第3話 分岐点.2


あれは確か小学四年生の夏。

僕は当時九歳だった。


僕と舞葉は子供のころから仲が良く、いつも一緒にいた。

毎日彼女の家に遊びにいくのが当たり前だったし、逆に彼女が僕の家に来ることも日常茶飯事だ。


彼女の性格は明るく、人懐っこい。

あまり外で活発に遊ぶような子供では無かったが、好奇心は旺盛な女の子だった。



僕達の住む街では、夏になると神社で大きな祭りが開かれる。

地元では有名な一大イベントで、僕と舞葉は彼女の父親に連れられて、毎年参加するのが恒例となっていた。


その年も夏祭りを楽しみにしていた舞葉は、七月に入ってから落ち着きが無く、毎日をそわそわとして過ごしていた。




例年通り、僕達は三人で神社の夏祭りに足を運んだ。


神社に到着した後、色々ある屋台のなかで、舞葉は金魚すくいに挑戦する。

しかし健闘も虚しく、一匹の金魚も取れなかった。


彼女は相当な不器用で、水にひたしたすくい網を一瞬にしてボロボロにしてしまう。

破れたすくい網を片手に、泣きそうになっている舞葉を見て、僕はいてもたってもいられなかった。


「ボクにまかしてよ!」


そう言って、舞葉のかわりに金魚すくいに挑戦する。


僕は持ち前の器用さを活かして、周りで見ていた大人達を驚かせる程の大量の金魚をすくい上げる。

僕の器に詰め込まれた金魚を見て、舞葉は目を輝かせて喜んでいた。


「わー! すごいすごーい!」


その後、数匹の金魚を入れてもらった袋を片手に、舞葉はとてもご機嫌な様子だった。







祭りを楽しんで、すっかり暗くなってしまった帰り道。


父親と手を繋いで歩いていた舞葉は、急に体調を崩して咳き込んだ。

彼女の父親は適当な場所に腰掛けて、具合が悪そうな彼女を、自分の膝の上に座らせる。


舞葉は生まれつき体が弱く、僕と一緒にいる時も時々そんな風に体調を悪くしていた。


「ねえ、舞葉ちゃんは大丈夫なの!?」


介抱される舞葉を見て、僕は彼女の父に問いかける。


何度見ても、彼女が苦しんでいる姿を目の当たりにすると、僕は心配でたまらなくなるのだ。


「大丈夫。一時的な発作だから、すぐにおさまるよ。少し興奮し過ぎたようだね」


舞葉の父親は有名な医者だった。

腕がいいと評判で、とても人柄が良く、多くの人に信頼されている。


その噂を理解出来ない当時の僕でも、舞葉の父親のことは大好きだった。


「お父さんがお医者さんでよかったぁ…」


介抱されて具合が落ち着いた舞葉は、父親の胸に顔を埋めながらそう言う。


いつも一緒にいる舞葉を助けてくれる彼女の父親は、僕にとってヒーローのような存在だった。

そんな風に思っていた僕は、目の前の状況を見て疑問に思ったことをつい口にする。


「…お医者さんなら、舞葉ちゃんのことをいつでも助けてあげられるのかな?」


僕の質問を聞いて、舞葉の父親は目を丸くしていた。


「うん? そうだね。少なくとも私は、医者として自分の娘を助けてやれることを誇りに思っているよ」


その「誇り」という言葉は、当時の僕には難しかった。

それでも、肯定的なことを言っているのは何となく感じ取れる。


「そっか…。ボクでもお医者さんになれるかな?」


真っ直ぐに視線が合った僕の目を見て、舞葉の父親は優しい笑顔を浮かべる。


「ふふふ、もちろん。ちゃんと勉強すれば、景太君にもなれるさ」


その表情を見て、その言葉を聞いて、僕は不思議な高揚感が体の内側に込み上げてくるのを感じる。


「ボク、がんばるよ!」


それは子供心にとても純粋な決意だった。

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