第2話

回収リストの2件目までは、なんとか無事に終えることが出来た。

通達というより、回収出来なかった自殺者の魂を拾いに行っただけなのだけれど。

抵抗もなければ文句を言われることもほぼない。心底毎日こういう雑用で済ませたいと思う。精神衛生上、通達という仕事は本当によろしくない。


特に、今からやるような案件は。



本日最終案件にして1番やりたくない仕事。

先週、結婚式を済ませたばかりの新婦への通達だ。




-------------[回収リスト其ノ壱]-------------

旧姓:遠藤 美幸(えんどう みゆき)

現在:坂井 美幸(さかい みゆき)


1990年6月25日生まれ 性別女。

5年間付き合った彼氏:坂井 護(さかい まもる)と先週結婚式を済ませたばかり。

来週美幸の地元へ構えた新居へ引越しの予定。

昨年、定期的に行われる市の癌検査促進運動に興味を持ち自身も検査をしたところ陽性。

発見が遅く、余命1年と宣告されながらも献身的な護の支えにより今日まで長らえる。

3日後に回収。


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この後幸せの中で困難を乗り越えてきた坂井美幸へ通達をしに行く。回収は3日後、彼女が亡くなったあとだ。

仕方の無いことは承知の上でいつも思うのだけれど、本当にこの回収リストの薄情過ぎる物言いが僕は嫌いだ。



いつもより時間も余っていたので、少し坂井美幸の様子を見てみることにした。

出来るだけ彼女が傷つかないように、出来るだけ受け入れられる伝え方をしたい。

その為には彼女を観察しなくては。


もう、このリストが受理されて僕ら死神に渡った時点で坂井美幸の魂を回収することは確定なのだから。


少しでも、伝わるように。




*******



西日が眩しい夕方、坂井美幸はスーパーから出てきた。

荷物は多くない。自分の小ぶりなカバンと片手で持てる買い物袋だけだ。


ただなによりも目を引いたのは坂井美幸の服装だった。ドレスコードがあるレストランに、これからディナーでも行くのかというような格好をしている。

もちろん、顔立ちは綺麗だし、体格だってバランスがいい。髪の毛もきちんと手入れされているのか艶やかだ。服装も相まってどこかの社長令嬢のようだ。


しかし彼女が出てきたのはスーパーで、袋から30%offのシールも透けて見える。



ゆっくりと後をつけてみるものの、変わったところは特にない。

少し気になるのは休憩を時折挟んでいるのだけれど、その回数が多いことくらいか。

しかしそれもきっと癌のせいなのだろう、と解釈した。


帰宅して夕飯の支度を始めるが、やはり食材を切るにも慎重すぎるほど時間をかけて切る。味見も一切することなく、全て秤を使って正確に計る。


日常生活にこれ程支障をきたしているのに、坂井美幸は嫌な顔ひとつせず、懸命にこなしていた。


結局、2時間以上料理を作って完成したのは普通の白米と味噌汁となんてことない煮物1品だ。


普通なら1時間もあれば完成する献立を2時間以上かけてようやく形にできたのだ。

これを毎日こなすのは本当に滅入るだろう。絶望を感じ、自暴自棄になったってなんらおかしくない。しかし彼女は観察している間、嫌な顔どころかどこか達成感を感じているような、そんな顔だった。



料理が完成して10分程、ちょうど護が帰宅してきた。

すると坂井美幸はさっきまでの動きとは違い、途端にいきいきと動き始めた。

護のジャケットを取り、ハンガーにかけ、ネクタイとカバンを受け取る。その風景は至って普通の新婚夫婦だ。先程まで動くのがやっとだった坂井美幸はもういない。


そんな坂井家のちょうど向かいの一軒家。その屋根の上でクリスはずっと観察をしていた。ここまで見て、通達するのは坂井美幸が1人の時にしよう。そう考えたクリスは逃げるかのようにその場を離れた。


坂井美幸は懸命に“普通の人”を演じ、坂井護もまたその舞台を壊さないようにと必死だったからだ。

この人たちの幸せをこれから自分が壊すと思うと今にも罪悪感に殺されそうだった。

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