異世界フランコティラドール

木花咲

第1話 転生したらツリーハウスがもらえた

「ヤバッ! 遅刻遅刻!」


 私、白鳥しらとり椎奈しいな、中学三年生。


 社畜しゃちくって言葉があるけど、私を例えるなら、義務教育の奴隷。

 塾を6つ掛け持ち、寝ても起きても、満員電車でも勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強の日々。

 

 テストの点が下がればご飯抜き、お小遣いなし。


 これから徹夜明けで高校受験に挑むところ!


 試験会場に向かう満員電車で、英単語を復習中。


「本日は、大変混み合いまして、予定時刻より15分遅れての目黒駅に到着となりました」


 こんな日に遅延とかツイてない。目黒駅を飛び出した。


 試験会場まで全力疾走するも、力が出ない。


「あれ……」

 視界がフラつき、ばたっと意識が飛んだ。


 目が覚めると、天使のような女性が目の前に立っていた。


「あっ受験! 試験会場は、どこですか?」


「あっえっとぉ……。白鳥椎奈さんですね?」


「はい、そうです」


「あのぉ、あなたは先ほど、疲れが溜まって倒れ、頭の打ちどころが悪かったようです。残念ですが、死んでしまいました。でも、来世で白鳥さんが叶えたいことを、私女神がお手伝いします。さあ、手助けとなる道具をひとつ選んでください。どれも女神自慢の道具ばかりですよ!!!」


 光を反射するその鋭い刃先は、見ているだけでぞくっとした。怖すぎる。

 重厚感も半端ない。30キロはありそう。こんなの持てない。


「これって剣ですよね?」


「はい、無双の剣です。一番のお勧めです」


「こっちは魔法の杖ですよね?」


「初心者でもすぐに使える、最強の杖です。魔法使いは人気の職業ですよ!」


「これは盾?」


「最近は盾の需要も多くて、急いで作りました。でも、無敵の盾で役に立ちますよ。さぁどれが、お好みですか? ひとつだけ、お選びください」


「えぇぇ。あのぉどうしても、ひとつ選ばないとダメですか?」


「もちろんです。異世界転生ですから!」


「異世界転生……じゃぁ、これにします」


「いや、それは……」


 私が選んだのは、部屋の片隅に放置されていた、水鉄砲。

 100円ショップで売ってそうなやつだ。

 明らかにおもちゃだろう。


「剣とか魔法の杖は、私には使えそうにないです。でも、水鉄砲なら昔に少しだけ打ちました。お花に水をあげたり、お庭に水撒きしたり。おもちゃですから、モンスターを退治するような異世界は望んでません。学校も塾も受験もない、田舎でゆっくり好きなように暮らしたいです」


「ですが……」


「今日だって満員電車でお尻触られ、本当に疲れました。自然が豊かな田舎で、平和に暮らしたいです」


 もし、本当に二度目の人生があるなら、本気でゆっくりしたいと思った。


「日本の生活が合わなかったんですね。お察しします。願いを叶えるのが女神の役目。でもこの水鉄砲は、大賢者様の水鉄砲なのです。困りました」


 大賢者……?

 賢い人? それも大!!!


 でも、詳しくはちょっと良く分からない。


「仕方ありませんね。この水鉄砲が、もしもあなたを選ぶなら、私に止める権利はありません。ですが、水鉄砲があなたを拒むなら、他のものを選んで頂きます」


「さあ水鉄砲を握ってください」


「こうですか?」


 ほんの一瞬。

 強烈な光で部屋全体が包まれた。


 水鉄砲が発した光に目が眩む。


「水鉄砲はあなたを選んだようです。どうか大賢者様の御加護がありますように。でもそれだけでは、私が女神としての役割を果たしたことにはなりません。何かひとつ願いを言ってください」


「じゃあ、永遠の若さと、永遠のつるつるお肌をください!」


 日本でため込んだ鬱憤のかわりに、超わがままを言った。


「容易いことですよ。白鳥椎奈、あなたを老いることのない体で転生させてあげましょう!!!」


 嘘っ!

 これ絶対、夢でしょ!

 

 もし夢だとしても、悪くないかも。


 虹色の輪に包まれ、私は再び意識を失った。



 △△△△△△△△△△△△



 風が頬を撫でる。 

 花の匂いがする。


 柔らかい木漏れ日が差し、目が覚めた。

 高原にある樹齢1000年はありそうな大きな木の根本で私は、寝ていた。


 太い枝の上には、小さな家がひとつ。


 階段を登っていくと、景色が次第に広がり、高原のふもとに村も見える。


 コンコン。

 私は、木の上にある家の扉を叩いた。


「誰かいらっしゃいますか?」


 ギ、ギ、ギィー。


「あら……」

 鍵が閉まっていなかったために、扉が勝手に開いた。


「お邪魔しますよぉ」


 家の中に入っていく。


 まるで人の気配がしない。


 この家は私のために用意された、空家ってことでいいのかな?! いや、女神様が気をつかい、素敵な場所を選んで転生させてくれたのだろう。感謝しながら、家の中を見て回る。


 見つけました!


「これ超可愛いっ!!!」


 タンスの中に、サイズがぴったりなお洋服を発見。女神様にもう一度会うことがあれば、きちんとお礼を言わなきゃ。


 制服から西洋風の服に着替える。スカートが短すぎるが、14歳だし問題なし。


「うぅんと、水鉄砲はどうしよぉ」


『いつも身につけているように――』

 と、女神様の声が転生する前に聞こえたので、太股にバンドを巻いて、そこに水鉄砲を装備した。


 くるっ。


 鏡の前で一回転。

 

 パンツは見えてない。

 

 でも、水鉄砲は少し見えた。けど腰に巻くより断然まし。

 

 それより、テンションがグングン上昇中。顔が少し西洋風になり、つるつるすべすべお風呂上がりのたまご肌になっている。


「超可愛いっ!!!!」


 グ、グググ〜。


 お腹が鳴り、朝から何も食べてなかったのを思い出した。


 村に出かけて、何か食べよう。ついでにこのあたりの情報もゲット出来たら一石二鳥だ。



 △△△△△△△△△△△△



 村に向かう途中。

 目の前にたんぽぽの綿毛のように白くてふわふわ浮いているモンスターが現れた。


 捕まえて、ペットにしよう。


 モフモフは私の大好物なのです。


 抱きつこうとすると、さすがにモンスターだった。

 目つきがガラリと変わり、牙が出てきた。


 敵意むき出しで、真っ直ぐに向かってくる。


「私、おもちゃの水鉄砲しか持ってないんですけど!!!!!!!! 追ってこないでよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 追い詰められて、逃げ場なし。

 後ろには、小川が流れている。

 

 まさか、こんな弱そうなモフモフに、追い詰められるとは、情けない。


「私なんて食べても美味しくないよっ!」


「……」


 会話が出来る相手ではないかぁ。


 いちかばちか、水鉄砲を抜く。


 トリガーを引く。


『スキル賢者を獲得しました』


「っ――――――は、はい?」


『水鉄砲は、賢者の水鉄砲に進化しました』


「……っっえ?!」


 見た目の、変化はなし。


『給水してください』


 この声はどこから?


『脳内に直接話しかけています。水量ゼロです。給水してください』


「……わかったわよ!」


 川の水を入れる。


 構える。


『水射を獲得しました』


 これでいけるの?


『水射を発射した時の反動に備え、両足で強く踏ん張ってください』


 白いモフモフと目があう。


 トリガーを引く。


「お願いっ!!!」


 水が想像以上の勢いで発射された。

 

 反動で、体が後ろに持っていかれる。 


 モフモフに、当たらなかった。


「……っ?」


 私、ヘタクソだ。


 白いモフモフが、急接近。


「あたれぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!」 


 ジュッ、ジュッー。


「やった?! やったの?」


 近距離で命中し、致命傷になったようで、小さな宝石に変わった。


 宝石は、白くて透明で空に掲げると、キラッと輝いた。


 なるほど、モンスターを退治すると、宝石が手に入るのね。


「……って。。。やばっ。高原にいたはずじゃ」


 迷子です。


 必死で来た道を戻る最中に、再びモンスターと遭遇した。


 40㎝はあるクモが巣を張り蝶々をむしゃむしゃ食べていた。まだ私に気付いてない。


 静かに通り過ぎることも可能だと思うけど、実はモンスターが、宝石に見えてます。


 物欲に負けて、水鉄砲を抜く。


「水射!」


 …………。

 

 …………効いてない。


 ギョッと、こちらを向く蜘蛛から間髪入れずに、蜘蛛の糸が飛んできた。


 はやっ。


「……キャァ!」


 木に体が縛られて自由が奪われる。

 もし、あの蜘蛛が変態だったら、脱がされる!


 じゃなくて、食べられる! 


 両手は自由に動くようだ。慌てるな。何か方法があるはず。


「………………」


 動かず、死んだふり作戦。


 日本でも山で獣に出会ったら、鉄則ネタ。

 昔の人の知恵だと信じる。


「………………」


 水鉄砲の威力を最大限に生かす方法は――。


 カサカサ。カサカサ。


 蜘蛛が近づいてくる。

 

 退治したら、どんな宝石になるか、楽しみです。


 足元まで来た!


「お願いっ!」


 近距離で顔面に水射を連射する。


 さっきより効いてる。


 どこかでとどめになったらしく、私を縛り付けていた、蜘蛛の糸が消えた。


 賢者の声。

『蜘蛛の巣を獲得しました』

『連射を獲得しました』


 どうやら、モンスターを倒すとスキルまでもらえるようだった。


 そして、先ほどとは違う形の宝石がキラキラ光っていた。

 

 つまりこの世界は宝石が取り放題で、宝石に囲まれた生活も夢じゃない。

 そう考えると素晴らしい。


 なんとか村に辿りついたはいいが、睡眠不足と空腹と体力の限界で、視界がぐらぐら揺れていた。

 優しそうな村人を探して、声を掛けたい。

 ……果物屋の前で、、、


「っぁ……ぁぁぁダメ」

 ばたっ。意識が飛んだ。


 目が覚めた時、私はソファーに寝そべっていた。


 テーブルを挟んで、その奥の方で麺を湯がいているおばさんが一人。


「あのぉ」


「おや、気がついたかい。びっくりしたよ。私が買い物してたら、あんたがいきなりやってきて、急に倒れたんだよ。それで可愛い子だったからつい、家まで連れて帰ってきたってわけ」


 にこにこ笑うおばさん。

 親切なそうな人で、良かった。


「助けてくれて、ありがとうございます!」


「いいのよ。ここは田舎でみんな助け合いながら、暮らしてるんだから。お腹すいてるんでしょ。もうすぐ、スパゲティーノが出来るから食べていきなさい。薬草もきちんと飲みなさいね」


「いや、でも。食事まで、それはご迷惑ですよね。助けて頂きありがとうございました。それでは、またどこかで!」


 グ〜〜〜〜。

 お腹は正直でした。


「あっはっはっ。若いのに遠慮すると損するよ。ほら、スパゲティーノの完成。作ったんだからお残しは許しませんよ!」


 テーブルに運ばれてきたのは、日本でいうと、ほうれん草のスパゲティーって感じ。

 食べるとこれが美味しくて、あっという間に完食。

 私、食べるの好きなのです。


「それにしてもこんな田舎に旅の人がくるなんて珍しいね。うちの旦那がギルドをやってるのよ。そこでいろいろな話が聞けると思うけど、案内しようか?」


「ギルドって?」


「そんなことも知らないのかい? 呆れたわ。そういう何も知らない人の役に立つところよ。連れて行ってあげるわ。どうせ行くとこないんでしょ?」


「是非、お願いします!!!」

 つい、身を乗り出してしまった。


「食べたら、元気が出たようね。それじゃ、行きましょう!」


「ありがとうございます! スパゲティーノのお礼はいつか必ず。絶対に! 100倍、いや、1000倍返しで!」


「いいっていいって。可愛い子が、ご飯を食べてる姿を見れただけで、おばさんは料理をつくったかいがあるんだから」


 なんて優しい人だ。

 東京じゃこんなの考えられない。


 民家を出て歩くこと数分。

 噴水前広場のすぐ横に、ギルドはあった。


「おーい、可愛い旅の人を連れてきたよ。下心は禁止だからね。じゃ後は任せるわよ。何も知らないみたいだから、ゆっくり丁寧にこのあたりのことを教えてあげて」


「任せとけって。それにしても可愛い子だね。おまけに旅人なんて珍しい。で、どこから来たんだい?」


「えぇっと、……東京からです」


 ヤバっ!


 うっかり口を滑らせてしまった。


「あぁトウヨのことだね。帝都のずっと向こうにある大きな町だと聞いてる。やっぱり都会の子は可愛いね」


 トウヨ? そういう町があるのか。

 今回はセーフだったけど、転生前の知識は秘密の方が良さそう。


「私、旅人じゃなくて、トウヨから離れたくて、高原にある大きな木の上にある家に引っ越してきたんです。名前はイシナと言います。よろしくお願いします」


「ここはラッド町のはずれにあるヒルド村。そのまた外れにあるあの木の上の家、ツリーハウスに引っ越すなんて物好きだね。都会の子の考えることはわからんな。でも気に入った! 俺は、モリス。このあたりのことなら、なんでも聞いてくれ。ここはギルドで、仕事の紹介に適性の職業まで。安い宿屋も紹介できる! まだ小さなギルドだけど、ゆくゆくは食堂も作ろうと思ってる。夢は大きくってやつさ。で、さっきの世話を焼くのが大好きなのがマリーだ。昔はもっと可愛かったんだけどなぁ」


 終始笑顔でこの村のことを教えてくれる、すごくすごく優しい人。


 ここヒルド村は、ラッド町が支配する村で、周辺を囲む森林には未開の洞窟が多く存在すること。また、田舎過ぎて冒険者も滅多にこないとか。


 モンスターについては、私が出会ったのは、花の種がモンスター化したワタゲゲと、蜘蛛の方はグモと呼ばれるらしい。あとは、村を襲ってくるような凶暴なモンスターは周辺にはいないとのこと。


「それで、生活するにはお金が必要だろ。持ってるのかい?」


「えぇっと、これなら」


 ワタゲゲと、グモを倒して手に入れた宝石を見せた。


「魔法石だね。よし、冒険者登録していきな。そしたら換金できるぜ。これなら、銀貨3枚だ」


 東京の日常は、――学校、塾、テスト、宿題、受験、勉強勉強の毎日だった。


 ここでは世話焼きのマリーに、体格の大きなモリス。どちらも大声で笑って、楽しそうに話をしてくれる。見ているだけで、すっきりする。明るくて楽しい。


「はいっ! 冒険者登録お願いします!!!」


 モリスは、ぶよぶよした粘土を棚から取り出した。


「冒険者登録、本来なら銀貨4枚。今回は特別に無料でいいよ。さあここに、手をあてな」


「こうですか?」


 粘土が固まり、そこに文字が浮き出る


=====

名前:シイナ

職業:フランコティラドール《francotirador 》

技能:『賢者』

   『水射』

   『蜘蛛の巣』

   『連射』

耐性:なし

=====


「こりゃ珍しいね。フランコティラドールに賢者か! おったまげたっ!」 


「あはは」

 とにかくよく分からないけど、モリスに合わせて笑うしかない。


 内心、おったまげなんて、使う人がいたことにも驚いている。


「駆け出しのようだけど、応援してるぜ。またいつでも、魔法石を持って遊びにきなよ」


「はい、宜しくお願いします!」


 その後、いくつかのお店を見て回り、薬草と鈴を買った。


 少しづつではあるが、ここで暮らしていく準備が整いつつあった。


 帰宅する最中も、ワタゲゲと遭遇した。


 一度、蜘蛛の巣っていうのを試してみたかったのだ。


 ワタゲゲは牙を出して、ふわふわと向かってくる。

 ペットにしたいけど、モンスターはモンスター。


 水鉄砲を抜く。


 射程距離に入る。


「蜘蛛の巣!」


 水とも蜘蛛の糸とも区別がつかない物が飛び出て、標的の前で蜘蛛の巣が展開。そこへワタゲゲが引っかかり、身動きが取れずもがいている。


 水射で、退治完了。


 水鉄砲を太股におさめる。

 

 風が吹いて、髪の毛とスカートが揺れた。


 一連の動作が、決まり過ぎて自分にキュンとした。


 私が個人的に持つスキルは『前向き・明るさ』だと思う。

 異世界に来てからは、特にこれに助けられている。


 多分『前向き・明るさ』がなかったら、今頃ホームシックで、泣いていたと思う。

 

 日本の生活は毎日が苦痛だった。意味を見いだせないまま勉強の毎日は辛かった。何度死んでしまいたいと思ったことか。


 女神様が与えてくれた二度目の人生、楽しむ気持ちがなくなったら、不老不死でもそこで終了。


「さて、家に帰ろう!」


 高原にあるツリーハウス。素晴らしい家じゃないか!

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