第2話 500年スローライフをやってみた

 陽が落ちる前に、ツリーハウスに帰宅すると、賢者に話しかけた。


「賢者さん、聞いてもいいですか?」


『はい』


「賢者さんって、テンションがかたいというか……。真面目ですよね?」


『設定です』


 設定……。


 なるほど、いいことを教えてもらった。

 それなら……。


「もっとテンション高くお願いします! 私、これが二度目の人生なんです。楽しくなければ意味がないんです! 明るいお友達みたいな感じでお願いしますっ!」


『了解しました。それでは真面目な設定から、お友達に変更します。これからは友達みたいな感じで接します!』


「おお、やれば出来るじゃん。それじゃ本題ね! 蜘蛛の巣を、巣のように展開せずに、真っ直ぐに出したの。出来る?」


 これくらいは出来そうな気がする……。


『余裕です!』


 やっぱり、そうだよね!


『蜘蛛の巣と水射があれば、そこからスキルを調合し作成できます。つまり蜘蛛の糸は簡単に作れますっ!』


 やけにテンションが軽くなったな。

 まぁ話し相手はこのくらいの方が好き。


 にしても、なんという万能さ。


「ぜひお願いします!!」


『お任せください! スキル、調合を獲得しました! これより蜘蛛の巣と水射より、蜘蛛の糸を作成します。はいっ作成に成功です。――蜘蛛の糸を獲得しましたっ!』


 賢者さんと楽しく付き合うコツが分かってきたぞ。


 早速、蜘蛛の糸を使って、家のセキュリティー対策に取り掛かります。


 家に周りに蜘蛛の糸をピーンと張り巡らせ、玄関から部屋まで通し、鈴をつける。


 これでモンスターが引っかかれば、自動的に鈴が鳴り知らせてくれる仕組みだ。


 我ながらうまく出来た。


 ベッドに横になって、鈴を眺める。


「でも深夜に誰かが引っかかって、起こされませんように」


 フラグじゃないので、絶対に誰もこないでくださいね!


 水鉄砲を枕元の置いて、ランプの明かりを消した。


 窓の外から夜空が見える。


 無数の星が輝いていた。


「異世界さん、おやすみなさい」



 朝を迎えて、はたと気づいた!!!

 本当に誰も襲いかかってこなかった。


 モリスさんが言っていたように、この辺りには凶暴なモンスターはいないようだ。


 学校も塾も受験もないので、もう一眠り。

 ふかふかのベッドに飛び込む。


 ――こうして女神様にお願いした、私が望むスローライフが始まった。


 まず、寝る。

 それから、お布団でゴロゴロする。

 それに飽きたら、周辺の散策に出かける。


 なんとツリーハウスの巨木の根本に、隠し階段を発見。階段を抜けると、壁一面に地下水が流れる部屋が広がり、そこには魔法石がいくつか置かれてあった。前に住んでいた人がモンスターからゲットした魔法石をここで保管していたようだ。


 それなら私もここで、色や形ごとに並べてコレクションしようと思う。


 昼は、大好きな魔法石集めに徹している。

 モンスター見つけて、水鉄砲で退治。ご褒美の魔法石をゲット。

 綺麗な魔法石が出たら、地下室へ飾った。


 蜘蛛の巣を張り巡らせ、ワタゲゲを同時に30匹退治する方法も思いついた。『遠距離射撃』『水弾』を獲得し、命中率もどんどん上がった。


 ツリーハウスの頂上には手作りの見晴らし台を作り、村に近づいてくるモンスターがいれば、遠距離射撃で退治。


 最初は全く当たらなかった遠距離射撃も、今じゃ自慢の命中率を誇るのさ。


 マニーさんとモリスさんに教わり、庭に小さな畑を持ち、野菜の栽培も始めた。

 ヒルドの高原は気候も良くて、手入れなしでも野菜は育った。


 だけど、水鉄砲に肥料を入れると、『成育水』を獲得し、それをかけると野菜はすぐに収穫出来るようになった。


 自給自足の生活も安定した頃、マリーさんとモリスさんはあの世へいってしまった。いよいよ村に行く用事もなくなり、スローライフと呼ぶべきか、引きこもりと呼ぶべきか。悩ましいが、とにかく私は全力で平和にゆっくりと暮らしていた。


 最後にひとつだけ、魔法石は恩返しのつもりで、ギルドにこっそりと、しかも大量に寄付し続けた。


 そして――500年。


 今日も気まぐれに見晴台からヒルドに目を向ける。


 怪しいモンスター近づいてくると、遠距離射撃で退治しないといけないからだ。


「あれぇ?」

 町に竜車が出入りしている。

 

 検問所が設置され、物々しい雰囲気が町全体に漂っていた。


 事件?

 モンスターが出たのか?


 でも、近づいてくるモンスターは見えなかった。

 

 一体何が起こったのだろう。

 これは実際にヒルドに行って確かめる必要がありそうだ。


 お気に入りの花柄が入った丈が短いワンピースに着替える。


 てか、女神様が用意してくれたお洋服全部、丈が短い!!!

 そういう好みだったのかな。


 まぁ相変わらずのつるつる肌は、自分で見惚れてしまうほど可愛いのだけど。



 △△△△△△△△△△△△



 検問の最後尾に、旅行客のふりをして並んだ。


 周りの人々は皆、口を揃えてこう言う。


「昨夜、白い死神が出たそうだ」


「今度は、上級のモンスターが即死だったらしい。それも後頭部を一撃だったらしいぞ」


「不気味よね。昼でも町から出ないほうが安心って噂もある」


 白い死神……? 幽霊みたいなのが町に出たようだ。町の不安を脅かす奴は退治しなくてはいけない。


 私、スローライフという名の元、本当に他にすることがなくて、ヒルドを守るのがお仕事だと、勝手に思って生きてます。


 列が進む。


「はい、次! 順番ですよ。押さないでください。ステータスの測定はお屋敷からの命令ですから」


「はい、次!」


「はい、次!」


「どうぞ、次。そこのお嬢ちゃん! ぼけっとしないで」


「ちょっと、旅行できました」



「そうかい。最近はそう言うお客も増えた。嬉しいことだ」


 若い検査員の男が隣の列の男の肩を叩いた。

「おい、こんな小さい子にもステータスの測定が必要なのか?」


「いや、お達しは出てない。でも、このご時世だから万が一に備えて武器くらいは確認しとけ!」


 若い男の検査員が、じろじろ覗き込んでくる。


 私の相棒は500年の間、水鉄砲です。

 100円ショップで売ってそうなおもちゃのやつ。


 当然、今もワンピースの下にあります。


 まずいな……。さすがに水鉄砲がバレたら、ステータスの測定がおこなわれる可能性が出てくる。


 私は、魔法石のコレクションが趣味と言いつつ、毎日毎日休まずモンスターをバッタバッタ倒してた。


 正直に言わせてください!


 暇だったんです!!!


 まじでっ!


 だからわざわざ遠出し、茂みに身を隠し、モンスターの大群を遠くから一匹ずつ退治したこともあります。今思い返せば、悪趣味です。


 そんな私のステータスは、それはもう、絶叫レベル! 異常値どころの話じゃすまないよぉ。


 膝が震えだした。


 バレたらおしまい――。

 ツリーハウスは没収され、奴隷として売られ、最後には魔物の餌にされる。


 サーッと、血の気が引いた。


「どう見ても、ただの子供だ。武器は持ってないようだし。通して大丈夫だろ」


「あ、ありがとうございます!」


 歩き出したところで、再び背後から声がした。


「待て! その子はスカートの中に何か隠してるっ!」


 ドキーン!


 冷や汗が止まりません。


「スカートを脱げ! 見せろっ! 今すぐだ! 何を隠してる!」


 け、けだものー!

 叫びたいけど、我慢する。


 取り乱しては、負けよ。


「今日は、ちょっとパンツをはくの忘れまして……」


「関係ない! 見せろ! これは命令だ!」


 命令?!

 変なプレイではないですよね!


「おいっ! その子はまだ子供だぞ。みんながお前を変な目で見てる。勝手な発言はやめろ」


「しかし! スカートの中が怪しい!」


「怪しまれているのは、お前の方だ! この子は大丈夫だ。すまなかったね、お嬢ちゃん。もう行っていいよ。気を悪くしないでおくれよ」


「ありがとうございますっ!」



 △△△△△△△△△△△△



 あっぶー!!!

 エッチな展開になるところだった。いや、それはないない。

 

 さて、気を取り直して町へと入っていく。

 昼間にヒルドをこうして歩くのも、500年ぶりかぁ。


 すっかり雰囲気が変わっていた。


 石畳の道が綺麗に整備され、馬車が走り抜ける。


 長い市場は賑わい、たくさんのお客さんで溢れていた。


 商人が集まる通りでは、何不自由なく物が揃えられる。


 中でも、町の中心にある豪華な屋敷は、それはそれは大きい。


「この家はね、コンウォール家が営むギルドのお嬢様のお屋敷だよ。コンウォール家は、今ではヒルド全体を治める素晴らしいお家柄。またそのお嬢様も同じようにとっても優しくて美しいのよ。だからってあんまりじろじろ覗いてると、不審者と間違われるわよ。気をつけなよ」


 通りすがりのおばさんに注意されたが、少し町の情報が得られた。ラッキーである。


 コンウォール家。確かモリスさんとマリーさんの名字ってことは、同じ家系で間違いないだろう。


 情報収集の最中ではあるが、ちょっとした好奇心で武器屋の戸を叩いた。


 水鉄砲をずっと使っているので、たまには違う武器を見たいと思ったのだ。


「こんにちは」


「いらっしゃい!」


 ヒゲモジャのおじさんがカウンターにひとり。


「ちょっと武器を見せてください。見るだけなんですけど……、いいですか?」


「もちろん! 見るだけでも、大歓迎さ。それに俺は武器に詳しいから、なんでも聞いておくれ。もし買ってくれるなら、お嬢ちゃんには特別に割引ねっ」


 盾や剣が並んでいる。私にはどれもご縁がない物ばかり。


「おやっ。……スカートの下に隠してるのは、武器だね? それも珍しい形をしている。もしかして職業は、フランコティラドールってやつかい? 初めて出会ったよ!」


 なぬっ。


 職業を言い当てられて、びくりとしてしまった。


 たまたまかっ?!


 面倒なことは避けたい。

 さっさと退散した方が良さそうだ。


 平然を装い、静かに出口に向かう。


「長年武器屋をやってると、時々珍しい武器の噂を耳にするのさ。魔王討伐のための伝説の剣とかね」


 今度は武勇伝か? 突然一人語りはじめた。


「真の武器ってのは長く使えば使うほど、進化し使う者に馴染んでいく。伝説とされる武器は大抵そうさ。だがそういう武器は、一般に出回ることはない。俺も生きてるうちに、一度くらいは見てみたいもんだなぁ」


「はぁ、そうですか……」


 って今、何て言いました?


 武器は使えば使うほど進化する?!

 私、この水鉄砲をめっちゃくちゃ長く使ってます。


 でも見た目はずっと100円ショップのおもちゃのままですけど!


「あのぉこれを見てもらえますか? 珍しい武器だと思います」


 思わず、太股から水鉄砲抜いた。


 カウンターの上に置く。


「俺の勘違いだったか。お嬢ちゃんは、勇者のパーティーかなにかで、すっげー強いやつかと勘違いしたよ。でも、おもちゃは流石に俺の専門外だ。帰ってくれ」


 急に態度が変わって、奥へと入っていく。


「あの! 賢者の水鉄砲っていう珍しい……」


 人前でとんでもないことを言ってしまった気がする。


 すぐにカウンターに戻ってくるおじさん。反応が分かりやすくて好き。


「賢者の武器!!!」


「……声が大きいです」


「賢者の武器がおもちゃなんて、聞いたことねぇよ! 大人をからかうと、ろくな大人にならないよ! 帰った帰った!」


「そこまで言うなら、触ってみてよ!」


 ついムキになった。


 おじさんが水鉄砲に触れたその瞬間、火花が出た。


 自慢の髭と薄い頭の毛が燃えてます! はげますよ!


「アッツ! アッツ!!! アッツーーーー!!! アッッッッッッッッツ!!!!!!! 死ぬ! 死ぬかと思った!」


 バケツに水を汲んで頭から水をかぶると、今度は真顔で、詰め寄ってきた。


「賢者の水鉄砲ってのは本当らしいな。どのくらい長く使ってる?」


「うぅんと長くです」


「うぅんとってのは、どのくらいだい?」


「だから、うぅんと長くです」


「まぁいい。で、その間ずっと進化させずに使ってたってことかい?」


「えぇ一度も」


「お嬢ちゃんにしか、聞こえない賢者の声があるだろ。そいつに、この武器を進化させてくださいって、語りかけてみな。どうなるかは、お楽しみだ」



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