仕事だな」
「うん、わかった。ものすごくプレッシャー感じるけど、なんとか頑張ってみるよ」
茉莉栖のテキパキとした指示に、ひかりは両の拳をロリ体型の胸の前でぎゅっと握りしめ、〝頑張る〟という意思表示を小学生にしか見えない童顔でしてみせる。
「こちらも了解。ま、欲しい人間のスカウトについちゃあ、ちょっと考えがあるんでね。まあ、任せておきなよ」
平七郎もその指令をいつもの軽い調子で快諾する。
「よし。それでは早速、今日より本作戦……そうだな、名付けて『
「オーッ!」
こうして、茉莉栖の号令に答えて平七郎とひかりの上げた
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