第3話 水鉄砲が進化したんだが

「賢者、水鉄砲の進化って可能なの?」


『もちろん。賢者の水鉄砲は、持つ人に合わせて進化が可能です!』


「ってことは……。私だけのオリジナルの進化ってこと?」


『そうですっ!』


「私のオリジナル! 見たい、すごく見たい!!」


『了解。水鉄砲は、特殊魔法石水鉄砲へと進化が可能ですっ!』


 給水の時に、魔法石を混ぜてたからだろうな。

 確かに、私らしい。


『では、これより進化させます。少し離れていてください。危ないですよ』


「っ……!」


 その瞬間、窓の外が暗くなった。


 慌てて外に飛び出ると、真っ黒い雲が空を埋め尽くしていた。


 稲光が走り、雷が鳴る。


 もし悪魔がいるなら……、こういう風に登場しそうだな。

 そんな荒々しい空。


「あれを見ろよ!」


 おじさんが指を空に向ける。


 雲と雲の合間に一瞬。

 微かに白龍が飛んでいるのが見えた。


 そして背中、何者かが乗っていた。


 今度は確かに、はっきりと白龍の姿が見え、誰かが杖を振る。

 破れんばかり音がヒルド全体に鳴り響いた。

 

 続いて雷が武器屋の屋根を貫く。


「ひぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」

 腰を抜かすおじさん。


『水鉄砲は、特殊魔法石水鉄砲へ進化しました!』


『特殊魔法石水鉄砲は、自動照準、自動探知、自動給水を獲得しました!』


「お嬢ちゃん今の白龍に乗る人を見たかい? あれはきっと大賢者様だ。俺は、すべての運を使い果した気がする。もう死んでもいい。思い残すことはない」


 おじさんのフラグ発言に、ぎょっと視線を向ける。

 水鉄砲を神のように崇め、手を合わせている。


 本当に、死んでも知りませんよ!


 そんなことより、特殊魔法石水鉄砲って、まず長くて覚えられない。言いづらい。


 だから変わらずに、水鉄砲と呼びます!


 サイズは私の手に合わせ、これまで通り小さい。ただ、100円ショップで売ってるようなデザインから一新された。ボディー全体は魔法石を素材とし、スコープまで搭載。

 重厚感がアップ。それでいて超軽い。


 きちんと武器に見えるのが嬉しい。


 これで、誰かに見られても恥ずかしくない。


 堂々と、短いワンピースからチラつかせるのもいい。


 自慢してもいいかも。


 いや。私、自慢する友達がいなかった……。


「お嬢ちゃん、この辺りで噂になってる白い死神の意味を知ってるかい?」


 知りたい情報が棚からぼたもち的にやってきそう。


 私は、首を横に振る。


「この町のジンクスだよ。500年前、ここは小さな村だった。ところがある日を境に、ギルドを営む、モリス・コンウォールって奴が大量の魔法石を手にするようになった。そして魔法石を売り大金を手にすると、やがて王様から公爵の位を与えたれ、正式にヒルドの運営を任された」


 おじさんの口から次々と語られるヒルドと私の関係性。

 つまり、私が寄付した魔法石が、この町を栄させた。ってことだ。


「おかげさまで、見ての通りヒルドはこの辺りじゃ一番大きな町になった。当然モンスターに目をつけられた。でもなモンスターが近づこうとしても、どうしてか近づけなかった。誰にもその謎は分からなかった。それからだよ、この町が白い死神に守られていると噂されるようになったのは。……お嬢ちゃんが遠くから賢者の水鉄砲でこの町を守っていたんだろ。そうだろ?」


 衝撃の事実に、頭がくらくらした。


 まさか、私自身が白い死神だったとは。


 そんな物騒な名前で呼ばれていたなんて知らなかった。


「さすがに動揺は隠せないっ。って顔してるな。白い死神が、こんな可愛い子だって知ったらみんな喜ぶだろうよ」


 さすがに、私のように小さくて風が吹いたら飛んでいきそうな女の子が、この町を守るために生きてます。って言うのは似合わない。


 暇だなぁ。なんて言いながら、ツリーハウスでのんびりと暮らしているのがお似合いだろう。


 それにそんな生活を気に入っている。


 そして500年守り続けてきたのだ。


「おじさん、今のことは全部、2人だけの秘密にしておいてもらえませんか?」


「白い死神を名乗るのは、辛い。ってわけだな」


「正体、こんな子供が白い死神だと知ったら、どこからか私を倒して名声をあげようとする人が現れるかもしれません。噂なんて、どうせ100年後には、飽きて誰も覚えていませんよ。私は平和が好きなんです。そしてこのヒルドが平和であって欲しい」


 決まったぁぁぁああああ!

 上手く言えた気がするぞ。


 ここで、おじさんを丸め込めたら私の圧勝だ。


 誰も、私の正体を知るものはいなくなる。


 おじさんは、長い息を吐いた。

 同時に何かを諦めたようだった。


「なるほど。分かった。俺とお嬢ちゃんだけの秘密にしておく。約束するよ」


 これで平穏な日々がまた続くだろう。


「――大変だ!!! モンスターの大群が検問を突破して、押し寄せてきたぞ! さっきの雷で森のモンスターが暴れ出したんじゃないのか!!!!!」


 すばやく、水鉄砲を太股に装備し、武器屋を飛び出た。


 検問の方から火災が発生している。

 

 空には火の粉が舞っている。


 何者かが、火の粉を撒いている。


 モンスターはどこだ!


 空を仰ぐ。


 武器屋の屋根に飛び乗る。


 検問所の方から、毒針を持った巨大な蜂、全身にトゲを持った巨大な毛虫。

 羽をばたつかせるごとに、火の粉を待ち散らす巨大な蝶々。


 鋼鉄の体と剣のように切れ味を持つカブトムシのモンスターまで人を襲い、建物を破壊している。


「怯むなー! この町は我ら兵士が守るのだ!」


 兵士が応戦するも、圧倒的に戦力の差で負けている。


 水鉄砲のスコープを覗く――。

 ――マップが表示され、モンスターの位置情報が正確に記されている。


 その数、ざっと300。


「お嬢ちゃん、逃げろ!」

 武器屋のおじさんが叫んでいる。


「言っちゃ悪いが、いくら賢者の水鉄砲でも、ひとりじゃ無理だ。奇跡的に勇者様が通りかかるのを祈ろう! モンスターのあの目を見たら分かる。いっちまってるぜ! お嬢ちゃんまで死に急ぐことはないだろ!」


 勇者様かぁ。

 これまで一度も出会ったことはないけれど、もし出会えるなら見てみたい気もする。


 ただし、私はこんな切羽詰まった状況で奇跡を祈るほどの能天気な性格でない。

 日本で勉強して学んだことは、受験に備えること。つまり、毎日勉強すること。

 この世界に言い換えると、弱肉強食の世界で必要なことは、強くなることを意味する。


 500年かけて、準備はできているはず……。


 町を襲ってくるモンスターの大群と戦うのは初めてだけど。死神と呼ばれて、逃げるのもしっくりこない。


「おじさん、心配しないで!」


 私は慌てずに微笑んだ。


「さっきの雷でお嬢ちゃんまでどうにかしちまったのか!」


「多分、いつもの狩とそこまで違いがあるとは思えない。私がなんとかしてみせるよっ!」


 武器屋に、火の玉が飛んでくる。


 さっ、と隣の屋根に飛び移った。


 武器屋が爆音と共に、消え去った。


「おじさんっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 血の匂い。


 人が焼ける匂い。


 おじさんの姿は、そこになかった。


 さすがに、これはキツイよ。


 目の前で人が死んでいくのは、初めての経験だった。



 蜂の大群が遠く、私を見つけて向かってくる。


 水鉄砲を構える。


「賢者、あの数いけるか?」


『その数50。散弾矢を獲得しました!』


「よしっ。それに期待する」


 進化した水鉄砲の力がどれほどか、見たくなってきた。


 照準を合わせて、トリガーを引く。


「散弾矢」


 銃口から一直線に放たれた魔法石の弾丸は、やがて無数の矢に変わり、大群で飛んでくる蜂の頭に全弾命中した。



『蜂の消滅を確認!』



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