第11話 約束.1


時間が過ぎ、すでに日は落ちている。

それでも夏祭りの会場は、提灯や屋台の明かりで照らされて明るかった。


境内の奥に進むと、そこには木造の大きなやしろがあった。

社の前には屋台が無く、広場のようになっている。


近くに建っている仮設テントの中には、祭りを運営するスタッフが数人立っていた。

どうやらそこで線香花火を配っているらしく、賽銭箱の前は、花火を楽しむカップルや子供達で賑わっていた。


「舞葉、線香花火やっていく?」


「…私じゃ、すぐに落としちゃうの分かってるくせに」


僕の問いに舞葉は頬を膨らませて、首を横に振る。


「私は見てるから、景太君が両手で私の分もやってよ」


「ええ…、意味あるのかなそれ」


彼女の要求に、僕は困惑しながら花火をもらいにいく。

おじさん同士で笑い話をしているテントのスタッフは、僕を見ると線香花火を差し出してきた。


「悪いね。こいつが最後の一本だけど、大丈夫かい?」


「そうなんですか…。問題無いです」


「ありゃ。なんだい兄ちゃん、一人できたんかい!」


おじさんは大きな声で言う。

近くの人々の視線がこちらに向けられて、僕は恥ずかしくて顔を赤くした。


「ち、違いますよ!」


僕はそう言って、少し離れている舞葉の方へ視線を送る。

彼女は笑って吹き出しながら、僕達に向かって手を振っていた。


「がはは! そりゃすまんすまん!」


大笑いするおじさんの手から、僕は線香花火をかすめ取ってその場を後にする。


「ふふ。おじさんひどいね…」


戻った僕を見て、舞葉は笑いそうになるのを必死に堪えている。

僕は不貞腐れながらしゃがみ込んで、おじさんにもらったマッチで花火に火を着ける。


片手でぶら下げた線香花火が、音を立てて小さな火花を散らす。


僕の隣にしゃがんだ舞葉の瞳には、線香花火の光が映し出されていた。


「綺麗だね…」


感慨深そうに舞葉は呟く。


「そうだね…。でも、すぐに終わっちゃうから、なんだか切ない気持ちにさせられちゃうよ」


僕の言葉を聞いた舞葉は黙っていた。


ふと視界に入った地面に、舞葉は視線を移した。

近くの茂みの根本には、死んでいるセミの亡骸が落ちていて、その亡骸に沢山の蟻が集まっている。


「あっ、落ちちゃった…」


線香花火の火種が地面に落ちて、僕は呟く。


よそ見をしていたため、舞葉は最後の瞬間を見逃していた。

それに気づいた彼女は、残念そうに肩を落とす。


「なんだか夏の風物詩って、終わりが儚いものばかりだね…」


力無く立ち上がった舞葉は、遠くの方を仰ぎ見る。


「…ねえ、覚えてる? 一年くらい前に、景太君とお父さんが喧嘩しちゃった時のこと」


舞葉の言葉を聞いて、僕は困った顔をする。

その思い出は僕にとって苦いものだった。


「あれは喧嘩じゃないよ。…ちょっと言い合いになっただけさ」


僕はしゃがみ込んだまま、舞葉の問いかけに答える。


「僕が悪かったんだ。…舞葉の病気に気づいていなかったとはいえ、夜霧やぎりさんに生意気な事を言っちゃったんだから」


そう言って立ち上がり、舞葉と同じ方向を仰ぎ見た。


「私の病気かぁ…。あの時、私どうなっちゃうのかと思ったよ…」


そう口にする舞葉の顔を、僕はチラリと見る。

遠くを眺める舞葉の瞳には、夜空の星が映り込んでいた。


「私とした約束も、ちゃんと覚えてる?」


僕と目が合った舞葉は、真剣な表情で問いかけてくる。


「もちろん…。忘れる訳がないだろう」


僕は視線を逸らさずに、真っ直ぐに彼女を見つめ続ける。


それは彼女との大切な約束。

僕の頭の中を、その時の記憶が駆け巡る。

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