みっしょん1 動き出す|作戦《オペレーション》(1)
20××年4月1日……。
この日、
濡良駅前にある大型電気店で、一人の少女が陳列された4Kテレビに映る映像をただ黙ってじっと見つめていた。見本のテレビは4台。それぞれに別の番組が流されている。
ただ一点を、微動だにせず見つめるその眼差しはひどく真剣だ……。
容姿端麗ではあるが、どこかツンと澄ましてキツい感じのする彼女のこと。見ているのは左上に置かれたテレビに映る、シリアスなサスペンス調のハリウッド映画だろうか?
それともそのとなりで流されている、男達が血飛沫を飛ばしながら真剣な闘いを繰り広げるボクシングの試合であろうか?
はたまた良家の子女のような雰囲気を湛えるその瞳は左下の料理番組を映し、将来、良妻賢母となるためにレシピを憶えようとでもしているのだろうか?
……しかし。彼女が瞬きもせずに見つめているのはそれらのどれでもない。
茉莉栖の熱い視線が注がれる右下の画面に映るもの……それはここ数年、〝この世界〟を牽引してきた、最早、大御所と呼ぶべき
4Kの美しい液晶画面の中、そのアクティブに動くかまもんの着ぐるみが釜本のシンボル・釜本城の雄姿を前にたくさんの観光客達と戯れているのだ。
釜本市をPRするために作られた、その黒いお釜にクマのような顔と手足のくっ付いたキャラクターのなんとも愛らしく、そして、なんともゆる~い顔を眺めながら、茉莉栖は心の中でぽつりと呟く。
…カワイイ……カワイ過ぎる……。
そんな心の声とは裏腹に、彼女の表情は先程よりまるで変わることなく、凛とした緊張感を保ったままいたく真剣だ。
その外見からは、ゆるキャラに見惚れて感嘆の溜息を洩らしているようにはとても思えない。
時折、脇を通る客達が彼女の美しさに振り返ってゆくが、現在、そのクールな美貌の下でゆるキャラに萌え萌えキュンな真っ最中であろうなどとは露ほども気付きはしないであろう。
「――このように、現在、釜本市のかまもんや
萌える美少女の見つめる右下のテレビからは、他の三つの番組から流れる音声に混じって、そんな女性キャスターの声が聞こえてくる。
映っているのはどうやら地元の局でやっているローカルな夕方情報番組のようだ。
「そんなゆるキャラブームに少々出遅れ感はありますが、ここ濡良市においても市の命運をかけて、かまもんに続けとばかりにご当地キャラを作ることとなりました!」
「なにっ…?」
その言葉を聞いた瞬間、それまで黙って画面に見入っていた茉莉栖は思わず声を上げる。
と、同時に画面は切り替わり、カワイらしいかまもんに換わってスーツ姿の禿げたおっさんの姿が映し出された。
「くっ……邪魔だ。ハゲ」
突然、愉悦の時を邪魔され、露骨に表情を歪めた茉莉栖は美少女には似つかわしくない台詞を小声で口走る。
「
だが茉莉栖の声を無視し、女性キャスターの声は映像にそんなコメントを付け加える。そのどこか見たことあるような禿げたおっさんは、どうやら現在の濡良市長であるらしい。
その市長が、画面の中で議会の演説台を前に語る……。
「――えー…数年前、かつて平城京のあった奈良市では遷都1300年祭というものが行われたわけでありますが、現在、この濡良市のある場所においても、遥か古の時代、〝都が遷都されるかもしれなかった〟とかなんとかいう伝説が実はあったりなんかもするわけでありまして、えー…今年はその遷都の予定があったとされている時代より数えて、ちょうど1300年目という節目の年にあたります」
ここ、西日本のどこかにある濡良市には、そんな、ものスゴく胡散臭いトンデモな伝説がまことしやかに伝わっているのだ。
「そこで! 〝遷都されるかもしれなかった1300年〟を記念する各種事業を行うにあたり、その記念事業を盛り上げるご当地キャラ……つまり、昨今に言うところのいわゆる〝ゆるキャラ〟というものですが、それを作りたいと思います。つきましては、濡良市民の皆さまに名前・デザイン等のアイデアを広く募集し、その中より公認キャラクターを選出したいと思うわけですが…」
「なぬっ!?」
不満を感じながらも市長の演説に耳を傾けていた茉莉栖は、その予想だにしなかった情報にまたしても声を上げる。
「この濡良市を代表するキャラクターの選出方法は市民による公募で行いますが、そんじゃそこらの自治体のやり方とは少し違います……我が市では今年9月に行う予定の『幻の濡良遷都1300年記念・ご当地キャラ大選手権大会』を持って、あらゆる面で最も優れたキャラクターを公認として選び出す所存であります。大会へのエントリーは市民であればどなたでもで可能ですが、大会運営の都合上、いくつかの規定を設け――」
そこまで聞くと茉莉栖は表情を崩し、その端正な顔の口元に不敵な笑みを浮かべた。
「……ついに……ついにこの日がやってきたか……」
外からではそれほどの変化しかわからないが、その内側で湧き上がる、今まで生きてた中でも一番と思えるほどの大きな興奮に、もうそれ以上、テレビから流れ出る音声は彼女の耳に届かない。
否、音声ばかりか、その画像も彼女には見えていないのかもしれない。
「……日陰の身に甘んじることまる二年……ようやく我々の力を世に知らしめるべき時がやってきた……さあ、
誰に言うとでもなく茉莉栖は独り呟くと、くるりとその長身をファッションモデルのように反転させ、他に目をくれることもなく電気店を後にして行った――。
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