第3話 素顔


「ほら、急ぎの用事なんだろ?行くぞ!」

 

 瑠衣るいは驚きを隠せないまま、真希音まきねに遅れを取らないように急いで靴を履き外に出た。空を見上げれば雲一つない晴天でどこかに出掛けたくなる天気だった。真希音まきねは車のドアロックを解除して、運転席のドアを開けてエンジンを始動した。車の音が思っていたより大きく圧倒されている瑠衣るいをよそに真希音まきねは振り向いて話した。


「ほら、早く助手席に乗って!まぁ、乗り心地は悪いけど」

「うっうん。分かった」


 瑠衣るいは助手席のドアを開けて乗りづらいバケットシートに座った。瑠衣るいは車内のいたるところに金属のパイプが張り巡らされている光景に興味津々だった。その姿を見て、真希音まきねは何かを察したようだった。


「ラリーカー初めて乗ったのか?まぁ、シートベルト付けてやるからバックを椅子の下に置いて、5点式だから少し特殊なんだよ」


 言われるがままにバックを足元に置いた。真希音まきねは慣れた手つきで5点式シートベルトを着けてくれた。初めての5点式シートベルトを付けられて全く身動きが出来ない感覚に瑠衣るいはすごく不思議な気持ちになった。真希音まきねはあっという間にシートベルトを装着した。そして、真希音まきねは振り向き尋ねた。


「自宅ってどの辺?」

「東丸小学校の近く。」

「なんだあの辺りに住んでるのか!大体分かったから近くになったら案内よろしく!」


 エンジンの大きな音が車内に響き振動も物凄くシートに伝わった。そして車はゆっくりと出発した。少し走ってから先に瑠衣るいが話し掛けた。


「あのさ、なんでこの車はパイプが張り巡らされてるの?」

「これはロールゲージって言って、車がぶつかっても中の人が安全にいられるように張り巡らされてるんだよ。」

「この車は2人乗りなの?」

「そうだよ!こいつは元々は5人乗りのヤリスって車なんだけど、ラリーでしか使わないから後ろの席は取っ払って、2人だけにしてるんだよ!」

「二人でラリーは戦うの?」

「そうだよ!ラリーはドライバーとコ・ドライバーの二人で戦うんだ」


 瑠衣るいは初めての経験に次から次に質問してくるが、真希音まきねは楽しそうに質問に答えていった。そして、赤信号で止まると真希音まきねは少し顔を赤くして瑠衣るいに話した。


「あっ、あのさ!そういや、その・・・朝は悪かったな!」

「えっ?いや、私こそ眠い中話し掛けてごめんなさい。」

「いや、あれはなんていうか寝てた訳じゃなくてその恥ずかしくてさ・・その、照れ隠しっていうか。なんていうか」


 恥ずかしいそうに話す真希音まきねの顔を見て、瑠衣るいは微笑みながら話した。


茂木 瑠衣もぎ るい。よろしくね!」

富田 真希音とみだ まきね。その、敬語とかなしな。普通に接してくれよな」


 車内は一気に和やかな空気になり信号が青に変わった。しばらくすると、東丸小学校が見えてきた。


「2つ目の信号を右に曲がってしばらくまっすぐ行ったら、左側に私の家があるから今日は送ってくれてありがとう!」

「OK!でも、ラリー仕様だからうるさいよな。そろそろ違う車にするからさ」


 笑いなら話す真希音まきねを見て瑠衣るいは少し驚いた。


「え?売っちゃうの?ラリーはやらないの?」

「去年の夏にコ・ドライバーが居なくなったからさ」


 どこか悲しそうな表情で真希音まきねは答えた。


「そうなんだ。でも、またコ・ドライバー見つければ出来るじゃん。」

「いや、もう良いんだ・・・」


 車内はこれ以上聞いては行けない空気になった。そして、目的地の家に近づいた。


「この辺でいいか?」

「ありがとう!すごく助かったよ」

「明日からよろしくな!」


 数十秒沈黙の時間が続いた。そして、瑠衣るいは振り向き苦笑いで尋ねた。


「・・・あっ、あのさぁ~。どうやってシートベルト外すの?」


 真希音まきねは腹を抱えながら大袈裟にも思えるぐらい大笑いして答えた。


「ごめんごめん!そうだよな!初めてだもんな。真ん中を回すんだよ」


 真ん中の金属を回してみると、キレイにシートベルトは外れてくれた。そして、瑠衣るいは外に出ると真希音まきねの車が見えなくなるまで手を振り続けた。


 家に帰ると、リビングに今日の朝ご飯がラップがして置いてあった。そして、電子レンジで温めながら、スマホを充電した。しばらく充電をすると、スマホが起動し、たくさんの通知が鳴り始めた。


(うわ、英玲奈えれなめっちゃ心配してる。返信しないと)


 その中には母親からもメールが来ていた。内容は、今日帰りが遅いので自分でご飯を作りなさいとの内容だった。スマホに向かって独り言をぶつけた。


「もー、早く言ってよね。そしたらもっと長くいたのに・・・」


 そして、同時に頭の中で悪知恵も働いた。


(よし!今日はすき焼きにするもんね!)


 帰りが遅いのを逆に利用してやった気持ちが高まり、ニヤニヤが止まらなかった。そして、日が暮れる前に買い物袋を持って出掛けた。少し距離は離れているが、値段が安くて品質が良い肉が揃ってる肉のハナマルに向かった。肉のハナマルは地元じゃ有名な精肉店で、店主がとても明るいのだ。店の扉が開くと店主が満点の笑顔と大声で話し掛けてくれた。


「おぉ、瑠衣るいちゃん今日は何にするんだい?」

「おっちゃん久しぶり!今日はすき焼きにするから、すき焼きに合うお肉下さい!」

「ヘイヘイ、毎度!そういや瑠衣ちゃんは今日から高校3年生かい?」

「そーです!」

「そうかいそうかい。そういや、真希音まきねちゃんは学校に行ってるかい?」


 まさかの質問に驚きが隠せなかった。


「え?おっちゃん真希音まきねの事知ってるの?」


 店主はどや顔で答えた。


「知ってるも何もこっちはスポンサーだぞ!ほら、壁にポスターが張ってあるだろ!」

「スポンサ-?」


 店の壁を見てみると、真希音まきねが運転していたヤリスがポスターになっていた。そして、瑠衣るいのどこかで見覚えがある車の記憶が繋がった。


「あっ、だからあの車に見覚えあったのか!」

真希音まきねちゃんは良い腕のドライバーで、初めての大会で優勝しちまったんだよ」


 優勝した時の写真を瑠衣に見せた。そこには笑顔の真希音まきねと男の姿が写っていた。


「この人はコ・ドライバーの人?」

「おっ、詳しいね!そうだよ!コ・ドライバーの真希音まきねちゃんのお父さんだよ!しかも、真希音まきねちゃんのお父さんは凄いぞ!元チャンピオンなんだぞ!ヤリスで走る二人がとてもカッコよくて惚れるぞ!」


 少年に戻ったように話す店主に、瑠衣るいは少し気まずそうに話した。


「でっでも、ヤリスは売っちゃうみたいですよ!その、コ・ドライバーが居ないとかで・・・」


 店主はさっきの笑顔が嘘みたいに急に真顔になり少し落ち込んだ表情で話した。


「あゝ、そうか仕方ないか・・あんなことが起きたら、真希音まきねちゃんも辛いよな」


 瑠衣るいは気になりすぐに質問した。


「あんな事?」

「そうか・・・瑠衣るいちゃんは知らないのか・・・」


 そう言うと店主は去年の夏の出来事を話してくれた。外は夕日に染まって気分が少し落ち込む時間帯になっていた。

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