#11 語研活動日誌

 第三多目的室。数多のクラブが雑居する、通称「共用部室」である。この部屋の大窓は西に面しており、放課後は西日が強く差し込む。窓際で活動しているクラブは、各々が日避け手段を講じている。

 部屋のカーテンは左右の端にしかない。いくら西日が眩しいといっても、他のクラブの許可なくカーテンを閉めることは憚られよう。しかし語学研究部は窓際の右端にある。自分たちの分だけカーテンを使えば、手軽に日差しを避けることができた。


 小淵やよいは一足先に、語研に集まっていた。手洗い場ですすいだ愛用のスキットルを、制服の袖で軽く拭う。それから先ほど自販機で購入した「おいしい桃の天然水」の小さいペットボトルを開封し、スキットルにその内容物を移し替えていく。

 やよいは教室でもこのスキットルで謎の液体をあおっているため、クラスメイトからは常に2、3歩距離を置かれているが、その正体はこんなものである。

 入りきらなかった残り一口をその場で飲み、空のペットボトルを部室の隅に設置されたゴミ箱へ放り投げ――ようとしたとき、部長・石飛さゆりが入ってきた。


「やよい先輩、どーも」


 ペットボトルが本来描くべき放物線は、進路を変えてさゆりの額に直撃した。


「いたっ。もう、今更恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか」


「そうじゃない! サユーリ、ハルカに喋ったでしょ」


 先日、遥はやよいがいつもフレーバー入りの水を買ってスキットルに詰め替えていることだとか、その姿がなんだか可愛いだとか、そういった話をさゆりから聞いたらしい。そこで、遥はインターネットでフレーバーウォーターのレシピを調べ、やよいに寄越したのだ。


「ハルカのやつ、『果物とかハーブとかを、スパイスと一緒に水につけるんです。密造酒っぽくないですか?』だって。アタシをなんだと思ってるんだか」


「先輩、そういうの好きそうだけどなぁ。結局、やらなかったんですか?」


 さゆりはやよいの投げたペットボトルを拾い上げ、ゴミ箱へ投げた。ホールインワンだ。


「……昨日作って、今朝持ってきた。これは飲み切っちゃったから買っただけ」


 やよいは少し小さめの声で、恥ずかしそうに言った。


「なーんだ、結局気に入ってるんだ。仲良くやってるみたいで、部長としても安心だよ」


 そう言いながら、定位置、ホワイトボードを背にして座るさゆり。スクールバッグからクリアファイルと大学ノートを取り出し、長机に並べる。


「ん? 何それ」


「語研の活動を記録して、月に2回顧問に提出するんだ。ほんとは書記の仕事だけど」


 ノートの表紙には、味気ない黒のボールペン字で「語研活動日誌」と書かれていた。


「って、書記アタシか」


「どうせ先輩忘れてるだろうと思って、前半の分はもうあたしが書いたよ。……なんでやよい先輩が書記なんだっけ」


 ノートには一日ごとの活動の概要、欠席者の名前などが書かれている。思い返せば、ただ駄弁っていただけの日のほうが多いのだが、うまく繕って「活動計画会議」「勉強会」などと言い換えてあった。


「来た時にはもう書記と会計しか残ってなかったでしょ。トモミは字汚すぎて書記に向かないから、アタシが書記に立候補したの」


 やよいのクラスでは、出席番号順に2人ずつ日直が回ってくる。友望とやよいは番号が隣り合わせなのでいつもペアになるのだが、日直はその日の行事予定を教室右の黒板に書かなければいけない。


「トモミの字、本気で読めないから。なんか、ナメクジの這った跡みたいな。前髪で手元見えてないんじゃないかってくらい」


「やよい先輩は、字きれいだよね。さすが書道やってただけはある」


 やよいは書道2段の資格を持っている。それを取ったのは小学生のころで、ジュニア段位であるためあまり自慢するようなものでもなかったが、彼女が達筆であることは事実である。これを知っているのは数少ない友人、中学時代から付き合いのあるさゆりくらいのものだった。


「ハルカは意外そうなカオしてたけどね。失礼なヤツ」


「いやー、誰でもそう思うんじゃないかな」


 さゆりは雑談しながらも、ペンを走らせ続ける。今日の活動内容は「部費で購入する語学書の選定」と書いてある。そんな話は全くしていないが。

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