#14 帰る場所
会議は踊る、されど進まず……いつだったか歴史の授業で習った一節が、遥の脳裏に響いていた。
第1回語学研究部役員会議。その議題は、次に取り組む外国語選び……なのだが、
「ど、どうしてみんな、英語嫌いなんですか……?」
なんだか怖い顔をしている4人に、恐る恐るたずねる遥。
外国語学習といえば、有無を言わずにまず英語。それが世間的な常識というものだ。遥も入部早々にラテン語などを学ばされて感覚がマヒしかけていたが、改めて考えるとやっぱりおかしい。
「吉田さん、本屋の語学書コーナーって見たことある?」
「いえ、あんまり……」
「今度見てみなよ。どこまでいっても英語、英語……次点で中国語や韓国語。まあ、この辺はお隣さんだからわかるけどさ。その他じゃ一番多いドイツ語だって、棚ひとつ与えられていればまだいいほうで……吉田さんがこれまでやってたラテン語なんて、本屋によっては1、2冊あるかないか」
「私の持ってきた本も、半数はすでに絶版した古書……その他は書店になく、出版社から取り寄せたもの……あるいは、通販で買った海外の書籍」
外国語教材の偏りを嘆くさゆりと友望。本屋では文庫本かマンガのコーナーしか見ない遥にとってはあまりイメージできなかったが、確かに、語学書といえば英語が筆頭なのは間違いない――それだけの需要が我が国にはあるのだから。
なお、遥を除く4人の部員たちはみな、本屋に行けばまっすぐに語学書コーナーに足を運んでは小一時間は出てこない変人ばかりである。
「いい? 遥ちゃん。英語というのは、人をののしるための言葉。知性がないのよ……って、お母様がいつも言っていたわ」
「そ、それはなんだか色々と怒られそうな……」
いつも穏和で笑顔を絶やさないフローラ。いまも笑顔を見せてはいるが、その青い目の奥が冷え切ったように、全く笑っていない。
フランス人だというフローラの母親がどのような人物なのかは知らないが、隣国というのはいがみ合う定めにあるのだろうか――遥は苦い顔をしたまま、軽く笑うしかなかった。
「英語なんて大嫌い。あのバカ親父に押し付けられたものは全部嫌い。……あぁーっ、むかつく!!」
はじめはつぶやくような声で淡々と語っていたやよいだが、何かを思い出したように突然目を見開くと、机に勢いよく両の拳槌を食らわせた。
やよいは父親と仲が悪く、母はいない。医者である父は、やよいとその兄に医学の道を強いた。
長男であるやよいの兄は優秀な人間で、国立の医学部に現役で合格し、今は研修医として奮闘中である。
「小淵さん……?」
一方、やよいは父に反発した。父が医学を学べと言えば、彼女は語学を学んだ。父が英語を話せるようになれと言えば、彼女はロシア語の勉強を始めた。
父はしだいにあからさまな落胆を娘に示すようになり、兄は研修のために家を空けることが多くなった。豪邸にふたりきりになった父娘の仲は、ますます冷え切ったものになっていった。
「やよい先輩、またお父さんとケンカしたんだね」
中学から付き合いのあるさゆりには見慣れた光景である。当時、凛雅学園への進学を認めなかった父親と頻繁に口論していたやよいは、そのたびに家出してはさゆりの家に来た。友達を作ろうとしないやよいにとって、さゆりという後輩の他に頼れる者はいなかった。
「なーっにが一族の恥よ! 好きであんな奴の子に生まれたんじゃないっての!! ……もう帰る!」
椅子が倒れるのも構わず立ち上がると、やよいは自分のスクールバッグをひったくって肩にかける……が、その小さな背中はすぐに立ち止まった。このまま帰ったとて、忌々しい父親と顔を合わせるだけである。
彼女は部活動の出席率がいちばん高い――それには訳があったのだ。
踵を返し振り返るやよい。華奢な肩を震わせてうつむくその頬に、涙がひとすじ伝っていた。
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