#3 開花宣言
遥が昼休みにわざわざB棟に踏み入ったのは、石飛さゆりに用があるからだった。午前の授業が終わったあと、おそるおそる覗いた一年C組の教室には、その姿が見えなかったのだ。
――うう、部屋が多すぎてわかんない。生徒会室、生徒会室ってどこ……放課後までに石飛さんに部活の名前聞きださないと……。
昼休みにB棟を訪れる学生は、職員室に用がある者が多い。それ以外のフロアは常に人が少なく、静かだった。
その時、挙動不審に辺りを見回しながら歩く新入生を見かねてか、通りかかった上級生の一人が遥に声をかけた。
「何を探しているの?」
「え、あ、あの……生徒会室を」
「そう。じゃあ連れて行ってあげる」
遥は上級生の顔を見ていなかったが、胸の校章から三年生であることはわかった。彼女は遥にそっと近づくと、その手をとった。
――また急なスキンシップ……なんでみんなすぐ手握ったりできるんだろう?
何はともあれ、親切な上級生に手を引かれて、遥は生徒会室へとたどり着いた。
「はい、どうぞ」
遥が扉の前で立ちすくんでいると、先ほどの彼女がわざわざ中へ案内してくれた。もしかして、生徒会の人だったのかな……そんなことを考えつつ中に入ろうとすると、ちょうど出てきたさゆりと鉢合わせになった。
「あっ、……石飛さん」
さゆりは遥以上にびっくりした様子で固まっていたが、やがて遥の右手側の空間に向き直り、口を開く。そこには遥を案内してくれた上級生がいた。さゆりの横顔は、どこか緊張しているように見えた。
「あ、……せ、生徒会長。部活動の設立申請、を出しに来ました」
「えっ、生徒会長?」
遥も驚いて顔をあげる。言われてみれば見覚えがあった。入学式のとき、在校生代表として挨拶をしていたのが彼女だからだ。
「はーい、生徒会長の
「よ、よろしくおねがいしま……」
遥が言い終わるより前に、宮森会長はさゆりにプリントを一枚手渡した。
「そうそう、石飛さん。お待たせしてごめんなさいね。……はい。これから部活動がんばってね」
「ありがとうございます」
会長は二人に微笑みかけてから、扉の奥に消えていった。
遥も、さゆりも、その堂々とした立ち振る舞いにしばらく目を奪われていたが、やがて遥が沈黙を破った。
「そ、そうだ。石飛さん。部の設立できたんだよね。その、部活の名前、教えてほしいんだけど」
「あれ? 言ってなかったっけ。じゃあお披露目! ……はい、じゃじゃーん!」
さゆりは急に声のトーンをあげて、ポケットから二つ折りにした長方形の紙を取り出した。静まり返った廊下に、さゆりのセルフファンファーレが響く。
ばっ、と開かれたその紙には、黒々とした墨で達筆にこう書かれていた。
【
「語学……研究部?」
「そう、語学研究部! これ生徒会長が書いてくれたんだよ。あ、今から部室にこれを飾りに行くんだけど、吉田さんも来る? 他のメンバーも来るはずだし」
この日めでたく新設された凛雅学園・語学研究部には、すでに部室が与えられているようだった。こうして申請が受理されたということは、顧問がついているということでもある。さゆりが入学早々にして、様々に奔走してきた成果に他ならない。
――嬉しそうだなあ……そっか、石飛さんもいろいろ頑張ったんだ。おかげで私も部活見つかったし。
「うん、いいよ。一緒に行こう」
「オッケー! 部室はこの真上だよ」
遥はさゆりにまたしても手を引かれ、階段を上っていく。嬉しそうに歩幅を広げるさゆりの手が、少しだけ熱く、汗ばんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます