#15 2人部屋

 遥は内心、かなり驚いていた。

 小っちゃくて、生意気だけど先輩で、変人だけど勉強熱心なその少女の涙に。


「うっ、ひっく……」


 普段はふてぶてしい彼女だが、一度こぼれた涙を止められるほどに強くはない。震える両肩はあまりにも小さく、今にも壊れてしまいそうだった。


 やよいと他4人の「語学研究部役員」たちは、学校裏手の女子寮にやってきていた。なお、女子高であるため男子寮はない。

 寮はすべて2人部屋で、そこはさゆりとフローラの部屋だった。5人がくつろぐにはやや手狭な空間に、簡素で均質な机とベッドが2つずつ置いてある。さゆりはともかくとして、フローラ嬢の居住空間としてはあまりに庶民的に見えた。

 内気で内弁慶なさゆりが心を許しているフローラとは、この部屋で出会ったのだという。


 やよいは尚もうつむいて、床にぺたりと座ったまま震えている。その姿を見て、高校2年生だと判るものはいないだろう。


「とりあえず、気が済むまでここにいていいから、ね? ……2人がついてきたのは予想外だったけど」


「ご、ごめんなさい、散らかってて……」


 予定になかった訪問に、さゆりとフローラは少し恥ずかしそうにしている。

 遥と友望がここまで付き合う義理もないのだが、放って帰るわけにもいかない。友望はクラスメイトであることもあって、やよいの事情もある程度知っているようだった。


「小淵さんのおうちって、そんなに大きいんですか?」


「あたしも何回かしか見たことないし、中は入ったことないけどね。……なんか、アメリカのホームドラマみたいな?」


 遥の脳内に浮かぶのは、白い壁がまぶしいお城のような家。広い庭に、大型犬。貧相なイメージだが、現実もまた、当たらずとも遠からずといった豪邸なのだ。

 大型犬もいたよ、とさゆりが言った。


「……このままここにいても……問題を先延ばしにするだけ。……やよい、貴女はどうしたい?」


 部室では聞き取りにくいほどに小さな友望の声も、この部屋の中であればちょうどいい。淡々とした口調だが、どこか優しさのこもった声。


「……っ、ぅ」


 嗚咽を漏らすだけのやよい。遥はなにを言えばいいのかわからず、腰を下ろすのも忘れて立ち尽くしていた。フローラも同じような表情をしていたが、さゆりだけはどこか慣れたような口調で、だれもいない空間に向かって語りはじめた。


「やよい先輩。……いや、


 さゆりは先輩であるところのやよいを呼び捨てると、彼女のほうを振り向く。

 多少の違和感をおぼえた遥だが、普段からさゆりはやよいに対して敬語を使わない。きっと、普段はこうなのかもしれない――と思うだけだった。

 やよいは一瞬ぴくりと動いてさゆりを見上げたが、すぐに視線を下に戻した。


「……い、いまっ……その呼び方、しないで」


 鼻をすすりながら、抗議のような言葉を絞りだすやよい。少しずつ乾きつつあった頬を、再び大粒の涙が濡らす。


「悪いけど、3人とも席を外してもらえないかな。……ちょっとだけ」


 さゆりが申し訳なさそうにそう言うのを聞いた3人は、同じような顔をしながら部屋を出ていった。さゆりにはなにか考えがあるんだろう。やよいと最も長い付き合いのある彼女には――。

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